第十五話 薄珂の謎

文字数 2,410文字

「孔雀せんせー!」
「先生おはよう」
「立珂くん。薄珂くん」
「あ、おじさんだ!」
「おはようございます。今日も元気いっぱいですね」

 薄珂は立珂を連れて孔雀の離宮へとやって来ていた。 
 慶都一家は引き続き宮廷に住んでいて、慶都は学舎に通い慶真は天藍の親衛隊隊長として勤務をしているらしい。

「先生に相談があるんだけど、今少しいい?」
「もちろんですよ。どうしたんですか」
「玲章様から獣化を制御できる薬があるって聞いたんだ。それって俺も使える?」
「ありますが、あれは無意識に獣化してしまう場合の治療薬です。現状必要には思えませんが、何に困ってるんです?」
「獣化したら意識が飛んじゃうんだ。腕の獣化しただけなのに数秒しかもたなくて」
「それはそうですよ。獣化は本能であり、部分獣化は本能を抑制するので精神的な負担が大きいんです。普通はやりません」
「えっ、そうなの?」
「知らなかったんですか? 警備員のような戦闘を職業にする獣人はやりますが、それも無理矢理です。薄珂くんだって全身獣化の方が楽でしょう?」
「どうだろう。全身獣化って数回しかやったことないから」
「「え?」」
「え?」

 孔雀と慶真が声を揃えて薄珂を見た。二人とも驚いた顔をしている。

「それはここ最近という意味ですか? それともまさか生まれてから?」
「生まれてから。立珂を運ぶ時くらいだよ」
「……慶真殿。そういうことはあるんですか?」
「普通はないと思いますが……」
「そうなの? じゃあおじさんは何で獣化したの?」
「何で? 何でも何も、そもそも獣ですし」
「けど獣化なんて必要なければやらないじゃない。鷹ってそんな頻繁になる必要あるの?」
「慶都はしょっちゅうなってたよ」
「あれは遊びたいだけだろ?」
「ち、違いますよ。あれは本能です。あの子は獣の本能が強いんです」
「へー。それと獣化ってなんか関係あるの?」
「え、ええと……」

 孔雀と慶真は顔を見合わせた。
 やけに困惑したような顔をしているが、薄珂は当たり前のことを話しただけなので二人が何に困っているか分からなかった。
 立珂もきょとんとしていて、だめなのかな、とこてんと首を傾げている。

「獣人と育ってないから知らないことが多いのかもしれませんね」
「ええ。基本的な問診をしてみましょう。念のため血液検査も」
「血液検査ってなあに?」
「少し血を取って調べるんです。体質が分かるんですよ」
「薄珂が調べるなら僕も調べる!」
「じゃあ二人一緒にやりましょうね。腕を出して下さい」

 孔雀は注射器で薄珂と立珂の腕から血を採り難しそうな顔をした。
 痛くないですかと孔雀は心配してくれたけれど、立珂は嬉しそうに笑いきゅっと薄珂にしがみ付いた。

「おそろーい」
「お揃いだな」

 立珂は服でもなんでも薄珂とお揃いにするのが好きだ。
 それは物だけでなく、こうした行動もだった。薄珂が散髪していれば自分もすると言い、薄珂が寝るまで寝ようとしない。
 以前里の誰かに親でもないのにそんなべったりで鬱陶しくないのかというようなことを言われたが、薄珂はそんなことを思ったことは無いしそれを言われたことに腹が立った。
 どこへ行くにも一緒で、立珂が視界にいない時間などほとんどない。それは幸せであり鬱陶しいことなどあるはずもなかった。
 薄珂は飛び跳ねる立珂を膝に乗せて床に座った。

「では質問です。初めて人間の姿になったのはいつですか?」
「最初から」
「最初から? 最初は公佗児では?」
「え? 最初は人間でしょ?」
「いいえ。獣人は生まれてから二年は獣の姿です」
「そうなの? 獣化できるようになったの五歳くらいだよ。父さんも俺が公佗児だって知らなかったっぽいし」
「「え?」」
「初めて公佗児になったとき驚いてたんだ。獣人だと思ってなかったんじゃない?」
「え、ええと、お父様は人間なんでしたか」
「そう言ってた。でも獣化したとこ見せなかっただけで獣人だったのかも。それに多分、鳥獣人な気がするんだよね」
「そうなんですか? それは慶真さんと共通するところがあるとか?」
「ううん。孔雀先生見て気付いたんだ。里から買い出しに行くのって移動大変だったでしょ? でも父さんて簡単に行って帰ってくるんだ。あたりを見回ってくるとか、そういう時に崖から行く。だから俺も崖から逃げるのってそう大変じゃないと思ってたんだ」
「なるほど。薄珂君の獣種を見ても、ご両親どちらかはその血筋でしょうしね」
「どうだろう。多分うちって誰も血が繋がってないんだよね」
「え? そうなんですか?」
「はっきり聞いたわけじゃないけどね。うろ覚えだけど、俺は子供のころ父さんに拾われたんだったと思う。立珂も赤ん坊の頃に父さんが急に連れて来たんだ。ある日突然『お前の弟だぞ』って」
 けろりと答えた薄珂を見て、孔雀と慶真は驚いたように目を見開いた。まずいことを聞いたと思ったのか、二人で顔を見合わせている。
「え、ええと、ではお母様は」
「分からない。ずっといないから」
「そう、でしたか。すみません、込み入ったことを聞いて」
「いいよ。あんまり気にしてないから。だって親がどうでも立珂は俺の弟だ。俺は立珂が大好きだ!」
「僕もだよ! 薄珂が大好き!」

 薄珂は立珂をぎゅうっと抱きしめ、立珂も抱き返してくれた。
 孔雀と慶真はまだ苦い顔をしているが、薄珂は本当に気にしていないのだ。昔から立珂が可愛くて、立珂の笑顔が何物にも代えがたい幸せだ。そこに血の繋がりがあろうがなかろうが関係無い。立珂はむにむにと頬ずりをしてくれて、それは昔から変わらない。

「……問診に戻りましょう。無意識のままどのくらい人間の姿でいられますか?」
「というか、意識しないと獣化できない。基本的に人間」
「それはまた逆ですね……」
「孔雀先生。これは助っ人を呼びましょう」
「助っ人?」
「薄珂君と似たようなことを言う獣人がいます。ちょっと待ってて下さい」

 慶真はばたばたと小走りに部屋を出た。
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