第十二話 【護栄陥落作戦】詰めの一手

文字数 2,033文字

 立珂は薄珂の合図を受けて、予算の都合上護栄が諦めた羽根の入った箱を護栄に差し出した。

「こっちの羽根もあげる! これで下働きの子に手伝ってってお願いしてね!」
「……え? これを、ですか?」
「うん! 僕にできるのこれくらいだから! ぜひ使ってね!」
「……薄珂殿。良いので?」
「もちろんです。決めるのは立珂ですから」
「決めるのは立珂殿、ですか……」

 ――やられた。
 護栄はそう思っただろう。響玄も驚き目を見張った。
 これは響玄も聞いていなかった。
 そして同時に、そういうことか、と薄珂が出発前に言っていたことを思い出した。

「立珂。今日はできるだけ綺麗な羽根をたくさん持って行きたいんだ。ちょっとだけ抜いていいか?」
「いいよー。小さいのも生えてると思うよ」
「貴重なやつだな。よいしょ」
「どうした。護栄様の基準に足りる分は用意してあるだろう」
「はい。でもちょっとだけ」

 薄珂はやたらと立珂の羽を抜くことはしない。
 立珂の負担になる分だけを抜き、それはおよそ家賃やら生活費やらで無くなっている。しかも護栄は予算分しか買えないからいくら綺麗なものがあっても売り上げは変わらない。
 この時はさして考えていなかったが、商談終了間際に護栄に贈るとなると話は別だ。

(先払いか!)

 これは完全に立珂の好意だ。となれば護栄は無下にはできない。選択肢は受け取る一択と言って良い。
 それもなんとなくこうしたのではない。立珂は明らかに薄珂の目配せで立珂は動いた。つまり、立珂にこうするようにと指示をしておいたのだろう。全て薄珂の計画通りなのだ。
 慌てて護栄を見ると、やはり目をぱちくりとさせてぽかんとしている。

(先払いを受け取ったら薄珂の提案通りに動くしかない! 今回の商談を有耶無耶にはできなくなった!)

「……本当に成長したものだ。では有難く」

 護栄はふうとため息を吐いて立珂の手から羽根の入った箱を受け取った。
 心付けとしてしまうと最悪賄賂になるが、これは立珂が『下働きの子に渡してほしい』という目的がある以上先払いになる。

(詰めも完璧。薄珂の完全勝利だ……!)

 拍手をしてやりたい。褒めてやりたい。だがここでそれをしたら薄珂の完全勝利が濁ってしまう。
 響玄はそわそわする胸中を必死に抑え込んだ。
 護栄も敗北を認めたかのようにふうと息を吐いた。にこりと微笑むと、よしよしと立珂の頭を撫でる。

「この後時間はありますか? 立珂殿が来たと聞いて侍女がそわそわしていまして」
「あるよ! ある、あるます!」
「あります、だぞ。立珂」
「あります!」
「では離宮でお待ちを。この装飾品のことを伝えてあげてください。侍女を呼んで参ります」
「わあい! わ、あ、あう」
「いいですよそのままで。あなたはあなたらしくいるのが一番です」
「うんっ!」

 護栄はそれでは、と頭を下げると穏やかに部屋を出て行った。だが果たして穏やかな表情をしているのだろうか――響玄はからかいに行きたいほどだった。
 ぐるりと薄珂を振り向くと、ふー、と息を吐いてずるずると椅子の背もたれを滑っていた。

「終わった~……」
「凄いぞ! 凄いじゃないか!」
「有難うございます。護栄様が甘く見てくれてるうちに先手を打ててよかったです」
「は――……」

 ぴたりと響玄は薄珂の背を叩こうとした手を止めた。

(……その通りだ。一人前になった後では警戒され逆に先手を打たれる。これはまさに今すべきこと)

 舐められていると分かっていてその判断をしたのなら、それはとても正しい。
 全て終わったこの状況で、響玄はごくりと喉を鳴らした。

「よし! これで護栄様が味方に付いたぞ!」
「うんっ! みんなと装飾品作れるね!」
「ああ。みんなも喜ぶぞ!」
「薄珂はすごいね! とってもすごいよ!」

 響玄はじっと薄珂を見つめた。
 その笑顔はいつも通り、弟を溺愛する兄の表情だ。

(護栄様には先手必勝。それはつまり、今なら護栄様と対等になれる自信があったのでは……?)

 負けると分かっていたら先手を打とうとは考えない。羽根を大目にあげるから我がままを聞いてくれ、というのがせいぜいだろう。
 だが薄珂は先手を打ち護栄に恩を売った。ならばこの先、護栄はこの兄弟を無視することはできなくなったということだ。
 それは侍女の装飾品程度ではなく、この先もっと大きな問題にぶつかった時に護栄の手を借りれるという絶対的な保険を得たのだ。

「俺は立珂のためならなんでもできるんだ」
「僕も薄珂のためならなんでもできるよ!」

 薄珂は立珂を抱き上げ頬をすりすりと寄せた。仲睦まじく、いつもの愛らしい二人だ。
 この幸せを続けるためだけに、薄珂はあの護栄に勝利したのだ。

(商才のある子だと思っていたが、これは――……)

 ふと護栄の言葉が頭をよぎった。

『そうでしょうか。私はそうは思わない。あの子は――』

 分かった気にならず、あの後に続く言葉を聞いておくべきだった。
 響玄は最愛の弟だけを映している薄珂の瞳から目が逸らせなかった。
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