第五話 立珂の羽根

文字数 5,366文字

 慶真を先頭に人込みを抜けていくと、着いたのは港の手前の広場だった。
 そこはあまりものはあまり統一感がなく、個人の住宅もあれば商店もあり、中には公共施設と思われる建物もある。たくさんの荷馬車が停められていて、その前で店を広げる露天商もいる。市場といえば市場のようだが、ただ広げているだけのようにも見える。

「何ここ」
「お店を出していいですよ、と殿下が許可してる場所です。まだあまり整備されてないですが」
「へーえ……」

 薄珂と立珂は揃って首を傾げた。
 二人とも自給自足をする森育ちのため、お金を掛けて生活必需品ではない娯楽を手に入れたいという欲がない。なのであれこれと並んでいる物も何だか分からない物ばかりで、飛びついて遊びたくなるようなこともなかった。
 しかしどの店にも少なからず並んでいるのが有翼人の羽根を使った商品だった。食料品店であっても装飾品や小さな寝具など、何か一つは置いている店が多い。

「何で野菜屋さんが羽根売るんだろう」
「自慢してるんですよ。うちはこんなたくさん有翼人の羽根を扱えるほどの良い店だぞ! って」
「たくさん……?」

 言われて再び商店を見回すが、たくさんというほどの量を扱っている店は無かった。多くても衣料品店が首飾りを五個ばかりだ。

「羽根商品は貴重で高価なんです。一般の商店であれば五個陳列してれば多い方で、十個以上は相当有名なお店だと思っていいです」
「そんななの? 僕の羽根もどっかにあるかなあ」
「無いですよ。立珂くんの羽根は殿下が他の国の偉い方にだけ贈る特別な物なんです」
「何で? 同じ羽根だよ」
「見れば分かりますよ。あの店に行ってみましょう」

 薄珂と立珂は顔を見合わせてきょとんと首を傾げた。
 連れられて入ったのは衣料品店だった。他の店よりも大きい建物で、築年数は長そうだが店内は小綺麗で高級そうな衣類や装飾品が並んでいる。その中でもひと際厳重に保護されている棚があった。そこには有翼人の羽根で作られた装飾品と寝具が並べられている。

「これが一般的な羽根です。立珂くんのと比べると小さいでしょう」
「色もあんまり綺麗じゃないね」
「有翼人の羽根は美しさを保つのが難しいといいますからね」
「そうなの? なんで?」
「有翼人は心身の状態が羽に出るからさ。常に最高品質とはいかねえよ」
「わああ!」

 急に机の下から男が姿を現した。立珂は驚いて思わず薄珂にぎゅうとしがみ付いた。
 男は整った身なりをしていた。薄手で艶のある黒い生地に金糸で龍のようなものが刺繍されている。品の良い知的な雰囲気はまるで宮廷の文官のようだが、手には商品と思われる衣類を持っている。

「いらっしゃい。うちは羽根交換はお断りだ。買うなら現金で頼むよ」
「羽根交換? ってなに?」
「商品と羽根を交換するのさ。ここらじゃ羽根で買い物するだろ、有翼人は」
「待って下さい。交換は中央区以外じゃ禁止ですよ」
「だからうちはやってねえ。けど他じゃみんなやってる。こっそりな」

 まさか、と慶真は店の窓から外を観察し始めた。しばらくすると眉を顰め、大きなため息を吐いて頭を抱えていた。
 どうしたのか気にはなったが、立珂が身を乗り出して羽根飾りに食いついたのでそちらへと足を向けた。

「お前さんは運が良い。今日はお偉いさんが来るからありったけを並べてるんだ。買うなら今のうちだぞ」
「ふあー。どうして首飾りって大きいのより小さい方が高いの?」
「あんまり数が無いんだよ。生えたばかりの時しか取れないんだろう?」
「あー、育っちゃうもんね。この小さい枕はなに?」
「何ってこともねえよ。抱きかかえたり座ったり。安いからすぐ売り切れるぞ」
「本当。銅二十枚は手頃ね。安すぎない?」
「これに使ってる羽根は装飾品にできないやつだ。捨てるくらいなら使おう、ってこった」
「捨てるのなら僕もいっぱいある! これも枕にできる?」

 立珂は背中に手を回し、ごそごそと羽を漁ると一本だけ引き抜いて差し出した。それは先が割れているうえ途中で折れていて装飾品にはできなそうだ。こういう使い道のない羽は立珂の背に残り、薄珂が羽繕いをして捨てていく。
 だがたしかに袋に詰めてしまえば関係無い。これも、これも、と立珂は嬉しそうにふんふんと鼻息を鳴らした。

「もちろんさ。羽根交換はしてないが買取ならするぞ。お前さんの羽根は立派だし、一本につき銀一枚出そう」
「ほんと!? おもしろーい! 売ってみたい!」
「駄目ですよ! 他の人にあげてはいけないという契約です!」

