第四十六話 矛盾

文字数 1,716文字

 薄珂と護栄は物陰に隠れてこの先の様子を窺った。
 そこには木製の机と椅子があった。三人の男が座っているが、欠伸をしたり昼寝をしたりしている。

「ふざけてますね」
「あいつら獣種なんだろう」
「人間ですよ。獣人は釦と装飾の多い服は着ません。両手指先を器用に使う武器は使えないので鈍器を使いますが、奴らは弓矢を持っています。絶対に人間です」
「へ、へえ……」
「これは運が良い。人間ならこの作戦は絶対に有効ですからね」
「これねー……」

 薄珂は苦笑いを浮かべた。
 そして息をひそめると、静まり返っている洞穴の中でざざざざっという足音のような物が聴こえてきた。連中も気付いたのか、きょろきょろと周囲を観察し始めた。 

「お、おい、おいおいおいおい!」
「何だよあれ!!」
「鼠だ! 鼠の大群だ!!」

 あっという間に連中の足元と壁一面が鼠で埋め尽くされた。身体に上り服や肌を齧り、男たちはぎゃあぎゃあと悲鳴をあげるしかない。
 これが護栄の立てた作戦だ。地下空洞で暴れ回ることはできない。万が一にも崩れたら生き埋めになるからだ。
 だから身体の大きな獣種や力の強い獣種が住処にすることはない。ここは鳥の獣化に支障がある程度には狭く、高さもないので速さ勝負の獣種も本領を発揮しない。
 最も活躍できるのが小柄で軽く素早い獣だ。肉食獣種でなくとも、歯があれば噛みつくくらいはできるので最低限の攻撃力はある
 そう考えると、この場で最強なのは大量の鼠を操る錐漣だと言っていい。
 錐漣の指示通りに鼠は男三人に飛び掛かり、次から次へと湧き出る鼠に翻弄され叫び狂っている。陰で鼠の指揮を執る錐漣にも薄珂達にも気付かない。

「凄い。怖い」
「拷問ですね」

 同じ獣種同士は恐れることはないのかもしれないが、こんな大群の鼠に慣れていない身にはなかなか強烈だ。
 すると一匹の鼠が薄珂と護栄の元にやって来た。

「そいつ連れて出口を探してくれ。何かあればそいつが俺を呼びに戻る」
「分かりました。君、宮廷勤務の件考えておいて下さい」
「護栄様行くよ」
「はいはい」

 薄珂は護栄の背を押し、錐漣に手を振りその場を後にした。

「脇道は多いですがこっちでしょう」
「何で?」
「足跡があるからですよ。馬鹿ですね」
「護栄様を根城に入れた時点で馬鹿だよ」

 違いない、と護栄は笑った。護栄を懐に入れるなんて内側から食い破ってくれと言っているようなものだ。そんなことくらい薄珂にだって分かる。
 そう思うとふと不思議に感じた。

「……変だよ。なんで護栄様を連れてきたんだろう」
「邪魔だからでしょう。私はよく命を狙われるんです」
「なら誘拐じゃなくてその場で殺さない? そしたら俺の捜索は後回しになって、孔雀先生は立珂を避難させるとか言って連れ出せばいい。金剛は脱獄できたんだからそれで全部終わってたはずだよ」
「そう言われてみればそうですね」
「俺父さんにも何かある気がするんだ。金剛の狙いはそれじゃないかな。それに護栄様も関係してるんだよきっと」
「私? 何故です」
「だって護栄様を生かしても得がないよ。それに俺を売るとも思えない。きっと牙燕将軍と護栄様に何かやらせるつもりで、それが俺以外の公佗児獣人に関することなんじゃない?」
「……この状況でよくそこまで考えましたね」
「だって俺はともかく護栄様は絶対に殺すべきだよ」
「怖いことをさらりと言わないで下さい。けどその通りです。だから出口を見付けられてしまうんです」
「あ!」

 ほら、と護栄が指差した先には空があった。ぽっかりと穴が開いていて、外を見ると断崖絶壁の中腹に出ていたのが分かった。
 とても登れるものではないけれど、薄珂が獣化すれば脱出は今すぐでもできる。

「問題は人数なんだよね……」
「獣化してくっついてもらえばいいですよ。鼠の子は特に小さいですし」
「あ、そっか。袋に入ってもらえばいっか」
「一旦戻りましょう。錐漣と烙玲に子供達を」
「させるかよ」
「え?」

 急に自分達以外の声がして振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。数名の男を連れ不敵な笑みを浮かべている。
 少年は里の子供でも宮廷の下働きでもない。けれど薄珂の知っている相手だった。

「亮漣!?」
「稜翠殿?」
「「え?」」
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