第四話 『りっかのおみせ』展示会の始まり

文字数 3,027文字

 そしてやってきた展示会当日。
 会場となる離宮には大勢の人が集まっていた。座席数は約五百名。それが空席無くぎっしりと埋め尽くされている。
 座席の周辺は庭のため、席の無い人が立ち見をしている。

「凄い人だな」
「やっぱり人気劇団の広報力は違うね」

 展示会をやるにあたり問題は幾つかあった。そのうちの一つが集客だ。
 顧客は当然来てくれるが、今立珂を知らない人は来てくれない。街中でちらしを配り歩いても良いが、それでは今までと同じだ。
 そこで薄珂が目を付けたのが、大勢の顧客を持つ人気劇団『迦陵頻伽』だった。
 広場で知り合った数日後、彼らは『りっかのおみせ』へやって来てくれたのだ。

「ちょっと! あれ! 迦陵頻伽の蓮花さんじゃない!?」
「てか主役級全員いるって!」
「嘘でしょ。立珂ちゃんの服ってこんな人も目付けてるの?」

 団長や数名の劇団員がいたが、劇団の顔である女優・蓮花が入店したと同時に店内がどよめき黄色い声が飛び交った。
 老若男女問わず全ての有翼人を魅了し、蓮花が買った商品に客が一斉に群がった。
 瞬く間に棚は空になり、美星は大慌てで在庫を並べるがそれも端から無くなっていく。

「蓮花さん! 来てくれたの!?」
「もちろんよ。皮膚炎を防いでお洒落も両立するなんて本当に素敵。もっと広めるべきよ」
「そうしたいんだけど、知ってもらう方法がなくてさ」
「なるべく外歩くようにしてるの」
「ええ? 徒歩じゃ限界あるでしょ。団長。今度から衣装は立珂に作ってもらいましょうよ。公演で紹介すれば広まるわ」
「そうだな。話題性は良いが……」

 団長は商品を幾つか眺め、ふむ、と顎髭を撫でて目を細めた。
 蓮花は何迷ってるのよ、とせっついているが、団長は良しと即答はしなかった。商品の一つ一つをじっと品定めしていく。

(……そうか。劇団の価値を作ってるのはこの人なんだ。となると蓮花さんみたいに感情では動かない)

 立珂の愛らしさに流されてくれる人は多い。だが流されない人もいる。
 それが護栄や響玄といった、物の価値で物事を見定める人だ。

(こっちがお願いするより劇団から提携をねだられる方が良いな。優位に立ってれば頼めることも増える)

 薄珂は説得に使える情報を脳内で精査し、品定めする団長の横に立った。

「品質が気になる? うちは護栄様から宮廷の廃材貰ってるから質は良いよ」
「護栄様!? 宰相の護栄様か!?」
「宰相? 役職は知らないけど、天藍の側近みたいな人だよ」
「は!? 天藍とは皇太子殿下の天藍様か? 殿下とも護栄様とも縁があるのか!?」
「うん。宮廷の新しい規定服作ったの立珂だよ」
「規定服!? そ、それは、一体どんな経緯で?」
「有翼人用の規定服が無かったから作ろうって提案したんだ。そしたら許可が出た」
「提案? 頼まれたのではなく君から提案を?」
「思いついたのは立珂だよ。俺がやるのは護栄様との商談」
「何? 護栄様と直接商談をするのか君は」
「うん。毎月一回は会う」
「な、なんと……」

 団長は目をひん剥いて口をぽかんと開けて立ち尽くした。

(こういう時は皇太子っていう漠然とした権力者より実益を作る護栄様の名前が強い)

 おお、と団長は何度も唸ると、うんうんと大きく頷き薄珂の手をぎゅっと握りしめた。

「宮廷御用達の立珂殿作なら劇団の名も上がる。ぜひ頼みたい!」
「もちろん。立珂がその気だからね」

 立珂は既に商談からは離脱し蓮花と服を広げて議論を始めている。
 舞台映えする生地はどれだろうか、動きやすさはどの程度求めるのか――これで作らないわけがない。

「迦陵頻伽は立珂の広告塔になろう。必要な時はいつでも呼んでくれ」
「有難う。助かるよ」

 こうして劇団総出で立珂の服を愛用してくれるようになった。
 公演は蛍宮国内各地で行うようで、薄珂と立珂が行かない場所にも知れ渡っていく。
 最近は公演に商品を持って行って現地で販売するという事もやってくれていて、『りっかのおみせ』は入店待機列もできるほどだ。
 今回の展示会もあちこちで紹介してくれて、今日は蛍宮中から有翼人が集まったというわけだ。