 立珂のはしゃぐ声を聞きつけて、慶真が割って入ってきた。
 天藍と立珂の交わした専属契約はその名の通り、天藍以外に羽根を渡してはいけない、という契約だ。立珂自身の羽根だが、契約を結んでる間は勝手に売買してはいけないのだ。

「そっか。そうだったね」
「そいつは残念。気が変わったら来てくれよ。俺は商品より羽根そのままが欲しい」
「そうなの? 出来上がってた方がよくない?」
「いつもの布団の中身だけ入れ替えるんだよ。肌に合った寝具がいいだろ?」
「あ、肌触り。うん、とっても大事。高級な生地でもこれは動きにくいな~とかあるもん」
「そういや嬢ちゃん良い服着てんなぁ」
「僕男の子だよ」
「ああ、そうなのか。そりゃ失礼。男が羽を大きくしてるのは珍しいな」
「どうして? 性別関係あるの?」
「関係というより流行だな」

 店主は見てみな、と窓の外を指差した。
 歩いている有翼人を見ると、明らかに羽の大きさが違う。大きな羽をしているのは全て女性だ。男性はそこまで小さくしなくても、と言いたくなるほど小さい人もいる。

「羽は大きい方が美しく宝石を付けた方が魅力的。女性有翼人の美の基準だ」
「げえ。僕絶対やだ」
「宝石なんて重くないのか?」
「絶対重いよ。服だけでも重いのに羽になんて絶対やだ」
「男性有翼人はそう言うな。軽い服ならこいつが一番の売れ筋だ。一つどうだ。うちの店で仕立ててるんだ」
「どれどれ? ぼく服大好きだよ」

 興味の向く話で気分が持ち上がったのか、立珂は薄珂の腕から降りて店主の出してくれた服を覗き込んだ。
 それは薄手で留め具も少なくとても動きやすそうだった。しかし薄珂と立珂はこの服には見覚えがあった。

「宮廷で作ってもらったのと似てるな。侍女の、誰だっけ」
「美星(みほし)さんだよ。美星さんが作ってくれたのにそっくり。一番のお気に入りだよ」
「美星? そりゃうちの娘だ。知り合いか?」
「え? 娘?」

 美星というのは立珂が懐いている侍女の一人で、たくさんの変わった生地を見せてくれる。高級なものから一般家庭で馴染みのあるものまで、多種多様揃えてくれるので立珂はいつも興奮していた。
 全員がきょとんとしていると、ばたんと勢いよく扉を開いて店の奥から一人の女性が飛び込んできた。 

「立珂様!」
「あ! 美星さんだー!」
「声がするので来てみれば。お着きになられたらお呼び下さいとお願いいたしましたのに、慶真様」
「んえっ? おじさん知ってて来たの?」
「羽根商品が揃ってる店は他にないですからね。事前にお願いしておいたんです」
「じゃあ来る予定の偉い人って」
「お待ちしておりました、立珂様」

 美星の父である店主は深々と頭を下げた。そしてちらりと慶真を見ると困ったように笑った。

「お初にお目にかかります。美星の父、響玄(きょうげん)と申します。慶真様。最初におっしゃって下さればよろしいものを」
「面白そうだったのでつい」
「お人が悪い」

 慶真はその名は知られているが、獣化していない時の顔までが知られているわけでは無い。獣化して飛んでいれば目立つが、獣化していなければ普通の人と変わらない。
 賓客に失礼をしてしまった、と響玄はがくりと頭を抱えた。

「その大きな羽で気付くべきでしたね。情けない」
「やっぱり僕のって大きいよねえ」
「ええ。しかし最高級品とされる理由はその美しさです。これほど美しい羽根は他にない」
「でしょう! 薄荷が毎日お手入れしてくれるからね!」
「薄珂様が。ほお、それはどういった手入れをなさるのです」
「え? 別に、洗って乾かして……」

 薄珂は特に変わったことをしているつもりはない。特別な道具を使うわけでもないし、場所にこだわりがあるわけでもない。
 ただ手入れされるのが気持ち良いのか、立珂は途中で眠くなってしまうことが多い。ころんと行っても大丈夫なように、ふかふかな枕を敷き詰めておくことにしているがそれくらいだ。

「それだけだと思うけど」
「だけじゃないよ! 薄珂はね、いっぱい褒めてくれる!」
「褒める?」
「立珂の羽はきれいだって言ってくれてるの! それで終わったら一緒に寝るんだよ!」
「最近は甘えん坊だもんな、立珂は」

 えへへ、と立珂はふにゃふにゃに頬を緩めて薄珂に頬ずりをした。
 以前は別々の寝台で寝ていたが蛍宮に来てからは一緒に寝ることが多くなり、最近は一緒に寝るのが日常になっていた。それもにおいが気になるからだったのかもしれないが、今もまだ一緒に眠っている。
 兄弟が頬を寄せるのを見て、ぽんっと響玄が手を叩いた。

