第二十話 『りっかのおみせ』の新戦力

文字数 3,579文字

 その後、一連を護栄に報告し判断を仰いだが、立珂の懇願もあり子供の喧嘩ということで幕を閉じてもらった。
 これを伝えに『蒼玉』へ行くと、美月と美月の父・暁明(ぎょうめい)は親子で土下座をした。

「誠に申し訳ございませんでした!」
「申し訳ありません……」

 薄珂と立珂はその勢いに驚き、美星は当然ですと言わんばかりに大きく頷いている。

「もういいよ。仲直りできたし」
「しかし護栄様がお咎め無しなんて、そんなことが本当に……?」
「本当だよ! 薄珂がお願いしたらいいよって言ってくれた!」
「……薄珂様は護栄様と対等にお話なさると聞いたことはありましたが、本当に?」
「それは護栄様が俺に合わせてくれてるだけだよ」
「あの方は人に合わせたりしませんよ。それだけで凄いことです」

 立珂は自慢げに笑み、美月はへえと感心している。しかし暁明は呆然自失といったふうだ。
 どんな場面でも護栄の名の威力は強い。

「その代わり一つ頼みを聞いてくれないかな。それで全部終わりにしよう」
「もちろんです! 何でもお申し付けください!」
「私にできることならなんでもするわ! 何をすればいい!?」

 親子は勢いよく立ち上がった。
 真剣な眼差しを受け、薄珂はにっこりと微笑み告げた。

「美月をください」
「「「「え?」」」」

 立珂を含め、全員が目を丸くして薄珂を見つめている。
 疑問符が飛び交う中、暁明が薄珂の顔色をうかがうように苦笑いを浮かべた。

「……あの、薄珂様の嫁にするには少々年が離れているかと」
「し、失礼ね! そこまで違わないわよ!」
「だめ! 薄珂はあげない!」
「くれとも貰ってくれとも言ってないわよ!」
「嫁にはいらないかなー」
「は!?」

 美月は告白してないのにふられたような状態になり、父と薄珂を睨みつけた。
 薄珂はその気迫に押されながら、ごほん、と咳払いして仕切り直す。

「美月に『りっかのおみせ』の店員になってほしいんだ」
「へ?」
「今は侍女が交代でやってくれてるんだけど、上品すぎて緊張するお客さんが多いんだ。接客力に差もあるし。もっと親しみやすくて腰を据えてやってくれる店員が欲しいと思っててさ」
「そういうことですか。もちろん構いません。ですがその、立珂様はお嫌では……」
「賛成! 僕も賛成! 女の子が好きなお洒落教えてほしい!」

 立珂はぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 満面の笑みで歓迎する姿を見て、美月はぎゅっと強く拳を握りしめて薄珂を見つめ返した。

「私は瑠璃宮の美しき月。接客と集客なら任せてちょうだい!」
「わあい!」
「有難う。そしたら明日からお願いできる?」
「ええ! けどその前にやらなきゃいけないことがあるわ!」
「う?」
「『りっかのおみせ』が浸透しないのって何でだと思う?」
「僕がいっぱいいないから?」
「違うわ。小売店に見えないからよ。明らかに離宮だから入りにくいの」

 『りっかのおみせ』は宮廷の離宮を使わせてもらっている。
 入場を一般解禁してくれたものの、外観は離宮のままのため一見すると店だとは気付けない。
 看板を付けてはいるが、ためらう客が多いので侍女が入店を案内するようにしている。

「けど外観は変えられないよ」
「そんな必要ないわ。あの外観こそが『りっかのおみせ』だって思わせればいいの」
「えっと……?」
「店には印象ってものがあるの。『蒼玉』といえば仕事着特化っていうように、銘柄を象徴するものが絶対にある。立珂の場合は何だと思う?」
「着易くて手頃!」
「ぶー。大外れ」
「んにゃ!?」

 美月は自信満々に答えた立珂に『蒼玉』で販売している普段着を持たせた。
 立珂が着ている侍女お手製の服とは違い、ゆったりとした薄い生地の服だった。
 無地で飾り気はなく、宮廷譲りの生地を使った立珂の服に比べるとみすぼらしく感じる。

「立珂は認識が間違ってるの。蛍宮の『手頃』はこの程度よ。立珂のは外出着」
「でも羽根で買えるんだよ」
「値段の話じゃないわ。毎日使えない物を手頃とは言わない」
「んにゃ……」
「けど実際売れるのは普段着より外出着よ。お洒落ってそういうものじゃない?」
「そっか! そうだよね! 僕も家では肌着だけだもん!」
「それもどうかと思うけど。まあ、つまり立珂の魅力は手頃さじゃなくて『宮廷品質』よ。それなら離宮が売り場なのも納得がいく。普段着にねじ込むじゃなくて『外出着を買う店』って認識させるの。そのためには!」
「う?」

