第三話 薄珂と立珂の新たな挑戦

文字数 3,093文字

「「「展示会?」」」
「そう! 劇団みたいに服を着て動く! 服を舞台で見せるんだ!」

 薄珂は立珂を連れて広場から響玄の店へ戻ると、しまい込んでいた立珂の私服を取り出し店の中にずらりと並べた。
 それだけでも数十着あり、既に展示会のようだ。

「街を歩いてるだけで立珂の服は目を引くんだ。なら舞台で見せればもっと目を引く!」
「広報か。うむ。良いな。だがどこでやるんだ? 広場じゃ食べ物のにおいが移るだろう」
「屋台が多いですものね」
「あ、そっか。じゃあ『りっかのおみせ』の前とか」
「そんなのつまらないですわ。立珂様に相応しく華やかでなくては」
「それに催し物という印象にならない。ああいうのは特別感も大事だ」
「特別感か。ならもうあの人(・・・)に頼むしかないかな」

 『りっかのおみせ』が成功している理由は、服の良さもだが立珂自身にもある。
 立珂の背に輝く大きな羽は有翼人ですら驚く純白さで、これは既に蛍宮の宝としても扱われている。
 そこまで上り詰めたのはそれだけ特別な人物に認められたからで――

「特別な離宮をお貸ししましょうか」
「護栄様!」

 やって来たのは蛍宮政治の要である護栄だ。
 薄珂と立珂は獣人の隠れ里で人身売買集団に狙われたが、天藍に救われ蛍宮へ移住した。
 しかし宮廷での生活は立珂を心身ともに苦しめた。助けてもらった恩はあるが、立珂を守るため宮廷を出たのだ。
 けれどそれからも良くしてくれていて、護栄は『りっかのおみせ』に宮廷の離宮を使わせてくれた。

「どうしたの? ここに来るなんて珍しいね」
「相談ごとがありましてね。その前に前回納品分のお支払いをさせて下さい」
「あ、うん」
「では奥にどうぞ」

 響玄に連れられ奥の部屋へ入ると、護栄はざらりと銀貨を並べた。
 これは立珂の羽根を宮廷が買い取った支払いだ。宮廷を出ても立珂の羽根は必要とされ、薄珂は商人として立珂の羽根を売るという形をとった。
 これが薄珂と立珂の生活費になっている。

「銀五相当が六十八枚と銀十が二十一枚。不備不良なしで合計銀五百五十枚。よろしいですか?」
「はい。有難うございます」

 これが『りっかのおみせ』で格安販売できる理由の一つだ。

 蛍宮の物価では、一人当たりの生活費は平均して銀三枚。
 有翼人の羽根の買取価格は一枚あたり銅十枚が相場だが立珂は別格だ。他に類を見ない大きさと美しさを誇る立珂の羽根は、質が悪ければ銀一枚、平均して銀五枚だが上質であれば銀十枚にもなる。
 つまり立珂は羽根一枚で生活ができ、抜かなければいけないほど生えてくる。
 そのためこれを宮廷へ納品し換金するのだが、毎月一回銀五百枚――金にすれば五十枚。薄珂と立珂二人では使い切ることすら難しい金額だ。
 つまり薄珂と立珂は経営費用の元手が桁違いに潤沢のため、売上を必要としない。
 ならば格安で提供し、有翼人の生活を支えることを選んだのだ。

「して相談ごととは?」
「実は褞袍(どてら)が明恭で好評らしく増産をしたいんですが、これを気に下働きの業務精査をしようと思いまして」
「おお、ついにですか」

 『りっかのおみせ』が金銭による売買ではなく、羽根との物々交換で良しとしているのにも理由があった。

 蛍宮の取引先に明恭という年間通して氷河に囲まれる極寒の国がある。
 そこに有翼人の羽根を使用した防寒具を輸出するのだが、これが明恭にとっては命綱なのだ。
 有翼人の羽根は動物の毛より何倍も温かい。それこそ汗疹になるほどの保温力だ。
 そこで薄珂は羽根で防寒具を作り宮廷に買い取ってもらうのだが、ここで注目すべきは褞袍の構造だ。
 褞袍は羽根を詰め込むだけなので美醜を問わない。それよりも量だ。
 『りっかのおみせ』で手に入れた羽根は褞袍へと姿を変え、これを宮廷へ売り収入にする。
 だから店頭での売買は羽根を歓迎しているのだ。

