第二十三話 立珂が繋ぐ新たな絆

文字数 3,321文字

 紅蘭が護栄を掴んだまま玄関から外を覗くと、そこには一人の男が暴れている姿があった。
 看板や店の装飾に置いている物を片っ端から壊している。

「ごろつきくらい自分でやって下さいよ」
「ふざけんな。税金分国民を守りやがれ」
「まったく……」

 護栄は大きなため息を吐くと、やれやれと店の外へ出た。

「お止しなさい。器物損壊ですよ」
「は――あ!? 護栄!? 何でお前がここに!!」
「呼び捨てとはいい度胸ですね」

 男は護栄を見て後ずさったが、同時に護栄の後ろにいた立珂を視界に捕らえてぎろりと睨んだ。

「有翼人ばっか幅効かせやがって……!」
「どこがです。つつましく生活してますよ、彼らは」
「保護区だよ! そっちの保護区作るんだろ!」
「ああ、あなたは獣人ですか。獣人保護区が完成したんだから当然です」
「何が完成だ! こっちは歩くのも大変だってのに!」
「歩くのも?」

 急に話が有翼人とは違うところへ飛び薄珂は首を傾げた。
 蛍宮は平和な街だ。ところどころに警備兵がいるので何かがあっても多ごとになることはあまりない。
 薄珂も獣人だが歩くのが大変と思うことは無かった。

(あ、もしかして)

 薄珂は立珂を紅蘭に任せ、暴れる男の前に立った。

「それって獣化を我慢するのが大変って意味?」
「ああ!? 子供は下がってろ! お前にゃ関係ね」
「獣化を我慢しなくていい服があるんだけど」
「……あ?」

 薄珂は食い気味に答えると、男は急にぴたりと固まった。

(やっぱり。おじさんと孔雀先生の言う通りなんだ)

 これは以前、獣化が上手くできないことを相談した時に聞いたことだ。
 獣人は獣が人間に姿を変えるため、正しくは獣化ではなく『人化』だ。獣の姿で生きることが本来であり、人の姿を保つのは本能を抑えることなのだ。
 だが人間と共生する以上は人間の姿を基本とする。
 しかし獣と人間では身体の形が違うので、人化した時は裸だ。獣に戻る時も服を脱いで裸になってからするため、風紀を乱すとして公共の場での獣化・人化は一切禁止されているのだ。
 つまり獣人は常に本能を抑え込み生活をしなくてはいけない。獣の本能が強い場合これはとても苦しい事らしい。
 それをしなくていい服があるのなら、それは画期的に生活がしやすくなるだろう。

「……何だ服って」
「持ち歩ける服だよ。これ」
「はあ?」

 薄珂は腰に下げていた立珂考案の獣化対策服を広げて見せた。

「お、おお。服になった」
「人化対策だよ。着たまま脱げる服もあって、そっちが獣化対策」
「は!? 何だそれ! 見せてくれ!」
「じゃあうちの店に行こう。獣種ごとにいくつかあるんだ」
「店!? そんな店あんのか!」
「うん。全種族平等の宮廷品質だよ」

 薄珂は立珂を抱き上げ歩き出した。
 護栄と浩然も連れて男を案内した先はもちろん『りっかのおみせ』だ。
 到着すると立珂はぴょんと薄珂の腕から飛び降り、ててっと店の入り口に立ち手を広げた。

「『りっかのおみせ』へいらっしゃいましー!」
「お、おお?」
「獣化対策服はまだ開発途中なんだ。奥に行こう」

 立珂が店に入ると、客からは歓声が上がった。
 まるで劇団の役者に出会ったような盛り上がりで、皆立珂と話したいようだった。
 立珂はまた後で来るね、と手を振り奥へ入ると服をいくつか持ってきてくれた。

「これが獣化できる服だよ。この紐をほどくだけで脱げるんだ」
「な、なんだそりゃ。ちょっとやってみていいか」
「もちろん。そっちで着替えて」
「おお!」

 男は立珂の手から服を奪うようにして掴み、ばたばたと着替え始めた。

「……なんか、普通の服だぞ?」
「獣化してみて。肩と腰を解けば自然に脱げるから」
「内側には釦もあるけど、身体大きくなればぷちんて外れるから大丈夫だよ」
「おお……?」

 男は半信半疑のまま、言われた通りに獣化を始めた。
 その姿はするすると獅子へと変わり、毛や爪がどんどん獣へ変化し、あっという間に獅子へと姿を変えた。
 驚いたのが、がう、と鳴き声を上げ不思議そうに脱いだ服を前足で弄っている。

