第十七話 有翼人売買証明書

文字数 2,053文字

 薄珂は慌てて全ての書類の内容を見た。やはり読めない文字ばかりだが、分かる物もあった。それは優先的に習った有翼人にまつわる単語と数字だ。
「採取元立珂……総買取額金二……?」
 書類数枚に渡り羽根の価格に関することと、どういう商品がいくらで売買するかということが記されているのだと分かった。細かな内容までは分からないが、契約主が天藍である事は確実に分かった。
(何だ。何だこれ。これまるで立珂の羽根を売ったみたいな……)
 薄珂の心臓がどくんと大きな音を立て、立珂も顔を青くして薄珂にしがみ付いてくる。混乱し訳が分からなくなっていると、転んだ音を聞きつけて金剛と天藍がやって来た。
「凄い音したぞ。大丈夫か――っと、どうした。こんな一気に抜けたのか?」
「ぬ、ぬけてない。これは、その、天藍のかばんから……」
「俺の――!」
 薄珂と立珂がゆっくり天藍を見ると、天藍がしまった、という顔をしているのが見えた。薄珂は咄嗟に立珂を抱き上げ後ずさりして距離を取る。
「……天藍……立珂の羽根売ったの?」
「それは……」
 薄珂の言葉を否定しない天藍を恐れたのか、立珂は震える手で薄珂にしがみ付いている。薄珂は全身を守るようにしっかりと抱きしめたが、守るように立ちはだかったのは金剛だ。
「貴様! 羽根を溶かすと言い出したのはこのためか! 自分が独占するために!」
 天藍は何も答えなかった。ただぎろりと睨み付け、何を企んでいるのかちらりと立珂に目をやった。薄珂は立珂の頭を隠すように抱えるが、硬直する空気に割って入ったのは孔雀だ。
「どうしたんです?」
「先生! あんた溶かしたんじゃないのか!」
「え?」
 金剛が指差した先にある天藍の鞄と立珂の羽根を見て、孔雀はぎょっとして目を見張った。慌てた様子で天藍を見ると、孔雀は舌打ちをして目を吊り上げ金剛を睨むと何故か天藍の隣に立った。
「せ、先生……?」
 天藍と孔雀は何も言わなかった。ただ睨み付けじりじりと後ずさりをしているが、金剛はどすんと大きく足踏みをした。足は象のそれになり、今にも二人を踏みつぶさんとしている。天藍は目を細め悔しそうに唇を噛んだ。
「……象がいたのは計算外だったよ」
「天藍……!」
「やはりか! 薄珂と立珂は里の子だ。お前たちの好きにはさせんぞ! 敵だ! 捕まえろ!」
 金剛の足音で集まったのか、掛け声と同時に自警団がざざっと姿を現した。数名は武器を持ち、数名は獣化し獅子の姿になっていく。金剛率いる自警団には欠点もあるのだろう。だが数名で対峙し、それが戦闘能力の低い兎獣人と人間相手なら関係無い。敵とみなした以上、自警団とて躊躇はしないだろう。
 天藍は腰に下げていた短刀を抜いたがその前には獅子が立ちはだかった。
「商人は商品を守る。肉食獣人との戦闘だって想定してるさ」
「そうだろうな。だがそれはお前の話だろう」
 金剛が自警団員に目で合図すると、一匹の獅子が孔雀に飛び掛かった。武器を持たない人間が相対するにはその牙と爪はあまりにも恐ろしいだろう。
「ぐっ!」
「孔雀!」
 孔雀は抵抗すらできずあっさりと捕らえられた。その素早さと爪の鋭さは公佗児になれる薄珂ですら背筋が震えた。立珂に見せないようにしっかりと頭を抱え込んだ。その思いは同じなのか、金剛が両手を広げ天藍と孔雀の姿を薄珂の視界から隠してくれる。
「そいつらを縛り上げろ! 俺は薄珂と立珂を慶真の所へ連れて行く! 薄珂来い!」
「う、うん! 立珂! ぎゅーしてるんだぞ!」
 立珂は震えながら小さく頷き、震える手で薄珂にしがみ付いた。けれどそれはとても弱々しい。金剛は車椅子をひょいと拾うと、安心させるように立珂を撫でてくれた。
 家に戻ると慶真と慶都も帰って来ていた。慶都は震える立珂に駆け寄り抱きしめてくれて、金剛は怒り顕わに経緯を語った。
「天藍さんと孔雀先生が? 本当ですか?」
「ああ。自警団で警備を固める。お前も薄珂と立珂を守ってくれ。奴らのことはもう信用するな!」
「……分かりました。薄珂君、立珂君。少し休みましょう」
「うん……」
 慶真に連れられて自室に戻ったが、立珂はやはり震えて薄珂から離れようとしない。薄珂は立珂の頭を撫で続けたが、それ以上どうしたら良いか分からないほどに混乱していた。
(何で天藍と孔雀先生が……)
 信じ始めていた孔雀と未来の可能性を広げてくれた天藍。二人はいつも優しくて立珂を可愛がってもくれた。とても楽しい日々が続いていた。それが一変した状況はそう簡単に飲み込めるものではなかった。
 それが伝わったのか、慶真は優しく背を撫でてくれる。
「今日は休みましょう。私も話を聞いてみますから」
「……金剛は信用しちゃ駄目だって」
「団長は二人を可愛がってますからね。でも薄珂君は天藍さんを信じたいんでしょう?」
「俺は……」
 薄珂はその場で頷くことはできなかった。慶真は苦笑いを浮かべると薄珂と立珂を横にして布団をかけてくれた。とんとんと優しく叩き続けてくれて、いつしか薄珂は現実から逃れるように目を瞑った。
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