第三十四話 有翼人を助ける事業

文字数 3,016文字

 天藍は護栄の椅子を立て直し座らせると、にこりと微笑み薄珂に目を向ける。

「薄珂は何を調べたい。色々あるんじゃないのか?」
「あ、えっと、食生活。腸詰って有翼人全員が好きみたいだよ」
「全員? 確実な情報か?」
「莉玖堂さんから聞いた。なんかね――」

 それは、いつも通り買い物に行った時の話だ。
 お腹を空かせた立珂はあれもこれもと注文し、渡された袋は腸詰がぎっしり入っていた。
 莉玖堂店主は気持良いねえ、と笑ってそこにもう一本腸詰を追加した。

「今日は一本おまけだ!」
「いいの!?」
「ああ。実はな、立珂ちゃんのおかげで売り上げが倍なんだ」
「う? 何もしてないよ?」
「毎日来てくれるだろ? 他の有翼人も腸詰好きらしいんだが、毎日買うのは恥ずかしかったらしい。けど! 立珂ちゃんが買うならってんでみんな入りやすくなったわけさ!」

 言われて店内を見回すと、確かに有翼人が多い。
 商品には立珂が提案し作ってもらった物もあり、それは陳列された端から無くなっていく。
 もはや棚の一つは立珂考案の品で埋め尽くされているが、立珂って誰、と言っている客もいる。
 どうやら立珂を知らない有翼人も多く来店するようだった。

「好みじゃなくて生態ってことか?」
「分からない。でも花屋さんも似たようなこと言ってた」
「花屋? 腸詰からえらい離れるな」
「でも食べ物の話だよ。買うのは花じゃなくて種。家で野菜育てるんだって。立珂も買うより育てた野菜が好きだよな」
「うん。薄珂と一緒に育てたお野菜がいちばん美味しい」
「自然の中で天然素材か」

 薄珂と立珂の家は林の中にあるが、立珂の要望により畑をどんどん広げている。
 動けなかったせいでできなかった農作業を一緒にできるのが嬉しいのかと思ったがそれだけではないようだ。
 柳はふうんと数秒考え込んだが、すぐににやりと笑みを浮かべた。

「なるほど。これは簡単に片付きそうだ」
「え、本当ですか」
「ああ。必須事項は大きく三つ。摂取する物は天然物のみ。家事含め汗をかく肉体労働は不可。自由にできる隔離空間。この要望はある種族の一部層と一致する。誰だと思う?」

 一同はうーん、と考えこんだ。
 人間も獣人も食べる物に制限は無い。だから加工品も便利な道具も多く出回る。
 薄珂は全く思いつかなかったが、そうか、と響玄だけが声をあげた。

「人間の富裕層か!」
「その通り。富裕層は何でも金で解決する。天然物しか使いたくないってのは代表的だ」

 世界中で天然物というのは少ない。
 人間が増え、獣人も人間の技術を積極的に取り入れ始めた。自然の中で生きる獣人すらも機械を生活基盤に取り入れた今、人の手のみで作られる物はほとんど無いのだ。農作物も農薬が多く用いられるが、有翼人はこれですら嫌う。
 だが天然物が手に入らないわけではない。ただし商品出来る品質に育てるのが大変だから高額になってしまう。
 しかし裕福な人間は簡単に支払い手に入れてしまうのだが、逆を言えば金で解決する問題でしかないということだ。

「区内の店は天然物のみにすればいい。そうすりゃ否が応でも天然物しか手に入らない」
「そっか! そうだよね!」
「ただこれは獣人文化の蛍宮では難しい。獣人は環境への適応能力が高いから有翼人好みの『天然』が残ってないだろう。水は顕著だ」
「水道水に慣れてしまったんですね」
「けどこれはぱぱっと解決できる。そうですよね、響玄殿」
「天然物を扱う商人を招集しよう」

