第二十一話 『りっかのおみせ』制服登場
文字数 2,309文字
「すてき――――――――――――――――――――!!」
「落ち着け立珂」
ついに完成した制服を薄珂と立珂、美星、美月が身にまとった。
途端に立珂はきゃあと叫んで店内を走り回る。追いかけ捕まえるのも大変なはしゃぎようだ。
「上は揃いですが、女性の下は二種類。最近流行の朝顔形と細身のものです」
「私は朝顔形が華やかで好きよ! 動きやすいし可愛いし!」
「私は細身のほうが落ち着きます。侍女の制服にも似ていますし」
「でもちゃんとお揃いに見えるね!」
「生地を揃えれば統一感は失われません。部品ごとに何色か用意すれば、立珂様の理念『組み合わせ自由なお洒落』も伝わります」
全体は地模様のある白無地だが、袖先と襟元にはぐるりと華やかな柄の装飾が施されている。
これが各自で色が異なり、立珂はお気に入りの向日葵で薄珂は蘇芳。美星はやわらかな桃色で侍女の制服と印象は変わらない。
そして美月は瑠璃色。腰に付けている黄色い石の飾りは夜空に浮かぶ月のようだった。
全員が揃いの、けれど個性をもたせた制服だ。立珂は大きな目をさらに大きくして全員を見比べ、ぷるぷると震えたかと思えば両手を振り上げびょんっと飛んで叫んだ。
「りっかのおみせ――――――――――!!!」
「わっ」
「みんなで歩こう! 自慢したい!」
「あ! こら! 立珂!」
立珂は薄珂の声も聞こえていないようで、きゃあと叫んで店から飛び出した。
一目散に街へ向かっているが、走りながらも「りっかのおみせの制服だよ」と叫び続けている。
「立珂! 落ち着け!」
「いいえ! このまま行きましょう!」
「え?」
「新しい制服に立珂の笑顔。広告しない手はないわ!」
「けど叫び回るのは印象悪いよ」
立珂は誰かれ構わず声を掛け制服を自慢して回っている。
持ち前の愛らしさで可愛がられているが、うるさく思う人もいるだろう。
けれど美月はにっと笑って薄珂の方をぽんっと叩いた。
「見てなさい。月は昼でも美しいのよ」
美月は駆け出して立珂に並んだ。
走り回る立珂の手を取ると、そのまま二人で踊るようにくるりくるりと回って見せる。
そして美月は鈴のような声で歌い始め、同時に立珂は叫ぶのを止め歌に合わせて軽やかに踊り出す。回るたびに揺れる羽はいつもにも増して美しい。
そこは劇団の舞台のようで、二人を囲んで輪が出来ていた。
「すごいな。迦陵頻伽に入れるんじゃない?」
「ははは。あれは迦陵頻伽直伝ですから」
「そうなの? もともと役者だったとか?」
薄珂は何気なく尋ねたが、ああ、と暁明は何故か俯いた。
「数年前に『蒼玉』は閉店する予定だったんです」
「え!?」
「父も私も先代皇の華美さに付いていけなかったんですよ。『蒼玉』を評価して下さった先々代皇陛下は質素な方でしたし」
「そうなの? でも先代皇の御用達だったって聞いたよ」
「それは全て美月の力です。古い自尊心は捨て新しい『蒼玉』に生まれ変わる時だと言って劇団で魅せ方を学んだんです。おかげで客も離れず続けてこれた。ですが……」
暁明は顔を上げ宮廷へ目をやった。
そこにいるのはもう華美な先代皇ではない。
「天藍様に代が変わり、流行はまるで先々代皇陛下の時代に戻ったようだった」
「そうなんだ……」
「美月は『蒼玉』を生まれ変わらせた。なのに流行は逆戻りし……かつて私がいた場所には立珂様がいた……」
暁明はぐっと拳を握った。その手はぶるぶると震えている。
「……悔しかった。何故あんな子供がと。きっと美月は私の闇を見ていたのです」
ぎゅっと口をきつく結び、暁明は深く深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした……!」