「そうか、それですね」
「どれ?」
「美しさの秘訣です。有翼人の羽根は心の状態も影響します。立珂様の羽は薄珂様の愛情の結晶なのです」

 響玄はそっと立珂の羽に触れ、ほうっとため息を吐いた。

「これほど無垢な愛情は見たことが無い」
「うふふ。そうだよ。薄珂は僕をとっても大事にしてくれるの」
「そんな大げさな。弟を愛して守るのは当たり前だ」
「素晴らしい。理想の兄弟愛ですね」

 立珂はまたぎゅうぎゅうと薄珂を抱きしめた。薄珂にとってはこれが日常で、そんなに褒め称えられるものとは思ってもいなかったので少し歯がゆい。

「常々立珂様にお目にかかりたいと思っていましてね。いつか理由を付けて美星について行ってやろうと思っていたのです」
「これ冗談じゃないんですよ。本当に宮廷の前まで付いてきたんです」
「ちらりとでも見れないかと」

 響玄はまた感嘆のため息を吐いてしげしげと立珂の羽に見惚れた。
 その目線を弄ぶかのようにふりふりと羽を揺らして見せるとじいっと目で追い続けた。明らかに欲しがっているのが分かり、気分の良さそうな立珂はわくわくして慶真に顔を向けた。

「おじさん、一枚だけあげちゃ駄目?」
「駄目ですよ。専属契約なんですから」
「でも美星さんのお父さんだし、こんなに良くしてくれてるのに」
「駄目です」
「立珂様。その御心だけで十分です。それに父は欲深なので付き合っていたらきりがありません」
「商人ならばこの羽に魅了されないわけがないだろう」
「ご本人を目の前に止めて下さい。みっともない」

 美星は口を閉じてください、と父を諫めたがやはり響玄はうっとりと羽を見つめている。立珂は不満げに慶真を見るが、慶真は首を左右に振るだけだった。

「面倒だね、専属契約って。僕の羽根なのにさ」
「じゃあ辞めるか? 立珂が嫌なら無理に続ける必要ないぞ」
「そしたら宮廷出なきゃいけないじゃない。天藍に会えなくなるよ」
「このひと月会ってないよ。こっちから会う方法も無いし……」

 ふん、と薄珂は口を尖らせた。
 言っていて我ながらむなしくなったが、慰めるかのように立珂が頬をすり寄せてくれる。

「これじゃ何のために来たのか分かんないね」
「里に戻るか? そうしたら好きに羽根をあげられるぞ」
「それもいいなー。好きにしたいもん」

 薄珂と立珂は顔を見合わせてうんうんと頷いた。慶都はなら俺も行くと言い、慶都の母はううんと考え込んだ。
 ぎょっとしたのは慶真と、事情を知っている創樹だった。

「ま、待って下さい。それは殿下がお決めになることです」
「決めるのは立珂だよ。契約は更新しなきゃいいんだし」
「でも侍女のみんなと会えなくなるの寂しいな~」
「私共はいつでも会えますとも。皆街に家がありますから」
「それなら我が家に空き部屋がございますのでお使い下さい。立珂様と薄珂様なら大歓迎です」
「本当? それもいいなー。羽根はどうせ毎日抜けるからあげられるし」

 それは夢のようだと響玄は目を輝かせた。ぜひにと喜んでいるが、今度は創樹が割って入った。

「そういうのはゆっくり考えろよ! それより立珂の喜ぶ場所があるんだ! 日が暮れる前に行かないか!?」
「行く」
「まずどこだか聞けよ」
「立珂が喜ぶなら行く。どこ?」
「見てのお楽しみ。じゃあな行くぞ!」
「はあい。美星さん、おじさん、有難う。また来るね」
「ええ。いつでもお越しください」

 さあ行きましょうと慶真と創樹はいそいそと店の外に出た。慶都はあまりよく分かっていなかったが、慶都の母はくすくすと笑っている。
 しかしその時、立珂が慶真たちに見えないように薄珂の袖を引っ張った。

「薄珂。耳貸して」

 立珂はこしょこしょと耳打ちをし、薄珂はくすっと笑って羽を一枚抜いた。
 そして立珂はそれを店主に渡してにこりと微笑んだ。

「こ、これは」
「しーっ。内緒ね」

 立珂がいたずら小僧の顔でくくっと笑うと、慶真が早く行きましょうと声を上げた。見つかる前に行こう、と薄珂は立珂を抱き上げた。

「とっても楽しかった! また来るね!」
「お待ちしております」

 こうして立珂は満足げな笑みを浮かべ、大人しく創樹の案内する先へと向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み