「人化する時はさっきのをぱっと被ればいいよ。街中に置こうかって話もあるんだけど、本当にあの形でいいのか分からないんだよね」
「がうう! がう!」
「あ、会話は人間になってもらえると」

 男は興奮のあまり獣のまま喋ってしまい、慌てて人化した。
 人間に戻ると、がしっと立珂を掴んで揺さぶった。

「良いじゃないか! これなら人間にも有翼人にも文句言われない!」
「んにゃにゃにゃ」
「は、放して。立珂の目が回る」
「おっとすまねえ」
「んにゃ~……」
「こいつはいい。けど生地が嫌だな」
「う? なんで?」
「毛に絡まるんだよ。引っ張られるから変えてくれ」
「あ、僕らの羽と同じだ」
「けど襟んとこ、これ格好良い。これは残してくれよ」
「じゃあするするの裏地付ける。あ、でも毛のない獣はどうなのかな」
「あー。蛇のやつはどうすんだろうな。服持ち歩くこともできねえし」
「はっ!」
「それに脱いだらどうすんだ? 俺らが一番困るのは耐え切れず獣化しちまった時なんだ。小せえ奴は持って帰れねえよ」
「うっ!」

 男は立珂にあれもこれもと要望を出してくれた。
 それは服作りでありながら、獣人の困っていることを教えてくれているようでもあった。

「まとめると、着替えが困るってことだよね……」

 三人で困っていると、なるほど、と護栄が声をあげた。

「分かりました。これは専用施設を作り解消しましょう。浩然。獣人保護区の整備予算を中央区へ回しなさい。今期は予備予算を使います」
「承知しました」
「……なんだ。何かやってくれんのか」
「単純な発想ですが着替える施設を設置します。そこに立珂殿の服を置けば」
「それなら派出所使わせてくれよ! 先代皇は派出所とか役所とか、そういうとこ出入り自由で着替えをさせてくれたんだ!」
「そうなんですか? そう、そうでしたか……」

 先代皇といえば天藍と護栄の敵だ。
 今でもその残党と確執があると天藍も護栄も言うが、生き残り宮廷に巣食っているのは先代皇がそれほど指示を受けていたという証拠でもある。

(護栄様が天藍のために犠牲にしたのが獣人の生活だったんだ。それが今表面化した)

 有翼人へ手と金をかけるのなら、その分どこかがおざなりになる。
 護栄は獣人の一部を切り捨てたのだろう。
 護栄が今どんな気持ちでいるかは分からないけれど、表情はいつもと同じだ。

「先代皇の治世に詳しい者を代表に立て、獣人の生活向上に尽くします。力を貸してくれますか」
「あ、ああ! もちろんだ!」
「日々思う事があればこの子に話してください。薄珂。意見をまとめて報告なさい」
「っは、はい!」

 急に名を呼ばれ薄珂は思わず背を伸ばした。
 護栄はいつも『殿』を付けて呼んでくれている。宮廷を出ても来賓だったことへの経緯なのだろう。
 けれど部下ならば敬称など付けはしない。

「お、おお、お前護栄様の部下だったのか」
「正式な着任はまだですがね。優秀な子ですよ」

 護栄はにこりと微笑んだ。浩然はやはり複雑そうではある。
 けれど薄珂はきゅっと唇を噛み、改めて背をただし男に向き合った。

「獣人の生活向上をします。後日獣人保護区へ伺いますので、現状を教えて下さい」
「おお! 任せとけ!」

 男は出会った時とは別人のように無邪気な笑顔を見せ、よろしくな、と何度も薄珂の背を叩いた。
 最後に立珂を強く抱きしめると、手を振って帰っていった。
 嵐が去った部屋は急に静まり、ふうと護栄はため息を吐き薄珂の肩をとんと叩いた。

「制服が届いたらしっかり働いてもらいますよ」
「は、はい!」
「大体みんな三日で逃げるけどね」
「逃げませんよ」
「最初はそう言うんだよ」
「十日持てば良いかもしれませんね」
「逃げませんてば」

 くすくすと護栄と浩然は笑った。
 護栄の元で生き残ったのはわずか三人。どんな流れで離脱するかは分からないが、それほど厳しいのだろう。

「では獣人の件、頼みましたよ」
「はい」

 そうして護栄と浩然は帰って行った。
 その日は夜まで獣人の服について考え、蒲団に入っても立珂は興奮していた。
 早く話を聞きに行こうね、とにこにこしたまま眠りにつく立珂を眺めながら薄珂も眠った。
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