第十一話 敵と味方

文字数 3,287文字

 瑠璃宮内は飲食できる場所が限られているため、持って来た弁当を食べに移動しようと店を出た。
 しかしその時、品出しをしてくれていた劇団員がばたばたと駆け寄って来た。

「薄珂くん。護栄様が購入なさった服と、女性物は全部完売なんだけどどうする?」
「え!? もう!? 嘘でしょ? 三日分は持って来てるのに」
「でも、ほら」

 劇団員が薄珂を連れて控室へ入ると、確かに在庫が積んである場所はがらんとしている。

「帳簿見せてくれる?」
「はい」
「……うーん……」

 帳簿には販売した数量が書き込まれている。
 それを一つずつ目で追っていくが、薄珂は眉間にしわを寄せた。

(売上と在庫が合わない。まる二日分は残ってていいはずだ)

 今日は絶対に数が出ると踏んでいた薄珂は多めに在庫を持ち込んでいる。
 それを午前中で売り切るのなら、客が一人で最低五着は買わないと完売になることはない。
 けれど帳簿に記載されているのは今日の販売予定分が完売になる程度の数量だった。

(万引きにしては多すぎる。誰かが持ち出した?)

 ちらっと見ると劇団員はきょとんとして首を傾げている。
 今ここで管理不行き届きを詰めることはできるが、営業中に余計な騒ぎは起こしたくない。

(それに劇団が裏切ったとは思いたくない。犯人捜しは後にしよう)

 薄珂はぐっと唇を噛み、劇団員に笑顔を向けた。

「完売の札立てよう。明日はまた在庫持ってくるからそれも伝えて」
「了解!」

 完売の札が立つと客からは不満の声が聴こえてきたが、明日はもっと早く来ようと言ってくれていた。
 その声に一安心したが、それからも客が絶えることは無かった。再販分の予約や天藍たちが買わなかった商品にも手を伸ばしてくれるようになった。
 慌ただしく一日が過ぎ閉店すると、薄珂と立珂はううんと唸っていた。

「男性物が見事に売れないな」
「かなしい」
「何が駄目なのかな」
「やっぱり動きにくいのかなあ」
「けど人間と獣人は関係無いぞ。有翼人用じゃないのも残ってる」
「ん~……」
「それは多分、期待外れだからでしょうね」
「う?」
「護栄様!」

 悩んでいる薄珂と立珂の元にやって来たのは護栄だった。
 宮廷の規定服を着ているということは仕事帰りか、まだこれから仕事があるのかもしれない。

「どうしたの? 何かあった?」
「売れ残ってるだろうと思って見に来たんです。ああ、相当残ってますね」
「……どういうこと?」
「客が予想する商品とあまりにも違うんですよ」

 護栄はしょんぼりしてしまった立珂の頭を撫でると、くるりと身体を他の店へ向けさせた。

「ここは仕事や賓客に会うための外出着を売っている区画。なのでああいった商品を想像していましたが、ここの服は私にとって普段着に近い。これで来賓の接待はできないんです」
「……そっか。立珂にとっては外出着でも他の人はそうじゃないんだ」
「そういうことです。各年齢性別の需要を知った方が良いでしょうね」
「じゅよー……」

 立珂は難しい言葉に首を傾げたが、じっと他の店へ目をやっては自分の店を振り返り、また他の店を見て……くるくると動いている。
 きっとまた何かを考え、成長しようとしてるのだろう。
 それはとても嬉しいことだが、薄珂は悩むところでもあった。

(それなら立珂に相応しい場所へ出店する方が良い気がする。立珂の思う『お洒落』は日常の一歩先であって、国とか仕事じゃない。次は別の区画にしてもらえないか相談しよう)

 成長は喜ぶべきものだが、その結果別の道を選ぶのは間違いではないと薄珂は考えていた。
 困難に挑み苦しみを乗り越えるのが美徳とは限らない。
 立珂が伸び伸びと楽しく幸せな日々を送ることが何よりも大切なのだ。
 そんなことを考えていると、突如がちゃんと何かが割れる音と、店の外で片付けをしていた美星の悲鳴が聞こえて来た。

「んにゃっ!?」
「美星さん!?」

 驚き立ちすくむ薄珂と立珂だったが、いち早く動いたのは護栄だった。
 護栄を追って美星の元へ向かうと、そこには数名の男がいた。手には立珂の服を掴んでいて、そこら中に商品が散らばっている。
 男は全員宮廷の規定服を着ているが、それは立珂の作った新しいものではない。
 先代皇時代から受け継がれていたかつての規定服だった。