「客が多すぎてどうなるかと思ったが混乱もない。よかったな」
「劇団は列整理もお客さんさばくのも慣れてるしね。任せてよかった」
「広告を頼み経験不足も解消する。お前は本当に頭の回る子だ」
「大袈裟だよ。俺じゃできないからやって欲しいだけ」
「だが誰でも迦陵頻伽を引っ張り出せるわけではない。それを成したのはお前の手腕だ」
「それは立珂の服がすごいからだよ」
「だが団長殿の決め手は護栄様との繋がり。それはお前が作った価値だ」
「それも護栄様が凄いんだ。俺は名前を出しただけ」
「誰でも護栄様の名を使えるわけではない。いいか、薄珂。品だけ良くても流通せねば成功はない。偶然成功などせんのだ。お前は偶然を必然にした。それがお前の才で手腕。誇って良い」
「偶然が必然……?」

 響玄はよく薄珂を褒めてくれる。
 商売をしたいと言った当初から護栄との商談を経て様々な経験をさせてもらっている薄珂だが、自分が飛びぬけて優秀であるようには感じていない。
 だがもう一人薄珂を褒めて認めてくれている人物がいる。

(護栄様も似たようなこと言ってたな。偶然に見えるのは必然である事に気付けてないだけって)

 護栄は蛍宮政治の要であり、世界的にも名の知れた人物だ。戦争を三日で終わらせ天藍を皇太子の座に就かせた。
 求心力となったのは天藍だが、それを確固たる地位へ押し上げたのは全て護栄の策だったという。
 そして、その護栄が認め欲したのは立珂ではなく、立珂の羽根に価値を持たせ国宝へと押し上げた薄珂だった。
 響玄は可愛がってくれている欲目があるとしても、護栄は情で動く男ではない。
 その護栄が薄珂に何かあると言うのならそうなのかもしれないが、薄珂にはまだ何も分からなかった。
 ぐるぐると考え込んでいると、ばんっと強く背を叩かれた。叩いて来たのは今回の運営をしてくれている劇団員だ。

「ぼーっとするな! 演者は準備できてるぞ!」
「あ、うん! 立珂。着替えできてるか?」
「うんっ! 見て!」

 余計なこと考えてる場合じゃない、と薄珂はぷるぷると首を振り立珂に駆け寄ると既に着替えを完了していた。
 基本的には着易さを重視しているが、今回は華やかさも重視している。
 生地はいつもより重ためで、羽による保温で体温の高い有翼人にとっては少々暑くなるが高級感があり見栄えが良いためこれにしたらしい。
 本来であれば通気性の良さが重視されるが、それも今回は目を瞑った。
 その理由は立珂の服の秘められた多様性を示すためだ。

「お洒落はがまん! 動きにくくても蓮花さんみたいにお洒落したい人が来てるよきっと!」
「ああ。今まで装飾が多くて重い服はあんまり売れなかったけど、それも売り切れたしな」

 汗疹や皮膚炎対策から始まった立珂の服だが、立珂自身がお洒落に詳しくなるにつれ服の種類も増えていた。
 中には汗をかくくらい通気性が悪い服もあるが、それでも立珂は着る。
 それは立珂が皮膚炎と無縁になったからで、これこそが有翼人の行きつく娯楽なのだ。

「行くぞ、立珂。みんなにお洒落の楽しさを教えてあげるんだ!」
「うん!」

 薄珂はぎゅっと立珂を抱きしめた。
 そして立珂の手を引き舞台袖へと行き、立珂の背をぽんと押した。
 すると立珂は大きな目を輝かせ、薄珂の腕の中から飛び出て一人で舞台の中央へと向かって行った。
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