第二十六話 真相

文字数 1,859文字

 ぱかりと目を開けると腕の中に立珂がいた。立珂はすうすうと寝息を立てているけれど、がっちりと薄珂を抱きしめている。一体何が起きたのか分からず、ゆっくりと身体を起こす。
「……立珂?」
「ふぁ~? あ、薄珂ぁ、起きたねえ」
 立珂はむにゃむにゃと寝ぼけ眼をこすると、えへへと笑って薄珂をぎゅうっと抱きしめた。
「もう三日もたったんだよ。よかった。よかったよお」
「三日……?」
「覚えてないの? 公佗児になったあときぃー! ってなっちゃったんだよ」
「きぃー……」
 この状況は一体何だろうと頭を回転させようとするが回らない。金剛が捕まってからの記憶がなかったが、言われるとじわりじわりと記憶がよみがえってきた。
 立珂が血だらけで、その血の温もりに意識を奪われていたのだ。薄珂は記憶が鮮明になり、わああ、と叫び声をあげた。
「薄珂! 大丈夫だよ! もう終わったんだよ!」
「俺、俺、また、ま、また、お前を」
「大したこと無かったんだ。大丈夫だよ。もうほとんど治ってるの」
 立珂にぎゅうっと抱きしめられると、こうして立珂の血を浴びたことを思い出す。薄珂は自分の嘴で立珂の胸を切り裂いたのだ。
「ごめんね。公佗児になるの嫌だったのにまた僕のせいで」
「立珂は悪くない! 俺ができそこないだから!」
「違うわよ。猛禽類獣人はみんな意識を制御するのが難しいのよ」
「……え?」
 包み込むように抱きしめてくれたのは白那だった。穏やかな微笑みはいつも通りで、その後ろでは慶真も微笑んでいる。
「薄珂ちゃんの年頃は一番制御が大変なのよ。成長期だから」
「成長期?」
「人間社会を知ると理性の在り方が関わります。でも今までの本能に相反することが多いとその葛藤で苦しむことが多いんです」
「本能って、でも、立珂を、た、たべ、ようと、したんだ」
「それが本能ね。肉食獣人もだけど、肉を食べたいっていう本能があるの。無意識になると本能に従ってしまうのね」
「ほら。慶都は寝ぼけると私を噛んでるでしょう? あれです。当たり前のことなんですよ」
「かーちゃんは美味しいけどとーちゃんはまずい」
「勝手に噛みついておいてどういうことですか」
「はは。そう、そうなんだ……」
 薄珂は体から力が抜け、頭を掻きむしっていた腕をぽとりと落とした。すかさず立珂はぐりぐりと頬を摺り寄せてくれた。はあと安堵のため息を吐くと、今度は天藍が頭を撫でてくれた。
「薄珂はそれとは別の理由もあるだろうな。お前立珂の羽根を呑み込んだ事はないか」
「……ある。部屋中に舞ってるし」
「それだ。有翼人の羽根は摂取すると獣人に何かしら影響を与える。麻薬精製された粉末を過剰摂取しない限り何も起こらないが、お前は常用してるようなものだ。だから蛍宮では希望する全獣人に無料で獣化安定予防接種を提供してる」
「予防接種って確か」
 それはつい最近も聞いた言葉だ。里で偽の有翼人売買証明書を見つける時にやっていた大掃除はそれのためだった。
「有翼人迫害が迫害される理由の一つがこれだ。健康被害」
「でも蛍宮は予防接種があるから迫害もありません」
「じゃあ俺がおかしくなるのは」
「よくある獣化異常だ。こんなの鳥獣人には一般的な知識だぞ」
 天藍は本を一冊差し出してきた。表題は『獣人医療基礎知識』と書いている。ぱらりと捲るとどれも簡単な文字で薄珂でも読める。ないようは獣人がやらなければいけないこと、生活上注意することなどが書いてある。しかし絵が多いので分かりやすく、明らかに子供向けの本だった。
「無知は恐ろしいだろう」
「……うん」
 幼い頃にこれを知っていれば立珂を傷付けることも無かっただろう。少なくともあの時予防接種を受けていれば今回立珂を傷付けることはなかったはずだ。それもこれも知識が無いせいにすぎない。
「これ借りて良い?」
「やるよ。それにお前達は有翼人についても学ばなきゃならんだろ」
「本があるの?」
「無い。だから直接教えて貰おう」
「直接?」
 天藍はにやりと笑って扉の方を見た。いつからいたのか、そこには老齢の小柄な男性がちょこんと座っていた。見る限りは特徴は無いが、気になるのは背だ。ほんの少し盛り上がっていて、中に何か詰め込んでいるようだった。
 天藍がぺこりと軽く頭を下げると、老人はにこりと微笑み薄珂と立珂の傍までやって来た。見るからに人が良さそうだが、ふんふんと立珂の羽をじろじろと見ていて思わず薄珂は立珂を抱き寄せる。
「あの……?」
「おお、こりゃすまんね」
「薄珂、立珂。こちらは芳明先生。有翼人専門医だ」
「「え!?」」
「ほっほっほ」
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