第四話 お出かけ

文字数 4,295文字

 慶都一家と生活し始めてから五日ほど経った。
 彼らの生活は里とあまり変わりが無く、母が食事を作り洗濯をし掃除をする。当初は全て侍女がやってくれていたそうなのだが、急な食生活の変化で慶都が腹を壊したり皮膚が荒れる等の体調不良が続いたのだ。しかも自由に飛び回りたい慶都に宮廷の堅苦しい服は合わなかったようで、服も母が手作りをしている。結果、慶都一家は侍女の世話にならずに全て自分達でやることにしたのだ。
 慶都がそうなら立珂ちゃんもそうだって気付くべきだったわ、と慶都の母は落ち込んでいたが、逆に慶都たちと生活をすれば立珂も元通りになるという証明でもある。そのため薄珂は迷うことなく世話になる事にした。
 寝床に薫衣草を置いてやったら立珂はきちんと夜眠り朝には起き、日中昼寝もせずに元気に過ごすようになっている。
 結局侍女の世話にならないのが一番だとなってしまったが、一つだけ彼女達に頼み続けていることがある。

「立珂様、これはいかがでしょう。軽装なので動きやすいですよ」
「あら、派手すぎるわ。立珂様はもっと上品なほうがお似合いなのよ」
「お止しなさい。立珂様のご意志が優先よ。立珂様はどれがよろしいですか?」
「飴色のすてき。でもちょっと暗いかなあ」
「いいえ。これは金糸で織られているので日に当たると輝いて美しいですよ」
「お似合いだと思いますわ。だってほら、眩しさが立珂様の笑顔そっくり」

 立珂が侍女に懐いたのは服がきっかけだった。
 最初は義務的に持って来てくれていたが、立珂があまりにも目を輝かせこだわり始めたので侍女も可愛がってくれるようになった。けれどにおいが問題だと気付いてみると、服からもわずかに香のにおいがした。彼女達は香を焚いた部屋で縫製をしているので移ってしまうのだ。
 そして今回のことを知った彼女たちは、生地を取り寄せたら密閉された棚に収納し縫製も香を焚かない部屋ですると言ってくれた。
 しかし完全に離れてしまっては立珂が服の話をできる相手がいなっくなってしまうし、何かしらで侍女を望んだ時に助けることができなくなってしまう。だから立珂の世話当番の日は香は使わずに来るとまで言ってくれた。
 てっきり面倒だからと立珂から離れてしまうかと思ったけれど、変わらず愛してくれている有難さに薄珂は全員に頭を下げた。

「薄珂! 今日はこれにした!」
「ん。じゃあ着替えるか」
「薄珂は象牙色だよ。これは銀糸で光ってるの!」
「じゃあお揃いだな」
「うん!」

 立珂は薄珂とお揃いにすることを譲らない。もちろん薄珂も嬉しいので一緒に着替えをするが、今日の服は作りが複雑で薄珂はおたついてしまう。

「腰布これでいいの? この紐なに?」
「この腰布は二重になっております。紐を緩めると下の生地が降りてくるのですよ」
「あ、長くなった」
「車椅子に座ったとき汚れた足元が見えるのが恥ずかしいとおっしゃっていたでしょう?」
「でも膝掛もお恥ずかしいとおっしゃってましたし。こうすれば腰布のまま足元まで隠れますよ」
「歩く時は長いと危ないですから車椅子の時だけになさって下さいね」
「わあ……!」

 立珂はお洒落もだが、人目に触れる時にみっともない格好をしてるのを嫌う。
 昔は体が羽に隠れるため気にしたことが無かったが、車椅子に乗り服が見えるようになってから途端に気にするようになっていた。歩けるようになったこともだが、こういう楽しみが増え立珂の笑顔が増えるのは有難いことだった。

「上衣も二重になってるけど、これは?」
「脇の釦を外すと裏返しに付け直せます。汚れたとき裏返せば隠れるでしょう」
「裏表どちらも見栄えの良い異なる生地で仕立てておりますのでお着替えした気持ちになりますよ」
「羽織が必要な時はこちらを。袖を長めにお作りしましたので腕は全て隠れますよ」
「わあ! わああ! すごーい!」
「もしかして、わざわざ作ってくれたの?」
「好きでやっただけですよ。立珂様には笑顔でいて頂きたいですから」
「嬉しい! 有難う!」

 汚れた服を隠すとなると、膝掛を掛けるかだぼだぼとした羽織を着るしかない。
 けれどいかにも何かを隠してる風になるので立珂はそれを嫌がった。こればっかりはどうしようもなかったが、しょぼくれる立珂のために考えてくれたのだろう。
 立珂はきゃっきゃとはしゃいだが、それを見ていた創樹と慶都はぽかんとしていた。

「立珂はお洒落好きだよなあ。薄珂は興味無いの?」
「ないというより分からないな。侍女のみんながいてよかったよ」
「立珂は何を着ても可愛い!」
「慶都正解」

 慶都と創樹は今まで通り一緒に遊んでくれている。もともと香を使ったりしないのでここは変わらずだ。

「立珂様、装飾品はお使いになりますか? 耳飾りひとつで雰囲気も変わりますよ」
「んー。でも重くない?」
「あら、立珂様。お洒落にはが我慢がつきものですわ」
「そっかあ。そうだよね。あ、この黄金の耳飾りとってもきれい。薄珂の目と同じ色だ」
「それなら同じ物が二つございますよ。お揃いでお付けになりますか?」
「付けたい! あ、でも薄珂は耳飾り嫌じゃないかなあ」
「まあ。立珂様がお望みのことを厭われるわけが御座いませんよ」
「薄珂様。立珂様が耳飾りをお揃いでとおっしゃってますよ」