 柳はぱちぱちと拍手をした。
 響玄は富裕層を対象として営業をしている。当然富裕層の求める商品が必要で、それがまさに今回の状況にはうってつけだ。

「じゃあ次。家事を含めた肉体労働だが、こりゃ代わりにやってやればいい。事業としては人材派遣事業と宅配事業だ」
「う? なあにそれ」
「その名の通りさ。人を派遣する。家事を代わりにやってくれる人を宮廷から提供するんだ」
「あ、下働きだ」
「なるほど。孤児難民をどんどん保護しましょう」

 宮廷は下働きを増やしている。
 それは全て世界で住処を失い生活に困る人々で、天藍は自ら遠征に出て蛍宮に移住を勧めている。
 先代皇は各家庭の敷地面積を広く取っていた。そこに家を建てたので生活可能領域は倍以上に増えている。
 それと比例して天藍の評判はどんどん良くなっていく。種族平等のみならず、各国が生んだ貧困まで受け入れるのだ。
 国交では色々と摩擦があるようだが、一般市民からは絶大な人気を誇る。

「宅配事業も読んで字のごとくだ。必要な物を運ぶ」
「買いに行くんじゃなくて持って来てもらうんだ」
「そう。これは店側に下働きを配置すればいい。有翼人は店先で欲しい物と配達先住所を言うだけだ」
「浩然。孤児難民の捜索保護隊を増やしなさい」
「承知しました」

 これはいい、と全員が笑顔になったその時、薄珂は突如立ち上がった。

「護栄様! 通貨を朝市方式にしよう!」
「は?」
「硬貨も紙幣も一切無しで羽根交換のみで生活! そうすれば店が羽根を集めてくれる。宮廷がそれを買い上げれば換金問題が片付くよ!」
「あ! 人件費削減!」
「そう!」

 同じく立ち上がったのは浩然だ。
 護栄もいいですね、と頷いているが周りはぽかんとしている。

「待て待て。その換金問題って何だ」
「宮廷では羽根の品質に応じた換金をしています。この品質審査を職員でやるんですけど、目が肥えてないから判断にばらつきがあるんです」
「有翼人からの苦情になってますね」
「それに換金待機列も凄いことになってるんです。その日のうちに換金できない人もいて、列整理にも人件費がかかる」
「けど保護区の通貨が羽根になれば店でやってくれるよ!」
「店は収入に関わるから厳しく審査するだろう。これは良いかもしれん」
「あとは個室だな。土地があるなら問題無い。浩然殿、後で予算削減方法を教えてやる。じっくりな」
「は、はい! 有難うございます!」

 響玄もうんうんと頷き、柳も感心したようにしている。
 護栄はぱんぱんと手を叩いて場を落ち着かせた。

「まとめると、有翼人保護区の通貨は羽根。人材派遣事業と宅配事業を展開。皆さん如何です」

 全員が笑顔で頷いた。
 紅蘭と美星も笑顔になっていて、護栄はそれにほっとしたようだった。

「ではこれを土台に考えましょう。問題はその事業運営ですね。蛍宮には治験がない」
「柳。君の子会社にあったよね」
「ああ。よければうちの社員を出向させるが、どうです護栄様」
「ぜひお願いしたいです」
「手配しよう。その間に考えておいてほしいことがある」
「何でしょう」
「警備だ。お嬢さんの話を聞く限りじゃ宮廷の兵が練り歩くのはどうかと思う。俺が手配してもいいが、余所者はもっと止めた方が良い気がする」
「……はい。羽を失った有翼人は『宮廷』という存在自体を恐ろしく感じます。私のように立ち直れたのはごく一部」

 統治者が変わったからといって平和になるとは限らない。
 所詮皇太子など雲の上の存在で、個人として信頼を築ける距離にいないのだ。
 だがそれは美星とて同じだ。それでも宮廷に勤めるのには何かしら想いがあるのだろうけれど、それとは別に縁を築いている者もいる。

(慶都とは仲良くしてくれてるよな。おじさんの事も怖がってない)

 信頼できる相手がいないわけではない。
 身を挺して侍女を守った莉雹のように、信頼に足る宮廷職員もいるはずだ。
 薄珂はすっと手を挙げた。

「護栄様。俺やってみたいことあるんだけど」
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