第十話 【護栄陥落作戦】第二手・下働きの仕事

文字数 1,651文字

 護栄は完全に呆れ果てた顔をしていた。
 いくら知り合いとはいえ、仮にも商談の場で未完成を納品するなど許されるわけがない。普通なら馬鹿にするなと怒鳴られても良いだろう。
 護栄は大きくため息を吐いて眉をしかめた。

「それは困りますね」
「これは失礼しました。分解というより、縫えば装飾品に仕上がる『装飾品を作る一式』を揃えて納品します。それを下働きの子に作らせてはどうかと」
「……下働き?」

 護栄の眉がぴくりと揺れた。だが薄珂は冷静で、ただ穏やかに微笑んでいる。
 蛍石はうまい手だと思ったが、響玄はこの次の作戦はさらにうまいと感じた。いや、蛍石の次にも作戦があると思っていなかった。

「うむ。蛍石は悪くない。これなら護栄様にも聞いて頂けるだろう」
「はい。なので次は護栄様から俺たちに頼みたくなるものを用意します。宮廷に下働きの子がいるのは知ってますか?」
「あ? ああ、確か玲章様が孤児を拾われたと」

 全く関係のないところに話が飛び、響玄は思わず眉間にしわを寄せた。
 けれど薄珂はそれを見て焦るどころかにこりと微笑んだのだ。まるで引っかかったな、とでも言いたげに。

「下働きの子は手が余ってるんです。採掘や装飾品作りを彼らの仕事にすれば、それも『宮廷御用達の品を作る高貴な仕事』という価値になる。しかも彼らは孤児だった。これは『天藍様は何て素晴らしい方だ』という心象の向上になります」
「おお! 良いじゃないか! 護栄様にはそれだ!」
「しかも天藍は『少年狂い』とかいう異名があるらしくて、護栄様は美しい名目が欲しいそうなんです。絶対に有効です」
「ははは! そうそう、それだ。これは良いぞ!」

 響玄は興奮し思わず手を叩いた。
 薄珂は最初に『天然石はおまけ』と言っていた。それは『真の提案商品は立珂の羽根』という意味だと思っていたが、立珂の望みである『侍女の装飾品を作る』という提案自体がおまけだったのだ。

「……良いところに目を付けましたね。いえ、よく気付いて下さいました」

 ――本音が出たな。
 響玄は声を上げて笑いたい気持ちだった。目を付けた、それはつまり護栄も見落としていたということだ。
 自ら薄珂の罠に落ちたことを認めたのだ。

「どこにどの石を付けるかは自分で決めた方がお洒落だよ! 白と緑もいろいろあるの!」
「そうですね。宮廷女性の楽しみも増えます」
「獣人は特に楽しんでくれると思います。何しろ孔雀先生が天然石は良い物だと薦めてらして、既に流行となっています」
「……これはまたうまい先手を打ちましたね」
「白と緑の石の卸は確認できる限り買い占めましたので、すぐにご提供できます」

 これはついでの一手だが、薄珂は現状店頭で確認できる白と緑を買い占めた。市場には存在しないが宮廷にはあるとなればそれもささやかだが価値の追加だ。
 もちろん費用は立珂の羽根を対価として響玄が出しているが、地道な足場固めも忘れない細やかさは視野の広さが成すものだ。 
 護栄はくすっと笑ってため息を吐いた。

「分かりました。ぜひ組み立てる一式でお願いします」
「有難うございます」

 護栄はにこりと作り笑いをした。
 もう一度本音を見せてはくれまいかと響玄は思わず期待してしまう。

(頭の良い子だ。だがここでもう一撃――……)

 ちらりと薄珂を見ると、相変わらず表情は崩れていない。

「もう一つご提案なのですが、余った蛍石でこれも作りたいなと思っています」
「何です、それは」
「慶都が学舎で使ってるの! のです!」
「男児の武術演技用装飾です。女児は礼儀作法実技で使用するそうです。宮廷装飾と同じ品を使えるなら子供も殿下に認められたように思えるのではないでしょうか」
「教材ですか! これはいい!」

 礼儀にうるさい護栄が声を上げ立ち上がった。
 誰がどう見てもそれは意表を突かれ、かつ喜んでいる姿だった。

(よし!)

 響玄は机の下で拳を強く握った。護栄の驚き喜ぶ姿は、この作戦を聞いた時の響玄と同じだったからだ。
 これを聞いた時、馬鹿の一つ覚えのようにうまい、と思った。
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