第五十話 終着

文字数 1,324文字

 名を呼ばれて振り向くと、走ってくるのは天藍と数名の兵だった。

「薄珂!」
「天藍!」
「よかった! 無事だな!」
「……うん」

 天藍は真っ直ぐに薄珂に飛びつきぎゅっと抱きしめてくれたが、はーあ、と護栄がわざとらしいため息を吐いた。

「私のことも心配してくれませんか」
「予定通り動いてるお前の心配なんかするだけ無駄だ」
「……予定通り? まさか護栄様が掴まったのってわざと?」
「そうですよ。ちなみに、牙燕殿が掴まったのもわざとです」
「いい加減決着を付けねばならんからな。非力な我らは内から食い破るのが確実だ」
「そうだ! 里の、他のみんなは!?」
「慶真殿と玲章殿が向かったので大丈夫です。それより残党はどうなりました」
「問題無い」

 天藍は肩越しに振り向くと、そこには薄珂も覚えのある青年がいた。

「孔雀殿の指示で金剛を含め全員捕縛。根城も明恭の軍で制圧が完了しました」
「麗亜様!?」
「ご無沙汰しています。薄珂殿」
「どうして麗亜様が?」
「事の発端は明恭なんです。今回は護栄殿にご協力をお願いしたんですよ」
「この貸しは利益率を上げて頂ければ帳消しにしましょう」
「帳消しじゃなくて上乗せじゃないですかそれ……」

 あははと全員が穏やかに笑った。ここまでの出来事など些細なことのように笑っている。
 そう思った途端、へなへなと薄珂は地面に座り込んだ。

「薄珂!」
「だ、大丈夫。ちょっと疲れただけ……」

 おや、と牙燕が薄珂の額に手を当てた。

「少し熱があるな。身体を小さく保つのは疲れるだろう」
「すごく……」
「得意ではないんだろうな。薄立も回復までは時間がかかっていた」
「……父さんを知ってるの?」
「それは立珂と一緒に聞かせてやろう。ほれ」

 長老は宮廷の方へ眼をやった。
 その先に見えて来たのは、涙を流しながら両手を伸ばして走ってくる立珂だった。

「薄珂! 薄珂ぁ!」
「立珂!」

 立珂はわああと声を上げて泣きながら薄珂に飛びついた。
 ぼろぼろと流れる大粒の涙で立珂の顔はぐしゃぐしゃだ。どれだけ辛い想いをさせたのかは、茶色く濁ってしまった羽が全てを物語っていた。

「ごめんな。心配かけたな」
「薄珂、薄珂、薄珂」
「もう大丈夫だ。大丈夫だ」

 立珂は小さな体の全てを使って叫ぶように泣き続けた。ぎゅうっと強く抱きしめてくれる手は震えている。
 ぽんぽんと背を撫でてやると一層強く抱き着いてきて、薄珂も力いっぱい抱き返してやった。

「落ち着いたら宮廷に来てください」
「うん」

 護栄はにこりと微笑むと、部下らしき青年に指示を出し始めた。
 動じずきびきびと動く姿はまるで護栄が二人いるようだ。
 天藍もそっと薄珂の頭を撫でると、立珂を見つめてから小さく頷き宮廷へと戻って行った。

「薄珂、薄珂」
「心配かけてごめんな。もう大丈夫だからな」

 それでも立珂は泣き続けた。しがみ付いてくる両手がもう二度と離れたくないと言っている。

(……強くならなきゃ。天藍が護栄様の無事を信じて疑わないように、立珂を安心させられるくらい強く)

 護栄は戦闘技術があるわけではない。それでも絶対的な強さがある。

『勝敗を左右するのは知略。戦うだけが力じゃありませんよ』

 天藍を、蛍宮という国を守る護栄の言葉が薄珂の身体に沁み込んでいた。
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