「先代皇派?」
「そのようですね」

(そうか。在庫を盗んだのこいつらか)

「一体何の真似です」
「やっと宮廷を出て行ったかと思えば今度は瑠璃宮だと!? ここは子供の遊び場じゃないんだ!」
「ここは俺たちの店だ! 嫌なら出てけよ!」
「いるだけで瑠璃宮の品位が下がるんだよ! ここは先代皇陛下の建てた特別な場所だ!」
「そんなの関係ないもん! 今は天藍が皇太子だもん!」
「ふざけるな! 奴は簒奪者だ!」
「不敬罪」
「あ!?」

 待ってましたとばかりに一歩踏み込んだのは護栄だった。その表情はこの場にそぐわないほど爽やかだ。
 にっこりと微笑む姿を見て薄珂は、あ、と立珂を抱いて一歩下がった。

「立珂殿の言う通り、過去はどうあれ現皇太子は天藍様。殿下への暴言は不敬罪です」
「ふざけるな。お前らに従う必要なんざないんだよ」
「そうかい! ならあたしが裁いてやろう!」

 何だと、と先代皇派が怒り顕わに振り返ると、そこにいたのは紅蘭だ。
 男たちに負けないくらい、その表情は怒りに満ちている。

「その子らは先代皇陛下が定めた出店審査を通過した。そして営業妨害には瑠璃宮独自の罰則がある。先代皇陛下の定めた罰則がね!」
「くっ……」
「瑠璃宮の調度は一級品。職員は美しく舞う月のようであれ。先代皇陛下は美をこよなく愛し、だからこの瑠璃宮は美しい。その瑠璃宮を荒らすのは先代皇陛下への侮辱。それはあたしが許さない」

 護栄には一歩もひるまなかった男たちは一気に後ずさりしていった。
 がんがんと足音を響かせ詰め寄る紅蘭を前に、男たちはどんどん店から遠ざかっていく。

「天藍と天一有翼人店の経営は別問題。先代皇陛下の名を掲げるなら政治の場で戦いな!」
「……くそっ! 覚えてろよ!」

 男たちはみっともなくぎゃあぎゃあと騒ぎながら走り去った。
 周りの店からもため息が聴こえて来て、中には紅蘭へ頭を下げる者もいる。
 その様子はいかに紅蘭の言葉に威力があるかを示していた。

「雑魚って本当にああいう捨て台詞なんですね」
「護栄様、紅蘭さん。有難う」
「別にお前らの味方をしたわけじゃない。瑠璃宮を汚す奴が敵なんだよ」
「じゃあ警備もちゃんとしてるの?」
「当り前さ! しっかりがっつりやってる」
「そうだよね……」

 薄珂はくんっと護栄と紅蘭の袖を引いて立珂の耳に入らないよう小声で告げた。

「実はうちの在庫が盗まれたんだ」
「は!?」
「いつです」
「昼にはもうなかった。多分あいつらが盗んだんだよ」
「……これはあたしが責任を持って裁く。在庫の行方も確認しよう」
「うん。有難う」 

 紅蘭と護栄はふうと一息つくと瑠璃宮職員を呼び寄せた。

「警備を厚くしてください。この子らは殿下の来賓。万が一にも怪我などないように。もし揉め事になるようなら私の名を出してかまいません」
「その時は私を呼べ。誰であっても営業妨害は許さないからね」
「承知致しました。制服の警備員に加え、私服警備を動員いたします」

 職員はぺこっと頭を下げると駆け足で戻っていった。
 それが見えなくなると、紅蘭は薄珂と立珂に向き直り深々と頭を下げた。

「三人ともすまなかった。連中にはあたしから厳しく言っておく」
「何かあればすぐ宮廷へ来なさい。間違っても争おうとは思わないように」
「うん。有難う」
「どうだか。頭が良い子の快諾ほど信用できまないものはない。美星! 万が一の時は立珂抱えて宮廷へ行きな。芋づるで薄珂も付いてくる」
「言われなくても分かっています」
「立珂がいるのに危ないことしないよ」
「阿呆。自己犠牲しかねないって言ってんだよ」

 紅蘭はとんっと薄珂の胸を叩いてにやりと笑った。

「選択を間違えるなよ」

 薄珂は一瞬目を見開いたが、なだめるように頭を撫でたのは護栄だ。
 まるで通じ合っているかのような二人の意図は、今の薄珂にはまだ分からなかった。
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