美月の代わりに謝罪しているのではないことはすぐに分かった。美月のしたことは心のどこかで自分もやってやりたいと思っていたことだったのだろう。
けれど立珂は笑っている。大好きな服を着て新しくできた友人と手を繋いぎ、とても幸せそうだ。
「『りっかのおみせ』は売上度外視だけど利益もちゃんとあるんだ。何だと思う?」
「確か宮廷へ羽根商品を納品してると」
「うん。でも俺の利益はそれじゃない」
薄珂の目にはきらきら輝く立珂が映っている。
自分の足で飛び跳ね踊り、歌詞も知らない歌をいっぱいの笑顔で歌っている。
「立珂の幸せだ。立珂が笑ってればそれでいいんだ」
『りっかのおみせ』をやるのは立珂と幸せな生活を送るためだ。
有翼人の未来を憂う気持ちがないわけではない。
だがそれよりも何よりも、薄珂が大事なのは立珂なのだ。
「美月もきっと同じだよ。おじさんもそうでしょ?」
ずっと不自由を強いられた立珂が元気いっぱいに笑っている。
だから薄珂は『りっかのおみせ』を続けたい。
大切な人に笑って欲しいだけだ。きっと、始まりは皆そうだったのだろう。
「これからも力を貸してよ。俺達じゃ専門的なことは判らないんだ」
「もちろんです。何なりとお申し付けください!」
「有難う。じゃあ早速だけど相談したいことあるんだ」
それからしばらく立珂と美月は歌い踊り、制服と同時に『りっかのおみせ』の名を語り歩いた。
気が付けば、いつだったか孔雀が獣人の列を作ったようになっている。
店に戻ると既に客が列を作っていて、侍女が泣きそうな顔で接客に追われていた。
そうして慌ただしく一日は終わり、閉店した直後に立珂は眠りに落ちた。片付けと閉店作業は美星と美月に任せ、家に戻りそっと布団に横になる。
立珂はいつも通り薄珂にぎゅっとしがみ付いていて、ぷうぷうと寝息を立てている。
「明日は何をしようか」
「ちょうづめぇ……」
つんと頬を突くと指をくわえられ、もぐもぐして幸せそうだ。
こうしていつもよりも眩しい一日は終わった。
「落ち着け立珂」
ついに完成した制服を薄珂と立珂、美星、美月が身にまとった。
途端に立珂はきゃあと叫んで店内を走り回る。追いかけ捕まえるのも大変なはしゃぎようだ。
「上は揃いですが、女性の下は二種類。最近流行の朝顔形と細身のものです」
「私は朝顔形が華やかで好きよ! 動きやすいし可愛いし!」
「私は細身のほうが落ち着きます。侍女の制服にも似ていますし」
「でもちゃんとお揃いに見えるね!」
「生地を揃えれば統一感は失われません。部品ごとに何色か用意すれば、立珂様の理念『組み合わせ自由なお洒落』も伝わります」
全体は地模様のある白無地だが、袖先と襟元にはぐるりと華やかな柄の装飾が施されている。
これが各自で色が異なり、立珂はお気に入りの向日葵で薄珂は蘇芳。美星はやわらかな桃色で侍女の制服と印象は変わらない。
そして美月は瑠璃色。腰に付けている黄色い石の飾りは夜空に浮かぶ月のようだった。
全員が揃いの、けれど個性をもたせた制服だ。立珂は大きな目をさらに大きくして全員を見比べ、ぷるぷると震えたかと思えば両手を振り上げびょんっと飛んで叫んだ。
「りっかのおみせ――――――――――!!!」
「わっ」
「みんなで歩こう! 自慢したい!」
「あ! こら! 立珂!」
立珂は薄珂の声も聞こえていないようで、きゃあと叫んで店から飛び出した。
一目散に街へ向かっているが、走りながらも「りっかのおみせの制服だよ」と叫び続けている。
「立珂! 落ち着け!」
「いいえ! このまま行きましょう!」
「え?」
「新しい制服に立珂の笑顔。広告しない手はないわ!」
「けど叫び回るのは印象悪いよ」
立珂は誰かれ構わず声を掛け制服を自慢して回っている。
持ち前の愛らしさで可愛がられているが、うるさく思う人もいるだろう。