 美月はにんまりと笑いばっと手を広げた。

「制服を作りましょう! 『りっかのおみせ』の制服!」
「んにゃっ!?」
「制服って、規定服みたいな?」
「そう! 銘柄の印象を目に見える形にして浸透させる。団結力が上がるし責任感も出る!」
「良いですね。『りっかのおみせ』で働くことは侍女の目標。褒美にもなります」
「希少価値も出るな。俺賛成。立珂は?」
「ほしい! ほしいほしいほしいほしい!」
「決まりね! よーし! 立珂のこだわりを体現させるわよ!」
「おー!」
「じゃあお父様お願い」
「はいはい」

 全員で気合いを入れたところで、美月は父に旗を振った。
 暁明は立珂が着ている服をじっと見て、なるほど、と頷いた。

「その前に立珂様の服が浸透しないもう一つの理由をお教えします。それを踏まえてよりお洒落な制服を作りましょう」
「本当!? 教えて!」
「一言で表すとお洒落すぎるんです。お二人はもしや宮廷以外で服を買ったことはないのでは?」
「ない。全部侍女のみんなが作ってくれてるから」
「やはり。立珂様の服は高貴な方がお召しになる型ばかりで、庶民は見た事すらないのです。しかも分割するという独自の技法のため着方も分からない。これでは手に取るのをためらってしまう」
「それに目立つわ。人目を避けたい有翼人には向かない気がする」

 種族平等の国とはいえ、まだ迫害を忘れられない有翼人も多い。
 護栄も『歴史を無視した改革はうまくいかない』と言っていたが、まさにこれだ。

「なので庶民に馴染み分解できる服をお教えしましょう」
「できるの!?」
「簡単ですよ。たとえば今美月が着ているのは庶民の主流。ゆったりふわり」

 美月はくるりと回って見せた。
 丈が長く生地がたっぷりしているので、ふわりと朝顔のように裾が広がっていく。
 袖もゆったりとしているのでふわふわと揺れ、まるで花が風に吹かれ舞い落ちているようだ。

「これは左右の身頃を背で縫い合わせますが、ここを縫わず釦にすれば追加で分割する必要はありません。だから見た目も変わらない。釦は羽に絡まないよう、内に入る鉤状の留め具がいいでしょう」
「すごいすごいすごいすごい!」
「これは一例ですが、慣れた形状の方が浸透は早い」
「うん! じゃあ制服はどんなのがいいの!?」
「そうですね。やはり宮廷の」
「侍女と庶民の中間がいいと思うわ!」
「う?」

 全員がうーん、と考え始めたその時、美月が勢いよく手を挙げて前のめりに訴え始めた。

「立珂の服は上下に分かれて軽量化してるとこが可愛いの! 下だけふわっとすればくだけた印象になるし動きやすいわ。それと生地! 上品な輝きは素敵だけどお高く留まった印象になるわ。全身刺繍なんて高貴すぎよ。それよりも全体は無地で縁取りを柄で華やかにするほうが馴染みやすいと思うの。そこだけ宮廷の生地なら日常がちょっとだけ素敵になった感じするもの。全体は地模様のある生地がいいと思う。立珂は地模様の生地をよく着てるから『りっかのおみせ』は地模様の印象があるわ。実際商品にも多いし。それに――……あ」

 立珂の周りをぐるぐる回りながら美月は饒舌に語った。
 その激しい勢いには立珂ですらぽかんとしていて、それに気付いた美月は恥ずかしそうにして後ずさった。

「ご、ごめんなさい。つい……」
「っすごーい! 美月ちゃんすぐそんなに考えられるなんてすごい!」
「あー……」

 立珂は顔を真っ赤にしてきゃあきゃあとはしゃぎ飛び跳ねた。
 しかし美月は気まずそうに眼を泳がせる。

「今考えたんじゃないわ。本当はずっと見てた。ずっと考えてたの……」
「立珂のことずっと見てくれてたんだ」
「……そうよ。ずっと、ずっと着てみたいと思ってた」

 美月はうっすらと涙を浮かべた。
 今語ってくれた制服への提案は薄珂には全く分からなかった。意見を求められても思いつかない。
 けれど美月は立珂の良さを知り、さらに良い物にしようと立珂と同じ目線で語ってくれた。
 それはとても嬉しいことのように思えた。

「じゃあ作って着よう! 美月ちゃんも着る制服なんだから!」
「……ええ!」

 そうして、立珂と美月は日が暮れるまで語り合った。
 暁明が仮縫いを作り、修正をしてまた仮縫い。形の次は生地選び。響玄に頼んで生地をあれこれ取り寄せてもらい、何種類も考え何着も試作を繰り返した。
 そして十日後、ようやく『りっかのおみせ』の制服が完成した。
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