第二十二話 狙い

文字数 3,406文字

「何馬鹿なこと言ってんの? 怒るよ」
 薄珂はそう言いながらも助けを求めるような気持ちで孔雀を見た。孔雀は目を細め、そろそろと重たげに口を開いた。
「私が動き始めたのは二か月前。二か月前に何があったか覚えてますか?」
「俺と立珂が里に来た」
「そうです。でももう一つ」
 孔雀は懐から小瓶を取り出した。それは一度だけ見たことのある薬瓶だった。
「……象獣人用の薬?」
「薬局で取り寄せた時に刑部から尋問されました。象獣人が指名手配されているがこの男ではないかと」
 孔雀は氏名手配書を指差した。そこにはやはり金剛の名が記されていて、何度見てもそれは変わらない。
「私は刑部に全て話しました。金剛の連れて来た自警団も彼の仲間なんです」
「は……?」
「筆跡鑑定もした。奴は東で一度掴まり逃亡してるんだが、その書類と筆跡が一致した」
「ひ、ひっせき?」
 天藍はもう一枚書類を取り出し薄珂の前に置いた。それは蛍宮への入国審査をするための書類で、孔雀が嫌がる金剛に無理矢理書かせた書類だった。それは金剛の直筆であることは薄珂も見ていた。そしてその文字は天藍の出して来た書類と同じ字体だった。
「こ、このために申請させたの?」
「はい。証拠が欲しかったので」
「これだけでも証拠は十分だ。一気に制圧も考えたが里は場所が悪い。どこから攻めても断崖絶壁。唯一出入り可能な入り江は常に自警団が見張ってる。突破し攻め込んでも鳥獣人がいるから飛んで逃げるだろう。出てきたところを捕まえるしかないんだ」
「薄珂君の推理通りです。私達は立珂君を守りつつ金剛を自警団ごと里の外に出したかったんですが……」
 孔雀はちらりと天藍を見ると、鋭い視線にぱっと目を逸らした。孔雀は自然に穏やかに立珂を蛍宮へ連れ出すつもりだった。
(護衛を頼めば一緒に連れ出せただろうけど必要不可欠じゃ無い以上断られる可能性もある。安全だけど確実じゃない。でも誘拐なら体面を保つためにも長老様の指示で里を出ざるを得な――)
 そこまで考えて薄珂は気付いた。そして瞬間的にぎろりと天藍を睨み胸ぐらを掴んだ。
「立珂を囮にしたのか!」
「ああ」
「お前っ!」
「落ち着いて! 仲間割れは後です。私も手伝いましょう。今は立珂君を助けるのが先です!」
 何故か天藍の傍にいた男はけろりとして我関せずを保っていたが、孔雀と白那は薄珂を止めるようにしがみ付いた。殴りたい気持ちでいっぱいだったが、立珂の名前を出されて薄珂は震えながらその手を離した。
「本当はもっと確実にやるつもりだったんだ。だがお前たちは羽根を枕に使うと言い出した。あれが金剛には誤算だった。それじゃあもう羽根は手に入らない。なら立珂ごと連れ出すしかない」
「売買書類で刑部が動いてると気付いたんでしょうね。あの一瞬で私も共犯にする機転の良さには感心しますよ」
「全くだ。俺を犯人に仕立て上げ犯人を追跡する形で里を出る。最高の手順だ。今頃根城にお帰りあそばしてるよ」
「本当は刑部まで連れて来たかったんです。そうすれば全て終わっていた」
 金剛が最初に別行動を提案したことには薄珂も疑問を持った。今までの金剛なら傍を離れず、別行動は自警団員に任せただろう。あれは逃げるためだったのだろう。しかし単独行動をしたかった薄珂はその背を押してしまった。だがそれが孔雀にも予想外だったのだろう。孔雀は共に行動することを推奨していた。
「……俺余計なことしたね」
「金剛を戦力と思っていたなら的確な指示でしたよ。でもまあ、驚きました」
「長老の言う通り、最初から教えておけばよかったな」
「長老様? まさか長老様も知ってるの?」
「ああ。全面的に協力してもらった。里の警備も固めたかったからな」
「だから君達を急遽里の中に置くことにしたんですよ」
「……最初、から?」
「ええ。慶都君の訴えは自然でとても助かりました」
「いつも通りの慶都だったものね」
 慶都が何度も繰り返した訴えを何故急に、それもあんな曖昧な話で受け入れたのか不思議だった。危険と知って受け入れるには兎獣人の救助などあまりにも些細な事で違和感があった。けれどそれも薄珂と立珂を守るためだったのだろう。