けれど美月はにっと笑って薄珂の方をぽんっと叩いた。
「見てなさい。月は昼でも美しいのよ」
美月は駆け出して立珂に並んだ。
走り回る立珂の手を取ると、そのまま二人で踊るようにくるりくるりと回って見せる。
そして美月は鈴のような声で歌い始め、同時に立珂は叫ぶのを止め歌に合わせて軽やかに踊り出す。回るたびに揺れる羽はいつもにも増して美しい。
そこは劇団の舞台のようで、二人を囲んで輪が出来ていた。
「すごいな。迦陵頻伽に入れるんじゃない?」
「ははは。あれは迦陵頻伽直伝ですから」
「そうなの? もともと役者だったとか?」
薄珂は何気なく尋ねたが、ああ、と暁明は何故か俯いた。
「数年前に『蒼玉』は閉店する予定だったんです」
「え!?」
「父も私も先代皇の華美さに付いていけなかったんですよ。『蒼玉』を評価して下さった先々代皇陛下は質素な方でしたし」
「そうなの? でも先代皇の御用達だったって聞いたよ」
「それは全て美月の力です。古い自尊心は捨て新しい『蒼玉』に生まれ変わる時だと言って劇団で魅せ方を学んだんです。おかげで客も離れず続けてこれた。ですが……」
暁明は顔を上げ宮廷へ目をやった。
そこにいるのはもう華美な先代皇ではない。
「天藍様に代が変わり、流行はまるで先々代皇陛下の時代に戻ったようだった」
「そうなんだ……」
「美月は『蒼玉』を生まれ変わらせた。なのに流行は逆戻りし……かつて私がいた場所には立珂様がいた……」
暁明はぐっと拳を握った。その手はぶるぶると震えている。
「……悔しかった。何故あんな子供がと。きっと美月は私の闇を見ていたのです」
ぎゅっと口をきつく結び、暁明は深く深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした……!」
美月の代わりに謝罪しているのではないことはすぐに分かった。美月のしたことは心のどこかで自分もやってやりたいと思っていたことだったのだろう。
けれど立珂は笑っている。大好きな服を着て新しくできた友人と手を繋いぎ、とても幸せそうだ。
「『りっかのおみせ』は売上度外視だけど利益もちゃんとあるんだ。何だと思う?」
「確か宮廷へ羽根商品を納品してると」
「うん。でも俺の利益はそれじゃない」
薄珂の目にはきらきら輝く立珂が映っている。
自分の足で飛び跳ね踊り、歌詞も知らない歌をいっぱいの笑顔で歌っている。
「立珂の幸せだ。立珂が笑ってればそれでいいんだ」
『りっかのおみせ』をやるのは立珂と幸せな生活を送るためだ。
有翼人の未来を憂う気持ちがないわけではない。
だがそれよりも何よりも、薄珂が大事なのは立珂なのだ。
「美月もきっと同じだよ。おじさんもそうでしょ?」
ずっと不自由を強いられた立珂が元気いっぱいに笑っている。
だから薄珂は『りっかのおみせ』を続けたい。
大切な人に笑って欲しいだけだ。きっと、始まりは皆そうだったのだろう。
「これからも力を貸してよ。俺達じゃ専門的なことは判らないんだ」
「もちろんです。何なりとお申し付けください!」
「有難う。じゃあ早速だけど相談したいことあるんだ」
それからしばらく立珂と美月は歌い踊り、制服と同時に『りっかのおみせ』の名を語り歩いた。
気が付けば、いつだったか孔雀が獣人の列を作ったようになっている。
店に戻ると既に客が列を作っていて、侍女が泣きそうな顔で接客に追われていた。
そうして慌ただしく一日は終わり、閉店した直後に立珂は眠りに落ちた。片付けと閉店作業は美星と美月に任せ、家に戻りそっと布団に横になる。
立珂はいつも通り薄珂にぎゅっとしがみ付いていて、ぷうぷうと寝息を立てている。
「明日は何をしようか」
「ちょうづめぇ……」
つんと頬を突くと指をくわえられ、もぐもぐして幸せそうだ。
こうしていつもよりも眩しい一日は終わった。