第四話 後悔
文字数 2,076文字
天藍は凱旋行列の夜は薄珂と立珂の家に顔を出してくれる。
翌日からは忙しくなるので会える時に会っておきたいと言ってくれて、毎回恒例となっていた。これには慶都一家も孔雀も来てくれるので賑やかになる。
けれど今日ばかりは薄珂は参加するのが怖かった。
(もし結婚することになったって言われたら……)
そんなことあるはずないと立珂は言ってくれるが、天藍は皇太子だ。
国のために政略結婚くらいするかもしれないし、そうなれば何も持っていない薄珂では太刀打ちできるはずもない。
重い足取りで家に帰ると、そこには先客がいた。
「あ、孔雀先生が先に着いてた!」
「先生早かったですね」
「私はおまけみたいなものですから」
「そんなこと言って、獣人の歓声一人占めでしたよ。天藍さんは夜になるんですよね」
「ええ。報告が終わったら来ると言ってました」
「……本当に来れるのかな」
「護栄様が約束してくれたんだから絶対ですよ」
「それもそうね」
だがもし本当に妻となる相手を連れ帰ったのならそうはいかないだろう。外出禁止となれば連絡などできず、もうやって来ないかもしれない。
薄珂はどんどん悪い方へ悪い方へと思考が囚われていくが、その時がちゃりと玄関の扉が開いた。
扉を開けたのは――
「よお」
「……天藍?」
「天藍だー!」
「お。元気だったか、立珂」
「うん!」
ひょいと姿を現したのは天藍だった。いつもなら凱旋行列が終わって数時間は現れないが、まだ一時間も経っていない。
早く会えたのは嬉しいが、反面いつもと違う事態に薄珂は不安を感じた。
いつもとは違う何かを言われるのではないか、それは結婚報告ではないか、別れを告げられるのではないか――
そう震えていると、ぴょんぴょんと立珂が飛び跳ねて天藍に抱き着き、恐ろしい一言を放った。
「天藍結婚するの?」
「立珂!?」
薄珂は慌てて立珂を引っぺがし、ぎゅっと強く抱きしめた。
けれど立珂はじたばたと暴れ、ぴょんと薄珂の腕をすり抜ける。
「天藍が奥さん連れて帰って来たって聞いたよ」
「は~あ? なんじゃそりゃ」
天藍はばちばちと瞬きを繰り替えし、は~、と大きなため息を吐いた。
「まさかそんな誤報信じたのか? するか、んなもん」
「……でも女の子連れてたよね」
「専属契約してくれって言ってきたんだよ。しないしない」
「しないのに宮廷に入れたの?」
「そりゃお前、差別されて酷い目に遭ってました! 助けて下さい! って言われたら追い返せないだろ」
「ひきょーだ」
「ほんとだよ。酷い目に遭ったわりに豪華な服着てやがる。ああいうのは護栄があしらって終わり」
「護栄様の得意ないじわるだ!」
「そうそう」
賢くなったな、と天藍は立珂を撫でた。立珂もけらけらと笑っていて、それはまるでいつもの日常だ。
ほっと一息つくと、立珂がてててっと駆け寄り抱き着いてくる。
「ほらね。嘘だったでしょ」
「……ああ。さすが立珂だ」
「すぐ俺で金儲けしようとしやがって。知ってるか? そういう噂流して祝賀祝いになりそうな物高く売るんだよ」
「げー。ひどーい」
「だろ? どうせまた似たような事あるから馬鹿だな~って笑ってりゃいいさ」
「笑う! あははー!」
「そうそう。あははーだ」
天藍は立珂を抱き上げ、二人で声を上げて笑った。
二人がじゃれあう平和な様子に薄珂はほっと息を吐き、ようやく笑うことができた。
「皇太子って大変なんだね」
「労ってくれるなら俺の屋敷に遊びに来ないか」
「僕行きたーい! 豪華でしょ!」
「皇太子に見合う程度にはな。他国の花も植わってるから立珂には面白いかもな」
「見たい! 薄珂! 遊びに行こうよ!」
「だそうだぞ、薄珂」
「立珂を使うなんてずるいよ」
「そうでもしないとお前は来てくれないじゃないか。それに気晴らしになる。今度遊びに来い」
これが気を使ってくれていることくらい薄珂にも分かる。そしてこれに便乗してしまいたいのが本音だ。
(でも天藍は忙しい。今日だってきっと護栄様が無理矢理時間を作ってくれたんだ)
薄珂はも子供のように無邪気に縋ることはできないけれど、笑顔で流せるほど大人ではなかった。
誤魔化すように立珂を奪い返し抱き上げ頬を寄せる。
「護栄様が良いっていう日ね」
「あいつのことはいいんだよ」
「駄目だよ。天藍のことを一番に考えてくれてるんだから」
護栄は未だに立珂を苦しめたことに罪悪感を感じているようで、なにかと気遣ってくれている。
無理を言えばきっと叶えてくれるだろうし、情けないがそうでもしなければ天藍に会うことはままならないのだ。
「そうだ。立珂に頼みがあるんだ」
「なあに?」
「侍女がお前にお洒落相談をしたいそうだ。聞いてやってくれるか?」
「本当!? 僕もしたい!」
「お。じゃあ次離宮に来る時は覚悟しとけよ」
「はーい!」
立珂は相変わらず侍女と仲良しだ。当時立珂と関係の無かった者も今では立珂に会う順番待ちがあるほどで、こうして宮廷に必要とされている。
そして、薄珂はそれに付いて行くだけだ。
