第十八話 犯人逮捕
文字数 2,285文字
宮廷には玲章が軍事長を務める武力組織があり、これが国内の警備も担っている。
国民がいつでも気軽に相談できるよう窓口も多く設けられているのだ。
響玄は宮廷内の警備窓口へ駆け込み事情を話した。
普通であれば職員による現場調査から始まるだろうが、今回の被害者は来賓であり国宝級の羽を持つ立珂だ。
職員は大慌てで玲章を呼び、玲章は即座に飛び出て来てくれた。
「強盗とはどういうことだ」
「部屋中が塗料で真っ赤。在庫はこの有様です」
響玄は赤い塗料に染まった服を見せると、きつい薬品のにおいにその場の全員が眉間にしわを寄せた。
「ひどいな……」
「何名か警備に来ていただけませんか。あそこは『りっかのおみせ』ですが離宮でもある。これは宮廷への冒涜に同義」
「もちろんだ。すぐに手配しろ」
「承知致しました」
玲章が合図するとすぐに数名が動き出した。
規定服の職員もいれば鎧で身を固める者もいる。
「犯人の目星はついているのか?」
「侍女の可能性が高いですが、先代皇派も怪しいと思っています」
「先代皇派? 何でまた」
「先代皇派が『天一有翼人店』の在庫を盗んだそうです。薄珂と立珂を憎く思っているに違いない」
「ああ、あれは奴らじゃないらしい。いちゃもんは付けたが服なんざ盗んでないと」
「なんと。では別に犯人が?」
「ああ。それに瑠璃宮も離宮も先代皇の遺産。こんなの取り壊しの理由を作ったようなもんで、護栄が喜ぶだけだ。連中もそこまで馬鹿じゃないだろう」
「確かに。となるとやはり侍女ですか」
「……厄介だな。これは緊急裁判になる」
室内はしんと静まり返った。
かつて立珂を傷付けた時、明恭の皇女愛憐ですら牢屋へ入れられた。
これはそれに並ぶ事件ということだ。
「誰か護栄に伝えてこい」
「はい!」
職員たちは大慌てで駆けだした。
現皇太子だけでなく先代皇派も巻き込むとなれば、犯人がどちらの派閥に属していたとしてもただでは済まない。
「犯人を捕まえましょう。服を駄目にして終わりとは思えません」
「そうだな。犯行に及ぶなら営業後だろう。俺と数名で張り込みをするから響玄殿は薄珂と立珂を安全な場所で」
「僕もはりこむ!」
「うわ!」
「立珂。お話の邪魔しちゃ駄目だ」
「薄珂? お前いつからそこに」
「裁判になるあたりから」
「僕もはりこむ! 侍女の誰かでも絶対に許さないよ!」
立珂は珍しく怒っていた。これほど固い決意をした立珂を止めることなどできるわけがない。
玲章はぽんっと立珂の頭を撫でた。
「そうだな。捕まえよう」
「うん!」
そして、日中は薄珂の指示通りの営業をした。
急なことだったが客は皆喜び、立珂もお喋りできるのが楽しいようで終始笑顔だった。
好評のうちに営業は終了し、三日で終わるのはもったいないほどだ。
「今日は盛況でしたわね」
「過去一番じゃないかしら。薄珂様の機転は素晴らしいですわ」
「私達は在庫の縫製を急がなくてはね」
「ええ。じゃあ鍵はいつも通り隠して、と」
侍女の二人は大きな声で喋り、鍵を扉の傍にある鉢植えに隠した。
「さあ帰りましょう」
「それじゃあまた明日」
盗難に入られたとは思えない雑な隠し方だが、これには目的があった。
犯人が店を潰す目的なら今日の成功を妬みまたやって来るに違いない。ならばあえて呼び込み、そこを捕まえようという狙いだ。
店の中には玲章とその部下数名、響玄、そして薄珂と立珂が待ち構えているのだが――
「くちんっ」
「あ、手足冷たくなっちゃったな。おいで」
「ん」
「膝の上? ぎゅー?」
「ぎゅー」
立珂は身体を丸くして薄珂の脚の間に収まった。
冷えた手足を温めるようにして薄珂は立珂を抱きしめて、揺りかごのようにゆらゆら揺れた。
