第九話 天藍の焦燥

文字数 1,296文字

 立珂が倒れて翌日。
 薄珂に拒絶され立珂を見舞うことも許されなかった天藍は執務室で護栄を問い詰めていた。

「何故勝手をした」
「まだあの二人の悪影響を理解なさっていないのですか」
「ふざけるな! お前のしたことで立珂は倒れたんだぞ! それをどうとも思わないのか!」
「それと国への悪影響は別の話です! そもそも殿下が不用意なことをした結果です!」
「立珂には過ごしやすい環境が必要だと言ってるだろう!」
「それを殿下自らやる必要が無いと言っているんです! それこそ孔雀医師を共に住まわせればよろしいでしょう! 宮廷医師の資格もないのに離宮住まいという過剰な接待を受けている孔雀医師を!」
「孔雀は獣人保護区の活性化に協力してくれている!」
「それも殿下の独断でしょう! 官僚の半数以上が反対したのを押し切っただけなのをお忘れですか!」

 ぐ、と反撃の言葉を失った天藍は歯ぎしりをした。
 護栄のしたことは許されない。その証拠にあの場で護栄と莉雹の味方をした者はいなかった。
 だが医務局の外では『またあの子供か』とうんざりしている者も少なくなかったのだ。この一件で護栄と立珂、どちらに味方が多いだろうか。

「同情で政治はできません。わがままはほどほどになさいませ」

 天藍は拳を震わせたがそれを振り上げることなどできはしなかった。
 そんな状況でも仕事はある。天藍にとっては大きな事件だったが、それで拗ねて部屋に籠ることが許される子供ではない。
 重い足取りで次の仕事へと向かった。

「愛憐姫。お加減は如何でしょうか」
「よろしくてよ。そういう天藍様は随分とお疲れのご様子ですね」
「……少々立て込んでおりまして」
「あらまあ。大切な少年になにかあったのですか」

 愛憐はくすくすと笑っている。『少年狂い』と叫んでいた護栄の顔が脳裏をよぎった。天藍は何も言い返せず、ふうとため息を漏らすしかなかった。

「まあいいですわ。そんなことよりこの羽根飾りを見て下さいませ。なんて美しいのかしら」

 愛憐の手には純白の羽根で作られた首飾りがあった。
 それは一般市場には出回らない、天藍が特別な相手にのみ渡す立珂の羽根で作られた首飾りだ。

「私この羽根の持ち主に会いたいんです。天藍様、どの有翼人かお分かりになりますかしら」

 この美しい羽根を持つ立珂は寝台から出てこない。兄の腕に抱かれていないと不安でたまらず眠ることもままならない――というのを侍女から聞いた。今も羽根が美しく輝いているか、天藍には知る方法も無い。
 あの愛しい兄弟を傷付けた護栄を許すことはできないが、二人を良く思っていない者がいると分かっていながら人任せにしていた自分が許せなかった。

「天藍様! 聞いてらっしゃいますか!」
「……申し訳ありません。今日は立て込んでいるので失礼します」
「ええ!?」

 薄珂と立珂がこの姫の半分くらい図太く傲慢であれば違っただろう。だがあの純真無垢な兄弟は人の言葉を受け流す術など知りはしない。
 だからこそ守ってやらなくてはと思っていた。ただ穏やかに愛し合い笑顔でいてほしかったのだ。そしてそれができると思っていた。

(……それこそ傲慢だったということか)

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