第三話 里の仲間

文字数 2,452文字

 朝起きると、立珂は大きな目をきらきら輝かせて天藍の服を並べた。どれを着ようか数十分は悩み、今日は向日葵色の衣を選んだ。袖も付けられるのだが、これは好まないようだった。装着は簡単なのだが、立珂は少し動けば汗をかく。だから出来るだけ涼しい格好をしていたいのだ。
「お袖がいるくらい涼しいとこ行きたい」
「冬は必要になる。それまで我慢だな」
 立珂は天藍に貰った服が気に入ったようでにこにこと嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。いつもは笑っていても疲労でどこか元気が無かったが、今日は花が飛んでいるようだった。薄珂の目には立珂を祝福するために花畑が自らやって来たように見えた。身体を捻っても見えない背中をなんとか見ようと必死にくるくると腕を動かす様子は愛らしくて微笑ましい。
(もっとお洒落させてやりたい。余ってる布ないかな)
 立珂が喜ぶ笑顔に涙すら出て来そうで、たまらず頬ずりしていると外から慶都の声が聴こえてきた。こちらへ来る時に獣化をしていないのは珍しい。
 そして慶都は入室を告げる事をせず小屋に飛び込んできて、一直線に立珂へ飛びつき抱きしめた。
「やったぞ! やったやった!」
「う?」
「どうしたんだよ慶都。ちょっと落ち着け」
「長老様が里で暮らして良いって! 今日から薄珂と立珂も里の仲間だ!」
「「え?」」
 突然降ってきた情報に頭が付いていかず呆然としていると、はあはあと肩で呼吸をしながら慶都の母親もやって来た。ちっとも落ち着かない慶都の首根っこを引っ張って立珂から引きはがすと、ごめんなさいね、と微笑み薄珂と立珂をぎゅっと抱きしめてくれる。 
「長老様のお許しが出たわ。二人ともうちにいらっしゃい!」
 慶都の母は息子と同じことを言って微笑んだ。それはとても有難い言葉だったが、あまりにも突然のことで現実味が無い。薄珂と立珂は顔を見合わせて首を傾げた。
「えっと、何で急に?」
「二人が兎獣人を助けてくれたからよ。なら仲間も同然だって」
「天藍のこと? 籠引っ張っただけだよ」
「でもそれが無ければ落ちて死んでたかもしれないですよ」
「孔雀先生」
「自警団が来る前に助けるなんて形無しだ」
「まったくだな。俺の恩人は引き上げてくれた薄珂と救助方法を考案した立珂だ」
「金剛。天藍」
「命懸けで獣人を助けたんだから里も二人を守るべきだって筋書きだよ。これが証拠品だ」
 天藍が薄珂に手渡したのは血の付いた服だった。怪我をした天藍に貸したのだが、何故か慶都が持ち去ってしまったあの上衣だ。
「薄珂は自らが怪我をしてまで助けてくれた、ってな」
「え? これ天藍の血だよ」
「そこは嘘も方便ってやつだ」
「慶都、お前まさかそのためにこれ持ってったのか?」
「へへーん! これなら里のみんなも納得すんだろ!」
「……長老様こんな曖昧な話で良いって言ったの? 雑じゃない?」
「長老様も口実が欲しかったのよ。本当に追い出したいなら小屋を使わせてなんてくれないわ」
「それはそうだろうけど」
「ただし条件付きよ。慶都は獣化を我慢すること」
「するする」
 慶都の母はにっかりと笑う息子の頭を撫でると、同じ息子であるかのように薄珂と立珂のことも撫でてくれた。いつもの申し訳なさそうな苦笑いでは無く、嬉しそうににっこりと微笑んでいる。
「さあ引っ越しよ! 荷物は後で金剛団長が運んでくれるわ」
「でも、あの、僕は迷惑かけるだけだよ。本当に何もできないんだ。多分みんなが思うよりずっと」
「あら。立珂ちゃんには一番大変なことをやってもらうわよ」
「う?」
 にっこりと微笑むと、慶都の母は息子を抱き上げ立珂の膝に座らせた。
「暇だとすぐ獣化するの。だから退屈しないよう遊んでやって」
「そうだぞ! 捕まえとかないと飛んでくからな!」
「……本当にいいの?」
「もちろんよ。嬉しいわ、息子が増えて」
 朝一番に見る慶都は大体にして全裸だ。一秒でも早く立珂に会うため鷹の姿で文字通り飛んで来る。けれど今日は見たことも無いくらいきっちりと上衣を着て全ての釦を止めている。立珂のために我慢しているのだろう。
「立珂は俺と遊ぶんだぞ」
「あそぶよ! 僕も慶都とあそびたいもの!」
「風呂も着替えも俺がやってやるぞ! 一緒に寝よう!」
「うん!」
 慶都は立珂とやりたい事を次々に語った。そのはしゃぎぶりはどれほど立珂との生活を心待ちにしていたかがよく分かる。立珂も嬉しいのか、笑顔で涙を流し始め、泣きじゃくる立珂を慶都の母が抱きしめてくれた。
 生まれながらに母がいなかった立珂にとって、慶都の母は初めて優しくしてくれた大人の女性だ。慶都の母は立珂と息子を同時に抱きしめ、泣かないの、と優しく頭を撫でてくれた。その後ろでは天藍も安心したように微笑んでいる。
「鷹が有翼人を愛するとは新時代の幕開けだな」
「は!? 愛する!?」
「そうだろ?」
「っだ、だめだめだめ! 絶対だめ!」
「何でだよ。まさか一生二人だけで生きていけると思ってないだろうな」
「立珂は俺が守るんだ! 立珂は俺の立珂だ!」
 この場面なら立珂と抱き合うのは薄珂のはずだ。今までならそうだっただろう。けれど立珂は信頼する相手を見付け、新たな世界へ一歩踏み出したのだ。それが喜ばしいことだと分かってはいても、薄珂はたった一人の弟が取られたようで複雑だった。
 ぷんと口を尖らせていると、くくっと天藍は面白そうに笑った。
「寂しいならお前も相手を見つければいいだろ」
「そんなのいない。俺は立珂が一番大事だ」
「今現在は、だろ」
 天藍は少しだけ腰を曲げて、薄珂の顔を覗くように見るとぐっと顔を近づけてきた。そして、尖っていた薄珂の唇に自分の唇をちょんとくっつけた。
「……あ?」
「愛情はもっとも利用価値のある鎖だ。これも覚えとけ」
「は!?」
「しばらく先生のところにいるから遊びに来いよ」
「な、なん、い、行かないよ!」
「じゃあ先生に会いに来い」
 天藍はひらひらと手を振ると、ほくそ笑みながら出て行った。立珂は慶都ど抱き合いはしゃいでいたけれど、慶都への嫉妬など吹き飛んでいた。
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