「寝ちゃっていいぞ。犯人来たら起こしてやる」
「ん……」
言うや否や、立珂はすっと寝入った。
あっという間にぷうぷうと寝息を立て、何かを探すようにもがいている。
薄珂が指を差し出すとぱくりと咥えてもぐもぐし始めた。
「あむぅ……」
「食われてるぞ」
「腸詰だと思ってるんだよ」
「食い意地張ってんなー」
「可愛いでしょ」
「可愛いけど緊張感はねえな」
とても事件現場とは思えない、ほのぼのとした時間が流れた。
大切な弟を抱く薄珂の顔はとても優しくて、響玄はついつい薄珂を撫でた。
そんな家族らしいことをしてしばらくすると、きぃ、と店の入り口の開く音がした。
「来たか」
「立珂。起きろ」
「んにゃっ!」
そっと物陰から売り場を覗くと、誰かが歩いている影が見えた。
きょろきょろと店内を見回していたが、展示されている立珂の私服の前に立った。
そしておもむろに懐から小刀を取り出し服に突き立てようとした。
けれどその時――
「だめー!!」
「っ!?」
「やめて! それはみんなが作ってくれた大切な服なの!」
「くっ……!」
立珂が犯人に飛びついた。
やめてえ、と涙ながらに訴えているが、そんな立珂を突き飛ばし犯人は外へと逃げ出した。
しかし外には玲章の部下が待機している。
飛び出た犯人はあっさりと彼らに捕まった。
「大人しくしろ!」
「どこの手の者だ! 先代皇派か!」
それでも犯人はじたばたと暴れ逃げようとした。
だがそこにいた犯人は意外な人物だった。
「放して! 放してよ!」
「んにゃっ!? 女の子!?」
「君は……」
「先生知ってるの?」
響玄はこの少女を知っていた。
いつか薄珂と立珂も出会う日が来るだろうとも思っていた。
そして、この少女の苦悩も知っている。
「以前の宮廷規定服を作った服飾店『蒼玉』の一人娘だ」
「へ?」
それは、薄珂と立珂が規定服を新しくしたことで犠牲になった一人だった。
国民がいつでも気軽に相談できるよう窓口も多く設けられているのだ。
響玄は宮廷内の警備窓口へ駆け込み事情を話した。
普通であれば職員による現場調査から始まるだろうが、今回の被害者は来賓であり国宝級の羽を持つ立珂だ。
職員は大慌てで玲章を呼び、玲章は即座に飛び出て来てくれた。
「強盗とはどういうことだ」
「部屋中が塗料で真っ赤。在庫はこの有様です」
響玄は赤い塗料に染まった服を見せると、きつい薬品のにおいにその場の全員が眉間にしわを寄せた。
「ひどいな……」
「何名か警備に来ていただけませんか。あそこは『りっかのおみせ』ですが離宮でもある。これは宮廷への冒涜に同義」
「もちろんだ。すぐに手配しろ」
「承知致しました」
玲章が合図するとすぐに数名が動き出した。
規定服の職員もいれば鎧で身を固める者もいる。
「犯人の目星はついているのか?」
「侍女の可能性が高いですが、先代皇派も怪しいと思っています」
「先代皇派? 何でまた」
「先代皇派が『天一有翼人店』の在庫を盗んだそうです。薄珂と立珂を憎く思っているに違いない」
「ああ、あれは奴らじゃないらしい。いちゃもんは付けたが服なんざ盗んでないと」
「なんと。では別に犯人が?」
「ああ。それに瑠璃宮も離宮も先代皇の遺産。こんなの取り壊しの理由を作ったようなもんで、護栄が喜ぶだけだ。連中もそこまで馬鹿じゃないだろう」
「確かに。となるとやはり侍女ですか」
「……厄介だな。これは緊急裁判になる」
室内はしんと静まり返った。
かつて立珂を傷付けた時、明恭の皇女愛憐ですら牢屋へ入れられた。
これはそれに並ぶ事件ということだ。
「誰か護栄に伝えてこい」
「はい!」
職員たちは大慌てで駆けだした。
