第二十二話 有翼人のさらなるお洒落
文字数 2,434文字
今日は『りっかのおみせ』は美月に、『天一』は美星に任せ、薄珂と立珂、それに護栄と浩然で薫衣草畑を見に来た。
目的は遠足――ではなく、有翼人保護区に必要な物を調べるためだ。
「本当に有翼人が集まるんですね」
「川の近くは取り合いだよ。だから俺達はうちの薫衣草畑で遊ぶ」
「各家庭に薫衣草畑を作りたいですが、予算的に難しいですね……」
「お香を配っては? それなら宮廷備品の予算を回します」
「駄目だよ。それは気持ち悪くなるんだ」
「それは生成に薬剤を使った物だろう? 天然の植物だけで作るお香もあるよ」
「そうなの? それはどうなんだ、立珂」
「かいだことないから分かんない」
宮廷では侍女のお香で気分が悪くなり、水道水もにおうため立珂は食事が大変だった。
侍女が工夫してくれてどうにかなっていたが、わがままだと感じる職員も多かったという。
だが有翼人職員が増えた今宮廷は香が全面禁止となり、やはり若干の摩擦があるらしい。
けれど有翼人にも使えるお香があるなら宮廷でもお香を解禁にできる。
「それってどこで売ってるの?」
「それは知らないけど、使ってる店を知ってるよ。羽の手入れをする羽専門美容室で、店内でお香を焚いてるんだ」
「え!? そうなの!?」
「そうだよ。君らも使えるお香があるんだ」
「へえ。急に博学になりましたね」
「……ええ、まあ」
浩然は気まずそうに苦笑いを浮かべた。
薄珂に喧嘩を売り和解して以来、どうやら有翼人について調べ始めたらしい。
納品で宮廷へ行くたびに会いに来てくれて、立珂と遊びならあれこれ聞いていた。きっと美容室というのもそれで気付いてくれたのだろう。
護栄はくすっと笑って浩然の背をぽんっと軽く叩いた。
「では見に行きみましょう。案内して下さい、浩然」
「はい。こちらです」
浩然は嬉しそうに頷き、そのまま街へ向かって行った。
店内を知り迷うことなく歩くあたり、事前に調べていたのだろう。
いよいよ店に到着すると、外観は煌びやかで派手だった。おそらく先代皇の時代に建てられたのだろう。
薄珂と立珂は未だにこの華美さに気後れし足を踏み入れにくかった。しかしその時、何故か浩然は護栄を羽交い絞めにした。
「……何です?」
「申し訳ありません」
「放して下さい。何ですか」
「申し訳ありません」
謝りながらも、浩然は羽交い絞めにしたまま店内へ入っていく。
護栄も捕まえられる理由が分からず中へ押し込まれたが、その理由はすぐに分かった。
「よく来た我が子よ!」
「ぐえっ」
入店直後、浩然から護栄を奪い取ったのは紅蘭だった。
「浩然! 何ですこれは!」
「おやおやおやおや! お母様に向かってこれとはなんだい!」
「止めて下さい!」
「嫌なこった。お前の嫌がる顔ほど楽しいものはない。なあ、浩然」
「僕からはなんとも……」
「浩然。裏切りましたね」
「……ここは予約が半年先まで埋まっている人気店です。客は全て有翼人」
「は?」
「へっへ~ん。ざまあみろ」
「くっ……」
浩然は申し訳なさそうに目を逸らしたが、紅蘭はにやにやと嬉しそうにしている。
「浩然の名誉のために言っておくが、あたしが押し売りしたわけじゃないよ。こいつは自分で調べて辿り着いた店がたまたまここだったんだ」
「調べてたんですか? 自分で?」
「数字じゃ気持ちは分からないですから」
「へえ」
浩然は経理だ。宮廷がどこにどれだけのお金を使うかは彼次第。
その浩然が有翼人の娯楽を知れば、宮廷の福利厚生は充実していくことだろう。
そこまで考えてくれるようになったのは薄珂も嬉しかった。
「ここ紅蘭さんのお店なの?」
「そうさ。お洒落の伝道師にしちゃ来るのが遅いぞ立珂」
「でんどーし?」
「伝え広める人ってことさ。有翼人保護区にこれを入れてほしいんだ。おいで!」
紅蘭は立珂を抱き上げ店の奥へと入っていく。
そこには店員と客がいるが、全て有翼人だった。