次天藍と会えるのはいつだろうかと、自ら距離を取ったことを今更ながらに後悔していた。
翌日からは忙しくなるので会える時に会っておきたいと言ってくれて、毎回恒例となっていた。これには慶都一家も孔雀も来てくれるので賑やかになる。
けれど今日ばかりは薄珂は参加するのが怖かった。
(もし結婚することになったって言われたら……)
そんなことあるはずないと立珂は言ってくれるが、天藍は皇太子だ。
国のために政略結婚くらいするかもしれないし、そうなれば何も持っていない薄珂では太刀打ちできるはずもない。
重い足取りで家に帰ると、そこには先客がいた。
「あ、孔雀先生が先に着いてた!」
「先生早かったですね」
「私はおまけみたいなものですから」
「そんなこと言って、獣人の歓声一人占めでしたよ。天藍さんは夜になるんですよね」
「ええ。報告が終わったら来ると言ってました」
「……本当に来れるのかな」
「護栄様が約束してくれたんだから絶対ですよ」
「それもそうね」
だがもし本当に妻となる相手を連れ帰ったのならそうはいかないだろう。外出禁止となれば連絡などできず、もうやって来ないかもしれない。
薄珂はどんどん悪い方へ悪い方へと思考が囚われていくが、その時がちゃりと玄関の扉が開いた。
扉を開けたのは――
「よお」
「……天藍?」
「天藍だー!」
「お。元気だったか、立珂」
「うん!」
ひょいと姿を現したのは天藍だった。いつもなら凱旋行列が終わって数時間は現れないが、まだ一時間も経っていない。
早く会えたのは嬉しいが、反面いつもと違う事態に薄珂は不安を感じた。
いつもとは違う何かを言われるのではないか、それは結婚報告ではないか、別れを告げられるのではないか――
そう震えていると、ぴょんぴょんと立珂が飛び跳ねて天藍に抱き着き、恐ろしい一言を放った。
「天藍結婚するの?」
「立珂!?」
薄珂は慌てて立珂を引っぺがし、ぎゅっと強く抱きしめた。
けれど立珂はじたばたと暴れ、ぴょんと薄珂の腕をすり抜ける。
「天藍が奥さん連れて帰って来たって聞いたよ」
「は~あ? なんじゃそりゃ」
天藍はばちばちと瞬きを繰り替えし、は~、と大きなため息を吐いた。
「まさかそんな誤報信じたのか? するか、んなもん」
「……でも女の子連れてたよね」
「専属契約してくれって言ってきたんだよ。しないしない」
「しないのに宮廷に入れたの?」
「そりゃお前、差別されて酷い目に遭ってました! 助けて下さい! って言われたら追い返せないだろ」
「ひきょーだ」
「ほんとだよ。酷い目に遭ったわりに豪華な服着てやがる。ああいうのは護栄があしらって終わり」
「護栄様の得意ないじわるだ!」
「そうそう」
賢くなったな、と天藍は立珂を撫でた。立珂もけらけらと笑っていて、それはまるでいつもの日常だ。
ほっと一息つくと、立珂がてててっと駆け寄り抱き着いてくる。
「ほらね。嘘だったでしょ」
「……ああ。さすが立珂だ」
「すぐ俺で金儲けしようとしやがって。知ってるか? そういう噂流して祝賀祝いになりそうな物高く売るんだよ」
「げー。ひどーい」
「だろ? どうせまた似たような事あるから馬鹿だな~って笑ってりゃいいさ」
「笑う! あははー!」
「そうそう。あははーだ」
天藍は立珂を抱き上げ、二人で声を上げて笑った。
二人がじゃれあう平和な様子に薄珂はほっと息を吐き、ようやく笑うことができた。
「皇太子って大変なんだね」
「労ってくれるなら俺の屋敷に遊びに来ないか」
「僕行きたーい! 豪華でしょ!」
「皇太子に見合う程度にはな。他国の花も植わってるから立珂には面白いかもな」
「見たい! 薄珂! 遊びに行こうよ!」
「だそうだぞ、薄珂」
「立珂を使うなんてずるいよ」
「そうでもしないとお前は来てくれないじゃないか。それに気晴らしになる。今度遊びに来い」
これが気を使ってくれていることくらい薄珂にも分かる。そしてこれに便乗してしまいたいのが本音だ。
(でも天藍は忙しい。今日だってきっと護栄様が無理矢理時間を作ってくれたんだ)
薄珂はも子供のように無邪気に縋ることはできないけれど、笑顔で流せるほど大人ではなかった。
誤魔化すように立珂を奪い返し抱き上げ頬を寄せる。
「護栄様が良いっていう日ね」
「あいつのことはいいんだよ」
「駄目だよ。天藍のことを一番に考えてくれてるんだから」
護栄は未だに立珂を苦しめたことに罪悪感を感じているようで、なにかと気遣ってくれている。
無理を言えばきっと叶えてくれるだろうし、情けないがそうでもしなければ天藍に会うことはままならないのだ。
「そうだ。立珂に頼みがあるんだ」
「なあに?」
「侍女がお前にお洒落相談をしたいそうだ。聞いてやってくれるか?」
「本当!? 僕もしたい!」
「お。じゃあ次離宮に来る時は覚悟しとけよ」
「はーい!」
立珂は相変わらず侍女と仲良しだ。当時立珂と関係の無かった者も今では立珂に会う順番待ちがあるほどで、こうして宮廷に必要とされている。
そして、薄珂はそれに付いて行くだけだ。
次天藍と会えるのはいつだろうかと、自ら距離を取ったことを今更ながらに後悔していた。