第七話 少年狂いの皇太子

文字数 7,595文字

 薄珂たちが通り抜けていった中央庭園に面している一室に皇太子の執務室がある。
 そこは皇太子である天藍が山のような書類に囲まれていた。

「玲章。茶を淹れてくれ」
「断る。俺は護衛で秘書じゃない」

 玲章はひらひらと手を振り天藍の要望を却下し、手元に残っていた茶をわざと飲み干しぷはあと息を吐いた。

「……幼馴染のくせに冷たくないか」
「職掌に無いことはやらない主義だ。一杯銀一枚で淹れてやる」
「茶葉より高いなんてぼったくりがすぎるだろ」
「総軍事長の特別作業手当にしちゃ安い方だ」

 玲章は人間だが獣人である天藍の友であり、蛍宮の最高軍事責任者である。
 武芸で天藍に負けたことがなく、先代皇を討つときに軍の先頭に立った。そのため革命の立役者の一人として国民にも知られている。今は天藍の護衛をしているが、街の警備といった兵を動かすことの一切が玲章の指揮下にある。
 人前で親しく振る舞うことはしないが、執務室内といった部外者のいない場所では昔ながらの接し方をしている。
 お茶なんて淹れてやるもんかと笑い飛ばすが、二人のやりとりに笑いを零して立ち上がったのは慶真だ。

「私が淹れてきましょう。加密列茶でよろしいですか」
「さすが慶真。頼む」
「困りますよ、慶真殿。貴方が職掌外の仕事もするから私が怠惰しているように見えるんです」
「私はご迷惑をお掛けした身ですので」
「貢献した分の方が多いですよ」
「うるせーな。茶の一杯でぐだぐだ言うな」
「じゃあ自分で淹れろよ」

 玲章は、けっ、と口を尖らせ天藍から視線を外し窓を見た。
 するとそこには中央庭園を駆ける薄珂たちの姿があった。きゃあきゃあとじゃれる賑やかな様子を侍女も遠巻きに見守っているようだ。

「見ろ、天藍。薄珂が遊んでるぞ」
「薄珂!?」

 天藍は椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、ばんっと窓にへばりついた。
 しかし薄珂はこちらには気付かず、弟を抱き上げ幸せそうな顔をしてどこかへ行ってしまった。

「よし。俺も少し休憩に行っ」
「駄目です」

 薄珂を追うべく露台から庭園に出ようとしたが、玲章と慶真が止める前に誰かが天藍の後ろ襟を引っ張って進行を阻んだ。
 襟で首が締まり、天藍はぐえっと蛙のような声を上げた。天藍はぎぎぎと錆が削れそうな鈍さで振り向き、同じようにして玲章も天藍の襟を引っ張る手の持ち主に目をやった。
 そこにいたのは一人の青年だった。玲章は三十代前だがそれよりもずっと若く、くわえて女性に好まれそうな知的で端正な顔立ちをしている。切れ長の目は凛としていて、その整った顔で微笑めば多くの女性が付いてくるだろう。
 だが残念ながら眉と目をぎりりと吊り上げ、その表情は怒りに満ちている。

