第十六話 護栄の覚悟を支えるもの

文字数 2,435文字

 数日後、護栄は閉店間際に店から出て、一人の青年を連れて戻って来た。浩然だ。

「いらっしゃいましー!」
「……どうも」

 今日は護栄に頼み浩然を連れて来てもらった。
 しかし立珂の愛らしい挨拶からぷいっと不満げに目を背けてしまった。
 きっと憎らしく思っているのだろう。

(当然だな。でもこの人ならきっと大丈夫)

 薄珂と護栄は目線を交わし、にこりと微笑んだ。

「浩然。今日は私が案内しますよ」
「え!? い、いえ、そんな」
「これなんか良いんじゃないですか? あなたの髪色に映える」
「私は有翼人ではありませんよ。穴の開いた服は着れません」
「有翼人以外も着れるようになってるんですよ」

 護栄は浩然に背を見せたが、そこに羽を出す穴は無い。
 布が被さり穴は見えなくなっている。

「異素材の合わせが美しいでしょう。目的は穴を隠すための分割なんですが、美しいので『仕方なく隠してる』とは思わない。これが立珂殿のお洒落です」
「……確かに」
「私が気に入っている点はもう一つあります。裏地を見て御覧なさい」

 護栄はぺらりと裏返すと、それはなんてことない普通の生地だった。

「ただの布では?」
「これは冷感生地です。涼しく感じられる生地で、汗が大敵の有翼人ならではの工夫」
「汗が大敵? 何故です」
「羽に熱がこもるから汗疹になるんだ。有翼人はみんな汗疹と皮膚炎が辛いんだよ」
「それは人間も獣人もありますよ」
「うん。でも有翼人は体中慢性的になんだ。皮膚炎の無い場所を探すのが難しいくらい」
「……そんなに、ですか」
「執務室で数字だけ見ていては気付かないでしょう」
「はい……」
「立珂殿は商売を通じて有翼人に必要なことを教えてくれているのです。売上という数字で可視化されれば、経理のあなたもその効果が分かるはず」
「……売上は良いのですか」
「ええ。昨日だけで粗利は金百ほど」
「は!? そんな、白金が必要じゃないですか!」
「そうです。それほど立珂殿の服は必要とされているのです」

 浩然は苦しそうな顔をして立珂を見た。
 その視線をどう受け取ったのか、立珂は笑顔で背を向け羽をふりふりして自慢した。
 これは薄珂の手入れが凄いから羽が綺麗なんだ、と伝える時の行動だ。今羽を自慢する場面ではないが、見当はずれな愛らしさにやられたようで浩然から笑顔がこぼれた。

「……この店は有翼人保護区に必要なんですね」
「それだけじゃありません。私が政治家として新たに学ぶべきものはこの店にあると思っています」
「まさか! 護栄様ほどの方があるわけがない!」

 護栄はくすっと笑い、視線を店内へ向けた。
 その視線の先には立珂の作った服がずらりと並んでいる。

「ここは有翼人専門店なのに客の半数以上が人間なんです。まだ獣人優位が残るこの国で、有翼人に寄り添うこの店なら人間にも特別なものを与えてくれるのでは――という期待があるようです」
「そ、それは」
「ええ。私達がやるべき全種族の信頼獲得です」

 護栄はよしよしと立珂の頭を撫でた。立珂はただ嬉しそうにきゃっきゃしている。

「立珂殿の愛らしさに惹かれて集まる者も多い。あなたは愛嬌だけで信頼を得ることができますか?」
「……いいえ」
「私にもできません。宮廷を率いる私たちは愛情による信頼獲得ができていない。これが福利厚生に文句が出る原因です」
「そ、れは……」
「この子らの無垢さこそが今の私達に必要な力。私はここでそれを学びます」
「けれど宮廷には護栄様が必要です!」
「分かっています。だからあなたに任せたんですよ」
「え?」

 護栄は面白そうに笑った。
 この言葉の意味を薄珂は知っていた。

「俺が金剛に誘拐された時、護栄様は自分がいなくても大丈夫なようになってるって言ってた。それってあんたを信頼してるからじゃないの?」

 浩然はびくりと震えた。
 護栄はどんな時でも天藍が不利にならないよう、あらゆる手を打っている。
 たとえ自分がいなくとも守れる用意をしているが、それを護栄の代わりに遂行できる者がいなければいけない。
 護栄はぽんっと浩然の肩を叩き寄りかかった。

「あなたを育てたのは誰だと思ってるんです」

 いじわる気に護栄は笑い、浩然はほんの少し目に涙を浮かべた。

「……今着てらっしゃるのはどのような魅力がありますか」
「では立珂殿に聞きましょうか。立珂殿。彼がこの服の魅力を教えてほしいそうです」
「いいよ! あのね、これは『人間になれる服』なんだ! 羽を隠せる服だよ!」
「隠す? 君の望みは有翼人の幸せではないの?」
「うん! でも隠したい人もいるんだよ。簡単に綺麗に隠せるのもしあわせだよね!」
「それは……」
「ふふ。それにね」

 立珂は急に厳しい顔をして浩然にこそこそと近寄り小声で喋り始めた。

「そうした方が『おんびん』な時もあるんだって。『こっちが大人になってあげる』んだよ。知ってる?」
「……護栄様。子供になんてことを教えてるんですか」
「いえ。それは薄珂殿が教えたんですよ」
「えっ」
「この子を単なる兄馬鹿だと思ってると痛い目を見ますよ」

 護栄はくすくすと楽しそうに笑い、薄珂と立珂の頭を撫でた。
 それはまるで仲の良い家族がすることのようで、立珂はきゃあと叫んで護栄に抱き着いた。

「……立珂。僕にも見繕ってくれるかい」
「いいよ! 護栄様のとおそろいはこれだよ!」
「そ、それはちょっと」

 立珂は敵意を向けられていたことなど気付いていないだろう。
 護栄が友人を連れて遊びに来てくれた程度にしか思っていないに違いない。

「護栄様、有難う」
「いいえ。こちらこそ迷惑をかけましたね」
「そんなことないよ。護栄様の『人を狂わせる覚悟』を支えてる人とは仲良くしたいから」
「……そういうことをしれっと言うのが恐ろしいんです、私は」
「え? 何が?」
「ほら。立珂殿が呼んでますよ」
「あ、ちょっと!」

 護栄は薄珂を無視して立珂と浩然の会話に混ざってしまった。
 何だか煙に巻かれた終わりで釈然としないが、立珂がいつも以上に笑顔で楽しそうなので良しとした。
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