第二十五話 輝いた羽

文字数 2,543文字

 数日後、いつも通り立珂の羽根を納品すべく護栄の元を訪れていた。

「では確かに。今日も美しい羽根を有難う御座います」
「役に立ててとっても嬉しいよ。それでね、今日は護栄様にお願いがあるんだ。ね、先生!」
「はい。ぜひこれを見て頂きたく」
「なんですこれは」
「褞袍(どてら)という東国の防寒具です。中に有翼人の羽根を詰めております」
「着てみて! すっごく温かいから!」

 立珂が身を乗り出すと、きらきらとした笑顔に押されたのか護栄は無言で頷いた。
 だがそれを着るのを護栄は躊躇っていた。それもそうだろう。布団のように分厚いこれを、普段きちんと身なりを整えている護栄が好むとは思えない。
 けれど立珂は早く早く、と目を輝かせている。さすがの護栄もこれには敵わず、おそるおそる袖を通した。すると、大きく目を開き、ぽんぽんと褞袍を叩いた。

「本当だ。これは明恭が喜ぶでしょう。価格はいくらです?」
「縫製まで完成させて十着単位で銅三枚でいかがでしょうか」
「銅三? 安すぎませんか」
「実は使ってるのは立珂の羽根ではありません。生活に困る街の有翼人のものです」
「……生活に困る?」

 ぴくりと護栄の眉が揺れた。
 蛍宮は有翼人の生活を保護や補助をする制度がある。そのおかげで他国から非難して来た身寄りも収入も無い有翼人も生きていける。
 これは護栄が作り上げた制度で、その功績は国民からも高く評価をされた。護栄の人気を後押しした大きな一手だったらしい。
 それをこんな風に否定されては面白くないのは当然だ。

「現状の羽根の買取価格や保護制度、勤労にも問題があり満足な収入には程遠いのです。ご存知ではありませんか」
「……いえ」
「ではこれは立珂より莉雹様にお伝えします。それで、この褞袍はそういった有翼人が羽根を提供してくれました。中をお確かめください」

 護栄は制度について言及したいようだったが、響玄は褞袍の方を推し進めた。
 しぶしぶ護栄は褞袍の縫い目を少し切り、中から羽根を取り出した。
 中から出てきたのは茶色く傷んだ羽根――ではなく、白くふわりとした羽根だった。立珂ほどではないが、少なくとも白と言って良い色だ。

「綺麗じゃないですか。これなら宮廷で十分買い取りますよ」
「ええ。ですが以前はこうでした」

 薄珂が並べて見せたのは、店に来た日に採っておいた女性客の羽根だ。
 茶色くくすみ、とても使えそうにない。護栄は茶色い羽根と褞袍の羽根を並べると、確かに大きさは同じ程度だった。羽根の形状もよく似ている。

「……まさか、白くなったんですか?」
「はい。薄珂が数日でやりました」
「え? 俺?」

 響玄の商談の進め方を学ぶつもりでいた薄珂は、突如名指しされ首を傾げた。

「全然違うじゃないですか! 一体どうやって!?」
「え? いや、俺は特に何も」
「薄珂はね、お手入れの時いっつも大好きだよ、きれいだよって言ってくれるの!」
「それは親だって言うでしょう」
「ぎゅってして羽撫でてくれる!」
「そうではなく、もっと技術的な」

 護栄が身を乗り出して問い詰めようとしてきたが、おっと、と響玄が守るように護栄と薄珂の間に手を差し込んだ。

「これ以上は企業秘密です」
「先生。秘密にするようなこと何もしてないですよ」
「お前はそうかもな」
「まさか、響玄殿はその秘密を知ったと? なんですそれは」
「企業秘密ですね。これは『情報』という商品ですから」

 響玄はにこにこと微笑んでいた。
 ――はったりだ。
 響玄の意図は分からないが、これは嘘だと断言できる。
 立珂の羽根が美しいのは生まれつきで、薄珂は本当に何もしていない。それに彼女たちの羽の手入れなど薄珂はやっていない。確実にこれは嘘だ。
 けれど響玄はにこにこと勝ち誇ったように笑っている。

「さて。それを踏まえてこちらの褞袍。十着単位で銅三枚」
「……十着単位で銅十三枚、全在庫買い取ります。余剰はその子達への給金としてください」
「これは有難い! 護栄様からのご温情であることしかと伝えます」
「いいえ。常日頃有翼人のことを想う殿下のお心配りです」
「なるほど。そう伝えましょう。皆殿下に感謝するに違いない」

 わあい、と立珂は飛び跳ねて喜んだ。
 みんな喜ぶよ、有難う、と無垢に喜ばれて護栄も形無しだ。よろしく伝えて下さいね、と頭を撫でると部屋を出て行った。

 そして、羽根を提供してくれた女性客二人に報告し銀1枚ずつを手渡した。すると、喜ぶ以上に驚いて、ぎゃあと悲鳴を上げた。

「こんなに!?」
「常日頃有翼人のことを想う殿下のお心配りです! だって!」
「ほんとに!? いや、これちょっと……すごいぼろ儲けなんだけど……」
「これからは綺麗なのを何枚か買い取ってもらって、買い取ってもらえないのを防寒具にするといいよ。褞袍は中身見ないから」
「あ、そっかそっか。うんうん」
「けど薄珂くん凄いね。まさかこんな綺麗になると思わなかったよ」
「え? 何の話?」
「羽! びっくりだよ! こんな方法で白くなるなんて思ってなかった!」
「方法?」
「そうだ! この方法、他の子にも教えてあげていい?」
「え? 何の?」
「もちろん、どんどん広めてくれ。立珂のようになる日も遠くはないかもしれないぞ」

 響玄がずいと前に出て自慢げに言うと、女性二人はきゃあと喜び立珂と一緒に飛び跳ねた。

「頑張ろっと! 薄珂くん! ほんっとありがとね!」
「え? あ、う、うん」

 一体何がどうしたのかさっぱり分からず、ばいばーい、と手を振って帰っていく二人を呆然と見送った。
 そしてぐるんと響玄を振り向きじいっと睨みつける。

「先生。何なの?」
「お前は本当に気付いてないのか」
「だって洗って流すだけだよ」
「そうかもな。そうそう。そういうことだ」

 わはは、と響玄は笑ってわざとらしく仕事するかあ、と品整理をし始めた。
 結局何が何だか分からないうちに日は暮れて、響玄から回答を得られないまま薄珂と立珂は自宅に帰った。
 いつも通り夕食を食べ風呂に入り、羽根を乾かすときに注意を払ってみたが別に立珂に特別な何かが生じている様子はない。羽根をいつもより長くわしゃわしゃしてみるけれど何も起きない。
 立珂に聞いても何かを感じてるわけでは無いようで、もういいやと諦めて立珂を抱いて布団に入った。
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