「……護栄。早かったな」
「殿下が逃げると思い三倍速で終わらせて参りました」

 護栄は天藍の補佐をする秘書であり、全ての文官が護栄の指揮下にある。
 そして玲章と並び、この国で最も国民に支持されている人間でもある。その理由は、天藍が先代皇を討つための戦略を立てたのが護栄だからだ。自ら戦闘には赴かないが、その代わり街の中で国民の避難の指揮を執り、その結果わずか一人も重傷者も死者も出さなかったのだ。それも肉食獣人を鉄砲玉や盾にすることもせず、自らの知恵のみでやってのけた。
 天藍が皇太子に着任した後は軍の指揮官となるのだろうと誰もが思っていたが、就いたのは政を司る文官だった。
 軍師に政治が分かるものかと馬鹿にされたが、その手腕はすさまじいものだった。わずか半月で全国民が職を得て経済が回るようになり、さらに数か月すれば法の再制定まで実施し先代皇の負の遺産は一年も経たずに消え去ったのだ。
 翌年には天藍が掲げた獣人保護区の設立をし、世界各地から獣人が集まった。これが蛍宮の名を世界に轟かせた一歩で、多くの獣人が天藍を支持した。だが肉食獣人もが集中したことで他国からは軍事的脅威となり、そのため蛍宮は軍事力が低いながらも下手に手を出すことのできない国となったのだ。そして蛍宮は世界でも珍しい軍事的中立国の立ち位置を勝ち取ったのだ。
 軍事的にも政治的にも驚異的な成功を打ち立ててきたが、伝説のように語られる理由はその年齢にある。
 天藍が先代皇を討ったとき護栄はわずか十八歳。当時蛍宮の国民は二千万人ほどで、現在さらに膨れ上がりもうじき三千万人になろうとしている。現在も成人して間もない若者だというのに政治の中核となっている。
 そのため天藍が先代皇を討てたのは護栄がいたからだと言う者も多い。だから天藍も護栄には頭が上がらないのだ。 

「ただでさえ常人の三倍速で働く護栄がさらに三倍速なんて、他の官が怠惰に見えるから止めろよ」
「なら玲章殿も三倍速で働けばよいでしょう」
「また無理難題を。お前は一国を三日で奪取した天才である自覚を持て」
「才能など関係ない。大事なのは努力です」
「諦めろ、天藍。嫌なら三倍速で働け」
「まったく。あんな子供のどこがそんなに良いのやら」

 玲章は年齢だけならさして変わらないだろうと言おうとしたが止めた。口で護栄に敵うわけがない。
 しかし天藍はむっとして護栄を睨みつける。既に姿は見えないが、薄珂がいた方向を見て笑みを浮かべた。

「愛情が真っ直ぐなところだ。大切なものは一欠けらも取りこぼさない」
「そうですね。一人で立珂くんの世話をするのは大変でしょうに、それを幸せだと喜べる強い子です」
「蛍宮に来たのも立珂のためだ。なら俺は薄珂が安心して立珂を愛してやれる場所を守りたい」
「はいはいそうですか。で、今日は慶真殿から相談がおありなんですよね」
「おいこら。興味ないなら最初から聞くなよ」
「疑問を持っただけで回答をくれとは言っていませんよ」
「ああ言えばこう言う……」
「天藍。勝てない戦いはするもんじゃない」

 口をへの字に曲げる天藍をなだめたが、既に護栄は興味を失い慶真へと視線を移していた。

「有翼人が羽根を違法利用しているとのことでしたが」
「はい。隊商で物々交換しているのを確認しました。それも定常化しているようです」
「国内は許可してますが隊商は困りますね。輸出価格に影響が出ます」
「ですが一斉に禁止というわけにもいきません。羽根以外に収入が無いのなら生活ができなくなります」
「有翼人は生活保護法がありますし実態調査もしています。が、不足があるのかもしれませんね。早急に調査をしましょう」
「羽根製品の売れ行きが悪いのもこの影響ではないでしょうか。羽根が手に入るなら商品を買う必要がありません」
「羽根の取り扱いを見直した方が良いな。護栄、対策は取れるか」
「簡単な着想ですが、国内全域で交換不可、ただし宮廷で換金を行うというのはいかがでしょう」
「まあいいだろう。草案を明日までに出せ」
「承知致しました。現場の詳細をうかがいたいのですが、これは慶真殿が調べたんですか?」
「薄珂くんと立珂くんと買い物に出た時にたまたま目にしたんです」
「ほう」

 薄珂の名が出て天藍はぴくりと身体を揺らした。その反応を護栄は見逃さなかった。

「薄珂くんと立珂くんは森育ちなので疑問に思うことが多いようです。有翼人は水道水がにおうので使えないとも言っていました。どうやら有翼人の居住区は改善が必要そうです」
「何も知らないからこそ気付けることもあるか。よし、薄珂と立珂には俺が話を聞いて」
「いいえ。それは私が致します」