 そうして薄珂は立珂の望むがままに着替えをし、どんどん笑顔になっていく立珂に癒された。
 しかし三十分が経った頃、ついに創樹がしびれを切らした。

「立珂ー。まだかー。早くしないと買い物する時間なくなるぞ」
「あ! そうだった! 忘れてた!」
「忘れてたんかい」
「ではこのくらいにいたしましょうか。さ、今日も可愛いですわ」
「立珂様は明るい色がお似合いですわねえ」
「ええ。陽の光のような笑顔には黄色がぴったりで」

 立珂は創樹にも耳飾りを付けようとしたが宮廷の高級品なんか使えるか、と逃げ出した。慶都は喜んで受け取り、立珂と二人で笑い合っている。
 微笑ましい光景に薄珂がクスリと笑うと、後ろで彩寧もくすくすと笑っていた。
 
「いつもあの笑顔でいて頂きたいですねえ」
「有難う。みんなが立珂を大事にしてくれるのすごく嬉しい」
「私共もお二人がお健やかにいて下さるのが嬉しいのです。さ、立珂様がお待ちですよ」
「うん。行って来ます」

*

 立珂が着替えに満足し、ようやく薄珂達は宮廷を出た。
 今日は創樹と慶都だけでなく、慶都の父と母も一緒に来てくれている。まだ不慣れな子供たちばかりでは不安だと付いて来てくれたのだ。
 まだ一日歩き回ることはできない立珂は車椅子だ。

「前はちゃんと見る余裕なんてなかったけど、凄い人だな」
「賑やかだね……」

 薄珂は一度この街に足を踏み入れている。ただあの時は立珂を助けるために必死だったから景色を楽しむ余裕などなかった。
 宮廷にも人はいるが、それとは桁外れの人数がひしめき合っている。薄珂はぽかんと口を開けて車椅子を押して進んだが、立珂が身体半分だけ振り向き薄珂の腕をきゅっと掴んだ。どうやらあまりの多さに驚いたのか、少し震えている。

「立珂、おいで。抱っこしてやる」
「うん……」

 薄珂は震える立珂を抱き上げた。景色を見ようとしてはいるが、やはり不安げにきょろきょろとしている。

「創樹。車椅子頼んでもいい?」
「ああ。もしかしてお前ら街に出るの初めて?」
「ようやく侍女の人数に慣れたとこだからな。まだ無理だったかな。戻るか?」
「ううん。平気。ちょっとびっくりしてるだけ……」
「俺もおじさんもいる。何かあっても守ってやるから大丈夫だ」
「ん……」

 立珂は自分一人では何かあった時に対処ができない。しかも襲われ捕らえられるという恐怖も経験しているためか、見ず知らずの相手と同じ空間にいるのを怖がるのだ。だから薄珂は無理に街へ出そうとは思わないし必要も無いと思っていた。
 だが今回街へ行きたいと言ったのは立珂なのだ。
 それは専属契約として提供する羽根を集めている時のことだった。

「おじさん。羽根ってどうするの? 蛍宮の街で売るの?」
「職人が装飾品や寝具に仕上げて売るんです。売るのは街よりも、国外への輸出の方が多いですね」
「ふうん。でも寝具って高いんでしょ? 売れる? 余らない?」
「余りませんよ。むしろ足りないくらいです。特に明恭という寒い国が布団一つに金二十枚出すからもっと欲しいと言ってますよ」
「それってどのくらいのお金? すっごく高い?」

 薄珂と立珂は自給自足の森育ちで人里で働き金銭を扱ったことがないので、その価値がいまひとつ分からないのだ。
 
「蛍宮の物価でいくと、うちは三人家族で金一枚いくかどうかというところです。それが二十枚だから六十人の生活費に相当しますね」
「ひょっ!」

 薄珂と立珂は蛍宮に来て初めて立珂以外の有翼人を見たが、立珂の羽根はとにかく大きい。
 一般的な成人有翼人の羽根でも薄珂の中指分くらいの長さしかないのだが、立珂の羽根は肘から手首くらいの長さがある。単純計算で値段は三倍以上になるのだ。
 とはいえ、立珂の羽根は天藍に納品することで宮廷で何不自由ない生活をさせてもらっている、だから具体的に一枚いくらなのかは知らなかったが、まさかそこまでの高額で販売されているとは知りもしなかった
 立珂は思わず自分の背を見た。そこには数えきれないほどの羽が生えている。立珂にしてみれば抜かなければならない邪魔なものだ。
 だがこれを全て売れば想像を絶する金額になり、しかもどんどん生えてくるので尽きることはない。

「でもそんな高く売る必要あるの? 高すぎない?」
「これは殿下や偉い方が定めているのでなんともいえないですね。それに普通は羽根一枚で銀五枚いくかどうかです。立珂くんは特別なんです」
「ふうん……。ねえ、売ってるとこ見てみたい。僕の羽根がどうなってるのか見たい」
「立珂くんの羽根は特別凄い物なので一般には出回ってないんですよ。他の有翼人の羽根商品なら街で見れますよ」
「行きたい! 薄珂、お出かけしたい!」

 薄珂が驚いたのは出かけたいと言ったこともだが、自分の羽根に興味を持ったことだった。
 何しろこの羽根は立珂を苦しめるだけのものだった。薄珂にとってもそれは同じだ。単体で見れば綺麗だと思う。だが立珂の一部だとしても立珂を苦しめている者である事には変わりがない。抜けて無くなることが喜びで、よもや大切にして行方を知ろうという意識などなかったのだ。

「じゃあまず隊商から見ましょうか。羽根製品は蛍宮内よりも他の国の方が豊富です」
「隊商ってなに?」
「他の国の人が出してるお店です。変わった物がいっぱいありますよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み