 そして褞袍作りだが、これは『りっかのおみせ』の顧客がやってくれている。
 宮廷からの支払いの一部を彼らへの給金とするので、職の無い有翼人救済にもなっている。これは各自自宅でできるため、朱莉のように家族の介護を必要とする有翼人には最高の仕事なのだ。
 この活動は『殿下のお心配り』として行っているため、宮廷は何もせずとも評判がある。持ちつ持たれつの関係なのだ。

 こうして『りっかのおみせ』が有翼人国民と宮廷を繋げているのだが、この間繋ぎも宮廷内でやった方が円滑だろうという話が以前からあった。
 しかし褞袍一つのために新たな運用を作るほど宮廷も暇ではない。
 ずるずると後回しになっていたが、ようやくそれに着手するという話だ。

「下働きにも有翼人が増えましたし、有翼人関連業務を一気に移行するのが良いでしょうね」
「承知致しました。では有翼人保護区内で完結するよう整えましょう」
「よろしくお願いします」

 有翼人保護区はその名の通り有翼人だけが住む区画だ。
 生態が謎に包まれているため、専用の区画に何を作れば良いのか宮廷も分からず全く進んでいなかった。
 けれど薄珂と立珂が宮廷へ出入りしたことをきっかけに、宮廷で有翼人への治験も広まり寄り添う気持ちを持とうという傾向が強まった。

 そして有翼人保護区作りに名乗りを上げ区長に任命されたのが響玄だった。
 響玄は商品売買をする商人だが、元々護栄と共に仕事をしていたこともあり、宮廷も安心して任せられたらしい。
 今回は褞袍作りという一つの側面しか出ていないが、下働きの業務を全てどうにかしろという指示なのだろう。
 大変なことだろうけれど、響玄はにこやかに微笑み深々と頭を下げた。

 これも全て立珂の羽根を機に動きだしたことだが、当の立珂はお金も政治も分からない。
 難しい話をする大人の間できょときょとしているだけだ。
 護栄はくすっと微笑むとよしよしと立珂の頭を撫でた。

「それで、展示会でしたか」
「うん! 服をみんなに見てほしいの!」
「なら『りっかのおみせ』の奥にある離宮がちょうど良いですよ。来賓歓迎祝賀会などで使っていたそうで舞台があるんですよ、無駄に」
「無駄。あはは」

 宮廷には離宮と呼ばれる建物がいくつかある。
 天藍が皇太子になる以前からあるようで、護栄に言わせると無用の長物らしい。使う機会が無いのに数が多く、それぞれがかなり広いので掃除と維持費だけでそれなりの費用が掛かる。
 しかし取り壊しをしようとすると先代皇を支持する反天藍派に座り込みをされ工事ができない。
 ここまでくると面倒で、護栄も後回しにしているらしい。

「場所が良いですな。展示会の帰りに店で購入できる」
「利用料は頂きますよ。一日金五。もちろん羽でも構いません」
「いっぱい採っていいよ! 薄珂が毎日お手入れしてくれてるから全部ぴかぴかだよ!」

 立珂は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ね、羽を護栄に向けふりふりと振って見せる。

「有難うございます。では次の納品で上乗せしておいてください」

 二人のやりとりが面白くて薄珂はくすくすと笑った。
 立珂は早くも展示会に想い馳せ、美星と一緒に展示内容を議論し始めている。

(単発で離宮を使えるのは大きい。『りっかのおみせ』は店舗として認識されちゃうけど、今度は一度きりの舞台。宮廷が後援であることが一気に広まる)

 宮廷が後援というのは大きい。立珂に興味がなくとも、政治に興味がある者は寄って来る。
 それは立珂の願いとはずれるだろうけれど、薄珂はそういった踏み台が必要だなとも思っている。

(服の良さに気付けば口伝えで広げてくれる。客の質もだけど母数も必要だ。もっともっと)

 薄珂は立珂の眩しい笑顔を見つめ、ぐっと拳を握りしめた。
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