第二十一話 犯人

文字数 2,329文字

 目の前に立珂を連れ去った天藍がいる。それも蛍宮の皇太子という身分でだ。
 天藍はそろりと手を伸ばしたてきたが、薄珂はその手を跳ねのけ飛び掛かった。周りがざわつき兵が武器に手を掛けたが、天藍はそれを制して薄珂の激突を受け止めた。 
「立珂を返せ!」
「まずは俺が誰だか聞けよ。名前が違うのは何でだとか」
「そんなのどうでもいい! 立珂を返せ! あんな優しいふりして……!」
 優しいふり。全ては嘘だった。立珂を可愛がり様々な品を与えてくれて、そのおかげで立珂は新たな楽しみを得た。だからこそ薄珂は蛍宮へ行くことも考えるようになり、難しい文字も知らない知識も学び始めた。そうして得た感情は立珂とも慶都一家とも違っていて、誰かを信じることに向き合い始めていた。
 けれど天藍は立珂を連れ去った。何よりも大切な立珂を連れ去った。その相反するできごとが脳内を駆け巡り、薄珂はぼろぼろと涙を零した。
「二度と信じるもんか! 立珂を返せ! 今すぐ返せっ!」
「落ち着け。ここにはいない」
「売ったのか!?」
「違う。とにかく落ち着けって。孔雀、金剛はどうした」
「外を探すと言われ別行動になってしまいました。申し訳ございません」
「そうか。いや、共に来てくれただけでも十分だ」
「金剛まで捕まえるのか! まさか里も!?」
「違うわよ。慶都もいるのに、おじさんとおばさんがそんなことに協力するわけないでしょう」
「でも天藍は立珂を連れて行ったんだ! その味方ならあんたも敵だ!」
「薄珂!」
 天藍は興奮して聞く耳を持たず暴れる薄珂を抱きしめた。大丈夫だ、といつもと同じ声で繰り返し囁かれ、薄珂は自分で自分の感情が分からなくなり全身が震えた。
「立珂は俺が助ける。大丈夫だ。大丈夫だから」
「は、放せ」
「すぐに助けてやれなくてすまない。でも必ず助ける」
「だめだ、今すぐだ、今すぐ立珂を返せ」
「ここにはいないんだ。でも居場所は分かってる。だから話を聞いてくれ」
 天藍はぽんぽんと薄珂の背を撫でた。白那と孔雀にもよしよしと頭を撫でられ、里での幸せな生活がぶわっと薄珂の身体中を駆け巡った。その中には天藍もいる。薄珂に未来を切り開く力を与えてくれたのは天藍だった。
「……放せよぉ」
「放さない。お前が落ち着くまでこうしてる」
「立珂を返して……」
「ああ。取り返しに行こう。だからまずは話を聞け。俺たちを敵だと判断するのはそれからにしろ」
「……分かった」
「よし。じゃあ状況を整理する。場所を移そう」
 そうして、天藍に連れて行かれたは広い会議室だった。そこだけでも慶都一家の家より広い。どこまでも贅沢な空間は薄珂にとっては縁遠くて気味が悪くさえ感じた。落ちつかずそわそわするが、白那が肩を抱きしめてくれるとそれはやはりとても安心できた。
「じゃあ説明するぞ。言わずもがなだが立珂を狙ってる一味がいる。そいつらが里まで来てたんだ」
「俺の部屋に来たのは天藍じゃないか。白髪に赤目だった」
「兎獣人は大体そうだよ。俺に罪を着せるためご丁寧に用意したらしい。俺はそいつから取り返したんだが、結局はめられてあのざまだ」
「え? じゃあ立珂を連れてったのって誰?」
「その前にこっちを説明させてくれ。俺があの里に潜り込んだのは幾つか理由がある。まず一つはある商品の密売を調べてたからだ。その商品がこれ」
 天藍が目で合図すると、傍に控えていた線の細い若い男が小瓶を置いた。知的な顔立ちに重々しい服装をしている。その細い指先が取り出した白い瓶には黄金で装飾が施されており、孔雀の薬瓶とは全く違う。天藍は蓋を開けると紙を広げて中身を出した。瓶の中から出てきたのは白い粉だった。
「何これ」
「羽根の粉末だ。覚えてるか? 指定薬物になってるって」
「うん。これがそうなの?」
「そうだ。孔雀、説明してくれ」
「はい。これは羽根粉末を使った鳥獣人専用の睡眠導入剤です。特殊な製法を用いるため製造は国指定の製薬会社のみ。特別な処方箋が無ければ購入できない特別な物です」
「これを密売してるってこと? ちゃんと売ればいいのに」
「危険だからです。これは容量用法を間違うと麻薬になるんです」
「まやく? ってなに?」
「端的に言えば危険な薬です。興奮や高揚など、精神状態を左右します。過剰摂取すると獣化制御ができなくなることもあり、鳥獣人以外の場合は肉体が変形する事もある」
「え」
「ここ数か月で異常な個数が出回ってるのが見つかった。その原材料として見つかったのがこれだ」
 天藍の言葉に合わせて、瓶を持って来た男がまた何かを持って来た。高級そうな紙に包まれていて、開封するとそこに見えた物に薄珂は思わず立ち上がり手に取った。
「立珂の羽根!?」
「そう。羽根単体でも相当な額の取引がされている。これの入手経路を探ってたらあの里に行きついた」
「何で!? 俺達は売ったりしてない!」
「お前達の知らない所でかき集めて売りとばしてたんだよ」
「そんなはずない。羽根は燃やしてたんだ」
「燃やしたのはお前じゃないだろう」
「でも金剛がちゃんと燃やしてくれてたよ」
「目の前でか? 全部? 毎回?」
「ううん。金剛が持って帰って――……」
 ぴたりと薄珂は羽根を弄る指を止めた。
 羽根が密売されていた。羽根は金剛に渡していた。その意味するところに気付き、薄珂はぎぎぎと鈍い動きで首を傾けた。
「……何言ってんの?」
 孔雀と白那を見ると気まずそうに、そしてどこか悲しそうな目をしていた。そして追い打ちをかけるように天藍は一枚の書類を取り出し薄珂に見せ付けた。そこには『指名手配』と書かれていて、人相書きもされている。筆で描かれたであろうそれは薄珂のよく知る人物だった。
「象獣人、金剛。違法人身売買で指名手配中だ」
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