 護栄が立ち上がろうとした天藍の肩をがしっと押さえつけた。
 政治やら経済やらの話は傍観するしかない玲章だが、なにやら面白そうな争いの予感に目を光らせた。

「二人はまだ子供だ。いきなりこんな話をしても」
「では確認項目を書き出しますので慶真殿が聞いてきて下さい。殿下が直接会うことはお控え下さい」
「別に会うくらいいいだろ。もうひと月も会ってないんだぞ」

 天藍がぶつぶつと文句を言うと、護栄が額に青筋を立てて机を叩いた。その場の全員がびくりと震えあがる。

「な、なんだ護栄。どうし」
「『皇太子殿下は少年狂い』」
「は?」
「『皇太子殿下は少年狂い』!」

 護栄はぎろりと天藍を睨んだ。刺すような鋭い視線と怒りが吹き荒れる存在感はまるで巨大化しているような錯覚に陥っていく。

「な、何だ、何言ってんだ」
「獣人の少年を恋人にし! 有翼人の少年を囲い! 彼らの世話役に少年を連れ込み! 部下の息子を国営の学舎にねじ込む! しかも私に無断で下働きを増やしましたね! 少年ばかり二十名も!」
「いや、女もい」
「少年だけが取り上げられるほど少年狂いが噂になってるんです!」

 今にも頭から湯気が出そうな熱量で、玲章は慌てて助け舟を出した。

「先日の遠征先で子供が大勢捨てられてたらしいです。見捨てるわけにもいかないので」
「ならば生活保護を申請し養護施設へお入れなさい! 何故どうでもいい仕事を作ってまで宮廷に置いたんです! 書庫の本棚を置き換える必要はありませんよ! 獣人保護区改修で予算は限界です! 少年たちの給与はどこから出ると思ってるんです!」
「い、いや、一応目的はあって」
「どんな目的でも少年狂いを促進していいわけないでしょう!」
「そんなつもりはない!」
「殿下になくてもそうなってるんです! 殿下が十代の少年を集める性癖であるという噂は着実に広まっています!」
「性癖じゃない! 立珂は利益を生んでるしそれには薄珂が必要だ! 慶都は貴重な鳥獣人で庇護が必要な子供じゃないか!」
「彼らが悪いと言ってるのではありません! 殿下のやり方が悪いと言っているんです!」
「う……」

 護栄は持っていた書類から何枚もの紙を取り出し並べた。
 それらには「陳情書」と書いてあり、宮廷へ諸々の要望が書かれている。玲章が数枚手に取り目を通すと、その中には薄珂と立珂の名前が多くみられ、つらつらと苦情が書き連ねられていた。多くは業務を妨げるほどのはしゃぎぶりと、侍女の過剰な接待による生活の不平等さについてだった。それは立珂に必要な物として天藍が許可したものではあるが、上から見てるだけの者と現場を担う者とでは感じるものが違う。厳しい規則のある宮廷においてあまりにも自由が過ぎ、懸命に働く者が不満に思うのは当然だ。

「入廷前に礼儀作法の教育を受けることを契約に含めるようお願いしたのにそれもしない。しかも慶都殿を人目に付く学舎に入れるとは何事です。鷹獣人が見つかれば良くて誘拐、最悪殺されるのですよ!」
「だから慶都には警備を付けて」
「子供は外で慶都殿のことを喋る! それが国外だったら!?」
「慶都には鷹獣人であることを伏せるよう言ってあります」
「そうですか。ですが慶都殿と親しい下働きの少年は彼が鷹であることを知っていましたよ」
「な……!」
「子供は無邪気です。悪気はないのでしょう。だからこそ手が打てない。人の口に戸は立てられぬのです」

 少年狂いという個人的な話かと思いきや、思いの外大きな話であったことに玲章は思わず黙った。
 何しろ捨てられた子供の保護を天藍に頼んだのは玲章だった。心優しい皇太子と讃えられることはあってもまさか評判を下げるとは思ってもいなかったのだ。
 これ以上ここで何を言っても得は無いと判断し、玲章はすうっと気配を消した。