けれどその羽は一般的な有翼人とは違っている。艶やかさは立珂に遠く及ばないが、問題はその色だ。
「うひゃああああ! きれいな薄桜色だねえ!」
「一番人気さ。次いで藍白と白藤色。うっすら色づけるのが最近有翼人女性に人気のお洒落だ」
「じゃあ美容室って羽を洗うんじゃなくて」
ひひひ、と紅蘭は笑って職員の有翼人女性の肩を抱いた。
「染色さ! うちは羽染めをしてるんだ!」
「でもどうやって染めるの? お薬くさくない?」
「くさいもんか。むしろ嗅げ」
紅蘭は目線で職員に合図すると、小瓶を持ってこさせた。
そこには紫色の液体がたっぷり入っている。紅蘭は蓋を開けて立珂の顔前に差し出した。
後ろに立っている薄珂にまでその香りが届いてきて、慌てて立珂を抱きしめる。
「駄目だ! 立珂はにおいが苦手なんだ!」
「大丈夫だよ。過保護だね。ほら嗅げ」
「でも」
「お兄ちゃん。大丈夫よ。私達もそれ使ってるんだから」
「けど……」
女性客は皆にこにことしていて、その羽は皆色付き美しい。
それでも薄珂は戸惑ったが、その隙に紅蘭は立珂に嗅がせた。
「あ! ちょっと待っ」
「良いかおり!」
「……へ?」
「薫衣草のかおりがする! 良いかおりだよ!」
「薫衣草?」
「そうだろう。これは植物だけで作ってるんだ」
「羽に焚き染めるといつも薫衣草の香りがして気持ち良いのよ」
「ふあ~……」
「どうだい。保護区でやっちゃくれないか。予約半年待ちだよ?」
「前向きに検討します。染料は在庫豊富なんですか?」
「響玄に集めさせな」
紅蘭はわははと高笑いし、護栄の背をばんばんと叩いた。客はくすくすと笑い見守っている。
だがその間にも客の出入りがあり、皆羽の色は多種多様で花畑のようになっていく。
店内がどんどん華やかになっていくが、その時、店の外からがしゃんという大きな音がした。
「なんです?」
「ちょうどいい。護栄! やって来い!」
「何をですか」
「あいつらを倒すんだよ」
「ちょ、ちょっと、放してください」
紅蘭はわははと笑いながら、護栄の首根っこを掴んで引きずり外へ出た。
目的は遠足――ではなく、有翼人保護区に必要な物を調べるためだ。
「本当に有翼人が集まるんですね」
「川の近くは取り合いだよ。だから俺達はうちの薫衣草畑で遊ぶ」
「各家庭に薫衣草畑を作りたいですが、予算的に難しいですね……」
「お香を配っては? それなら宮廷備品の予算を回します」
「駄目だよ。それは気持ち悪くなるんだ」
「それは生成に薬剤を使った物だろう? 天然の植物だけで作るお香もあるよ」
「そうなの? それはどうなんだ、立珂」
「かいだことないから分かんない」
宮廷では侍女のお香で気分が悪くなり、水道水もにおうため立珂は食事が大変だった。
侍女が工夫してくれてどうにかなっていたが、わがままだと感じる職員も多かったという。
だが有翼人職員が増えた今宮廷は香が全面禁止となり、やはり若干の摩擦があるらしい。
けれど有翼人にも使えるお香があるなら宮廷でもお香を解禁にできる。
「それってどこで売ってるの?」
「それは知らないけど、使ってる店を知ってるよ。羽の手入れをする羽専門美容室で、店内でお香を焚いてるんだ」
「え!? そうなの!?」
「そうだよ。君らも使えるお香があるんだ」
「へえ。急に博学になりましたね」
「……ええ、まあ」
浩然は気まずそうに苦笑いを浮かべた。
薄珂に喧嘩を売り和解して以来、どうやら有翼人について調べ始めたらしい。
納品で宮廷へ行くたびに会いに来てくれて、立珂と遊びならあれこれ聞いていた。きっと美容室というのもそれで気付いてくれたのだろう。
護栄はくすっと笑って浩然の背をぽんっと軽く叩いた。
「では見に行きみましょう。案内して下さい、浩然」
「はい。こちらです」
浩然は嬉しそうに頷き、そのまま街へ向かって行った。
店内を知り迷うことなく歩くあたり、事前に調べていたのだろう。
いよいよ店に到着すると、外観は煌びやかで派手だった。おそらく先代皇の時代に建てられたのだろう。