現皇太子だけでなく先代皇派も巻き込むとなれば、犯人がどちらの派閥に属していたとしてもただでは済まない。
「犯人を捕まえましょう。服を駄目にして終わりとは思えません」
「そうだな。犯行に及ぶなら営業後だろう。俺と数名で張り込みをするから響玄殿は薄珂と立珂を安全な場所で」
「僕もはりこむ!」
「うわ!」
「立珂。お話の邪魔しちゃ駄目だ」
「薄珂? お前いつからそこに」
「裁判になるあたりから」
「僕もはりこむ! 侍女の誰かでも絶対に許さないよ!」
立珂は珍しく怒っていた。これほど固い決意をした立珂を止めることなどできるわけがない。
玲章はぽんっと立珂の頭を撫でた。
「そうだな。捕まえよう」
「うん!」
そして、日中は薄珂の指示通りの営業をした。
急なことだったが客は皆喜び、立珂もお喋りできるのが楽しいようで終始笑顔だった。
好評のうちに営業は終了し、三日で終わるのはもったいないほどだ。
「今日は盛況でしたわね」
「過去一番じゃないかしら。薄珂様の機転は素晴らしいですわ」
「私達は在庫の縫製を急がなくてはね」
「ええ。じゃあ鍵はいつも通り隠して、と」
侍女の二人は大きな声で喋り、鍵を扉の傍にある鉢植えに隠した。
「さあ帰りましょう」
「それじゃあまた明日」
盗難に入られたとは思えない雑な隠し方だが、これには目的があった。
犯人が店を潰す目的なら今日の成功を妬みまたやって来るに違いない。ならばあえて呼び込み、そこを捕まえようという狙いだ。
店の中には玲章とその部下数名、響玄、そして薄珂と立珂が待ち構えているのだが――
「くちんっ」
「あ、手足冷たくなっちゃったな。おいで」
「ん」
「膝の上? ぎゅー?」
「ぎゅー」
立珂は身体を丸くして薄珂の脚の間に収まった。
冷えた手足を温めるようにして薄珂は立珂を抱きしめて、揺りかごのようにゆらゆら揺れた。
「寝ちゃっていいぞ。犯人来たら起こしてやる」
「ん……」
言うや否や、立珂はすっと寝入った。
あっという間にぷうぷうと寝息を立て、何かを探すようにもがいている。
薄珂が指を差し出すとぱくりと咥えてもぐもぐし始めた。
「あむぅ……」
「食われてるぞ」
「腸詰だと思ってるんだよ」
「食い意地張ってんなー」
「可愛いでしょ」
「可愛いけど緊張感はねえな」
とても事件現場とは思えない、ほのぼのとした時間が流れた。
大切な弟を抱く薄珂の顔はとても優しくて、響玄はついつい薄珂を撫でた。
そんな家族らしいことをしてしばらくすると、きぃ、と店の入り口の開く音がした。
「来たか」
「立珂。起きろ」
「んにゃっ!」
そっと物陰から売り場を覗くと、誰かが歩いている影が見えた。
きょろきょろと店内を見回していたが、展示されている立珂の私服の前に立った。
そしておもむろに懐から小刀を取り出し服に突き立てようとした。
けれどその時――
「だめー!!」
「っ!?」
「やめて! それはみんなが作ってくれた大切な服なの!」
「くっ……!」
立珂が犯人に飛びついた。
やめてえ、と涙ながらに訴えているが、そんな立珂を突き飛ばし犯人は外へと逃げ出した。
しかし外には玲章の部下が待機している。
飛び出た犯人はあっさりと彼らに捕まった。
「大人しくしろ!」
「どこの手の者だ! 先代皇派か!」
それでも犯人はじたばたと暴れ逃げようとした。
だがそこにいた犯人は意外な人物だった。
「放して! 放してよ!」
「んにゃっ!? 女の子!?」
「君は……」
「先生知ってるの?」
響玄はこの少女を知っていた。
いつか薄珂と立珂も出会う日が来るだろうとも思っていた。
そして、この少女の苦悩も知っている。
「以前の宮廷規定服を作った服飾店『蒼玉』の一人娘だ」
「へ?」
それは、薄珂と立珂が規定服を新しくしたことで犠牲になった一人だった。