「いいですか。彼らは蛍宮にとって重要な存在。だからこそ誰もが納得する手順で最高の保護を提供する必要があります。なのにこれほどの苦情が出ては厳しい対応をせざるを得ません」
「そ、それは……」

 玲章はもはや立ち向かおうと思っていないが、立ち向かう意欲のあるであろう天藍ですら言葉を失った。
 せめて言い返すことができれば違っただろうに、護栄は呆れ果てたようにため息を吐いた。 

「私には薄珂殿への執着で殿下の思考が鈍っているようにみえる」
「そんなことはない!」
「殿下がどういうつもりでも周囲にそう見えているから『少年狂い』などと言われるのですよ」
「護栄様。それは殿下が親しみやすいからこそ揶揄されているだけで」
「それが問題なのです! 今どなたがいらしてるかお忘れか!」
「あ……」

 全員がはっと何かに気付き顔色を変えた。
 天藍はげんなりとして頭を抱え、政治に携わらない慶真ですら慌てたような顔をしている。そしてその理由は全く政治を理解しない玲章でも分かった。
 
「そうでしたね。明恭の小娘が来てたんでしたっけ」
「北方最大の軍事国家、明恭の第一皇女にしてこの度の視察代表である愛憐姫です!」

 明恭国。
 それは蛍宮から北に位置する極寒の国だ。年中寒いが冬になれば凍死する者もいるほどで、蛍宮から有翼人の羽根寝具を輸入するようになりようやく死者がでなくなったという。
 蛍宮にとっては羽根寝具のほぼ全てを輸出する最大の顧客だが、定期的に商品品質と品質を保つ環境を有翼人に提供しているかの視察に来るのだ。
 そして今回の視察で代表に立っているのが愛憐という成人したばかりの姫君だ。
 これまでは政治面で皇王代理も務める第一皇子の麗亜が代表だったが、それにとって代わるほどの才女なのかと護栄は警戒していた。けれど代表に立ったのは間近で有翼人を見たいというだけの理由で、精神年齢は歳以上に幼い姫だった。

「あのお姫様に視察なんてできるんですかね」
「現地視察をしているのは麗亜皇子の選出した方々で、彼らは馬鹿な噂だと理解しています。ですが幼い姫は鵜呑みにした」
「ああ、それで嫌味言ったんですね」

 愛憐姫は薄珂と立珂に遭遇していた。
 玲章が護栄と共に宮廷内を案内していた時に外から帰って来たところに出くわしたのだ。その時に薄珂と立珂のみならず、創樹と慶真まで馬鹿にするような暴言を吐き捨てた。玲章は子供同士の喧嘩程度にしか感じなかったが、護栄にとっては重大な事件だったのだ。

「明恭から他国へ少年狂いが拡散されたらどうします。国の威信は崩れますよ」
「悪評を逆手に成功をもぎとるのは護衛殿の得意技じゃないですか」
「……玲章殿は何故我らが明恭に謙っているか分かっていますか?」
「へ? ええと、あっちの軍が大きいから?」

 明恭は生産力では蛍宮に劣るが、軍事力では圧倒的強者だ。
 蛍宮にも軍はあるが、何しろ天藍は先代皇討伐という反乱による成り上がりのため、当時の戦で蛍宮は相当数の軍事力を失った。とても他国と武力衝突できる状態ではないのだ。
 敵対したら勝ち目がない以上、明恭に何かしらを提供し侵略しないと確約してもらうしかない。そのため護栄は明恭の要望を汲み蛍宮に不利な条件で輸出入契約を呑んだ。そうすることで蛍宮は身を守っているのだ。

「もし悪評を利用され今以上に厳しい条件を要求されれば財政は困窮し、明恭の傘下に降る可能性も出て来ます」
「しかし慶真殿が戻られた今、蛍宮に軍事的圧力は効かないですよ」

 慶真はかつて軍に身を置き恐怖を振りまいた鷹獣人だ。
 実際に一人でどこまでできるかと言えば保証できるものはないし戦績の噂は誇張されたものが多い。だが真相はどうあれ、鷹獣人への対策などそう簡単にできるものではない。どうしたって戦闘に長けた鳥獣人が必要で、慶真を超える鷹獣人の存在はどこからも聞かない。ましてや明恭のように獣が住むのに難がある国は獣人自体が少ないのだ。
 鷹獣人の慶真が蛍宮に戻った。それだけで明恭は退かざるを得ない。