薄珂と立珂は未だにこの華美さに気後れし足を踏み入れにくかった。しかしその時、何故か浩然は護栄を羽交い絞めにした。
「……何です?」
「申し訳ありません」
「放して下さい。何ですか」
「申し訳ありません」
謝りながらも、浩然は羽交い絞めにしたまま店内へ入っていく。
護栄も捕まえられる理由が分からず中へ押し込まれたが、その理由はすぐに分かった。
「よく来た我が子よ!」
「ぐえっ」
入店直後、浩然から護栄を奪い取ったのは紅蘭だった。
「浩然! 何ですこれは!」
「おやおやおやおや! お母様に向かってこれとはなんだい!」
「止めて下さい!」
「嫌なこった。お前の嫌がる顔ほど楽しいものはない。なあ、浩然」
「僕からはなんとも……」
「浩然。裏切りましたね」
「……ここは予約が半年先まで埋まっている人気店です。客は全て有翼人」
「は?」
「へっへ~ん。ざまあみろ」
「くっ……」
浩然は申し訳なさそうに目を逸らしたが、紅蘭はにやにやと嬉しそうにしている。
「浩然の名誉のために言っておくが、あたしが押し売りしたわけじゃないよ。こいつは自分で調べて辿り着いた店がたまたまここだったんだ」
「調べてたんですか? 自分で?」
「数字じゃ気持ちは分からないですから」
「へえ」
浩然は経理だ。宮廷がどこにどれだけのお金を使うかは彼次第。
その浩然が有翼人の娯楽を知れば、宮廷の福利厚生は充実していくことだろう。
そこまで考えてくれるようになったのは薄珂も嬉しかった。
「ここ紅蘭さんのお店なの?」
「そうさ。お洒落の伝道師にしちゃ来るのが遅いぞ立珂」
「でんどーし?」
「伝え広める人ってことさ。有翼人保護区にこれを入れてほしいんだ。おいで!」
紅蘭は立珂を抱き上げ店の奥へと入っていく。
そこには店員と客がいるが、全て有翼人だった。
けれどその羽は一般的な有翼人とは違っている。艶やかさは立珂に遠く及ばないが、問題はその色だ。
「うひゃああああ! きれいな薄桜色だねえ!」
「一番人気さ。次いで藍白と白藤色。うっすら色づけるのが最近有翼人女性に人気のお洒落だ」
「じゃあ美容室って羽を洗うんじゃなくて」
ひひひ、と紅蘭は笑って職員の有翼人女性の肩を抱いた。
「染色さ! うちは羽染めをしてるんだ!」
「でもどうやって染めるの? お薬くさくない?」
「くさいもんか。むしろ嗅げ」
紅蘭は目線で職員に合図すると、小瓶を持ってこさせた。
そこには紫色の液体がたっぷり入っている。紅蘭は蓋を開けて立珂の顔前に差し出した。
後ろに立っている薄珂にまでその香りが届いてきて、慌てて立珂を抱きしめる。
「駄目だ! 立珂はにおいが苦手なんだ!」
「大丈夫だよ。過保護だね。ほら嗅げ」
「でも」
「お兄ちゃん。大丈夫よ。私達もそれ使ってるんだから」
「けど……」
女性客は皆にこにことしていて、その羽は皆色付き美しい。
それでも薄珂は戸惑ったが、その隙に紅蘭は立珂に嗅がせた。
「あ! ちょっと待っ」
「良いかおり!」
「……へ?」
「薫衣草のかおりがする! 良いかおりだよ!」
「薫衣草?」
「そうだろう。これは植物だけで作ってるんだ」
「羽に焚き染めるといつも薫衣草の香りがして気持ち良いのよ」
「ふあ~……」
「どうだい。保護区でやっちゃくれないか。予約半年待ちだよ?」
「前向きに検討します。染料は在庫豊富なんですか?」
「響玄に集めさせな」
紅蘭はわははと高笑いし、護栄の背をばんばんと叩いた。客はくすくすと笑い見守っている。
だがその間にも客の出入りがあり、皆羽の色は多種多様で花畑のようになっていく。
店内がどんどん華やかになっていくが、その時、店の外からがしゃんという大きな音がした。
「なんです?」
「ちょうどいい。護栄! やって来い!」
「何をですか」
「あいつらを倒すんだよ」
「ちょ、ちょっと、放してください」
紅蘭はわははと笑いながら、護栄の首根っこを掴んで引きずり外へ出た。