(じゃあ公吠伝なんて難しい本を読ませたのもそのためかもしれない。あれが無ければ戦略なんて考えようともしなかった)
 崖で背を押してくれた長老を思い返した。まるで何かが起きることを想定し準備していたような迅速な判断は、まさしく事前準備をしていたのだ。最初から計画された中で素人がもがいたことはとても愚かだったと実感した。何もしなければ立珂が誘拐される事も無かったかもしれない。
 焦りと悔しさと、そしてここまで守ってくれていたことは胸が熱くなった。しかしその時、白那がこてんと首を傾げて眉をひそめた。 
「でもどうして立珂ちゃんなのかしら」
「どういう意味だ?」
「だって団長――金剛は獣人売買が本業なんですよね。それがどうして急に有翼人なんでしょう」
「え?」
 白那の指差した指名手配書を見ると、そこには薄珂に分かる数少ない文字があった。罪状に『獣人違法売買』と書いてある。有翼人という文字も羽根という文字もない。
「本当だ……」
「それに宮廷が出て来るって分かったら諦めませんか? 粉末にするなら誰の羽根でもいいでしょうし。どうして立珂ちゃんにこだわるのかしら」
「……確かにな」
「となると、立珂君自身に何かしらの価値があるのかもしれませんね。実は高貴な生まれだとか」
「それなら薄珂ちゃんの方が良い気がしません? 立珂ちゃんはこっそり運ぶの大変だわ」
「ああ。これは他に目的があるな。立珂を使う他の何かが」
「他に……」
 ああ、と薄珂は悟った。獣人売買をする者に追われて薄珂の身内が捕らえられる。これは二度目だ。
「そういうことか……!」
「薄珂?」
 薄珂はがんっと机を叩いた。天藍達からすればこれは立珂の羽根を巡る事件なのだろう。だが薄珂にとっては違う。同じことが繰り返されているだけだ。
(狙いは俺だ! 里で俺を撃った奴、あれはきっと自警団の誰かだ! 最初から俺が公佗児だと分かってたんだ!)
 侵入者などいなかった。後から入って来たのは薄珂と立珂の方だ。
 薄珂はぶるぶると拳を震わせて、ぎっと天藍を睨んだ。
「根城は分かってるんだよね。連れて行って。俺が助ける!」 
「いや、あのな。気合いだけじゃ無理だ。刑部と兵部も動いてるし、近隣に鳥獣人の協力も仰いでる。崖の昇降ができる獣種もだ。それが揃い次第動くからもう少しだけ耐えてくれ」
「そうよ。それに慶真おじさんが付いてるから大丈夫よ」
「駄目だ! 今すぐ俺が行く! それで終わるんだ!」
「薄珂ちゃん」
「今すぐ助ける! 俺にはできるんだ!」
 孔雀と白那は顔を見合わせ、だんまりを決め込んでいた天藍の傍にいる男も驚いたような顔をしている。しかし天藍だけは表情を変えず、はあと大きなため息を吐いた。
「金剛は東の羽付き狩りに関与していた可能性がある」
「……え?」
「俺が里に行ったもう一つの目的はそれだ。紅里の羽付き狩りから逃げ伸びた子供がいると情報が入った。その追手に指名手配中の象獣人がいるとも」
「は? え?」
「金剛は最初から羽付きの子供を追っていた。そのために里へ入り込んだんだ」
 どくんと薄珂の心臓が跳ねた。羽付きと紅里について教えてくれたのは天藍だ。そういう事実があると知っていたなら天藍は薄珂と立珂がそれであると気付いていたということだ。
(天藍も知ってたのか! 俺が公佗児だと最初から……!)
 どこまでも手のひらで踊らされていた。それを思うとあまりにも悔しかったが、今の薄珂は天藍を睨み付けるしかできない。
「俺に東の話をしたのはそれを確認するためか」
「ああ。本当にそうなら俺の手勢だけでも助けに行ける。だがお前はその秘密を明かす覚悟があるか?」
「ふざけるな! 立珂より大事なものなんて無い!」
 薄珂は天藍の胸ぐらを掴み締め上げた。けれど天藍は眉一つ動かさず、控えている男もしれっとしている。きっと彼らにとって、これはなんてことない日常の一つなのだろう。
「連れていけ。立珂を助ける」
「いいだろう。付いて来い!」
 天藍はようやく立ち上がった。孔雀と白那は何だか分からないようでぽかんとしている。きっとこの後に見せる光景は二人をさらに絶句させるだろう。けれど薄珂はそれに背を向け、立ち上がった天藍の後を追った。
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