「そうです。もはや我らは契約を打ち切れる立場ですよ」
「契約を打ち切られるのは国民を殺すに等しい。まさか皇王ともあろう方がそんな愚かなことを」
「明恭は軍事国家で主権者は政治家ではなく軍人。姫が愚かなのは周囲が愚かだからです」
「……皇王も噂を鵜呑みにすると?」
「それは分かりません。ですがその他上層部は鵜呑みにすると思った方が良い。そうなれば独立している部隊だけで攻めて来るやもしれません。そうなったとき慶真殿一人で全ての民を守れますか? 慶都殿と奥方様を置いて敵地に飛び込めますか?」
「そ、それは……」

 慶真はぐうっと言葉を呑み込んだ。
 おそらく慶真は家族を連れて逃げるだろう。実際過去にそうしたのだ。それを責めた者も多く、今でも復職は誤りだと呈する者も少なくない。
 それでも天藍の傍にいられるのは、そんな苦情程度では打って返せない軍事力が慶真にあるからだ。いわば力でねじ伏せているにすぎない。もしねじ伏せられなくなり家族に危険が及べばその爪は蛍宮に向けられるかもしれない。
 慶真は蛍宮にとって最大の武器であり、同時に爆弾でもあるのだ。そして護栄こそが慶真の復職に反対した者たちの筆頭だった。しかし手放すにはあまりにも惜しいため、諸々の誓約を取りつけ現在に至る。これもまた天藍が護栄に頭が上がらない一因でもあった。
 これは勝ち目ないな、と玲章は再び気配を消した。

「分かりましたね。愛憐姫の滞在中だけは自制していただきます」
「滞在中って、あとふた月はいるじゃないか! その間ずっと薄珂に会うなっていうのか!」
「国民と子供一人どちらが大切ですか!」
「そ、そういうことじゃないだろう」
「そういうことです! 愛憐姫のことは私がどうにかします! 殿下は少年たちとの接触は禁止です!」

 そして、護栄は怒りを爆発させたまま部屋を出て行った。黙ってれば穏やかな好青年に見えるのになあ、と玲章は苦笑いを浮かべた。
 天藍は大きなため息を吐き机に突っ伏した。

「護栄は頭が固すぎる」
「けど明恭の支配下に置かれたら立珂殿の身柄を寄越せと言われかねないぞ」
「そうなったら争うまでだ」
「では薄珂くんと立珂くんが明恭を選んだらどうします?」
「無い。立珂を犠牲にする選択をするはずがない」
「ですが薄珂くんと立珂くんは専属契約の更新はせず里に戻ろうかと話していましたよ」
「は!?」

 え、とこれには玲章も驚き思わず身体を震わせた。
 玲章は二人の馴れ初めは天藍から聞いた限りでしか知らないが、こんなに誰かに尽くそうとする天藍を見たのは初めてだった。それは護栄の言った薄珂に溺れて判断が鈍るというのはあながち的外れでもないと感じるほどだ。
 だが決して一方通行ではなく、薄珂もまた天藍を必要としているのは見て取れた。しかし天藍と違うのは、彼が天藍を必要とするのは弟のためという点だ。天藍への愛情と弟への愛情、どちらが深いかと問われれば弟であることは見ていれば誰でも分かるだろう。もし弟の立珂が宮廷を嫌悪したら薄珂も離れて行くのは明白だ。

「二人は何か不満があるんですか?」
「契約による行動制限を不自由に感じたようです。それに立珂くんは体調も崩しまた。そのうえ殿下にも会えないなら宮廷にいる理由はありませんよ」
「なるほど……」
「護栄様のおっしゃりようは乱暴ですが一理あります。少々考えた方が良いでしょうね」

 天藍は何か言いたそうだったが何も言わなかった。ただ悔しそうに拳を震わせていた。
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