第三十五話 有翼人保護区の守護者

文字数 5,252文字

 方針が決まってからの動きは速かった。
 麗亜と柳は明恭と連絡を取ることが大変なようだったが、それでも東奔西走してくれている。
 響玄も慌ただしく動き回っているが、一方で美星が不安そうにしているのは明らかだった。それを感じ取った立珂はしばらく響玄の家で生活しようと言い、今は毎日美星にべったりだ。その甲斐もあってか美星は日々を笑顔で過ごし、そしてついに有翼人保護区の試験運用が開始された。

「有翼人以外も多いな」
「家族が有翼人とは限らないからね」

 薄珂と立珂は有翼人保護区を見て回っている。
 天藍と護栄が柳を連れて現場の視察するというのだが、知らない顔がいることを怖がる有翼人もいるかもしれない。
 そんな彼らを安心させるため立珂にも来て欲しいということで、薄珂も一緒にやって来たのだ。
 当初は護栄ですら不安を感じていたが、柳の連れて来た社員の奮闘により保護区は落ち着いている。

 しかし問題は何かしら発生するものだ。
 突如がらがらと何かが崩れる音と怒号が飛び交った。発生源を見ると、露店が何やら揉めているようだった。

「ここはうちの出店場所だ!」
「違ぇよ! そこの線までだ!」
「こっちが日陰になる分はそっちに詰めるんだよ!」
「勝手言ってんじゃねえ! だからそこ場所代安いんだろーが!」

 ぎゃあぎゃあと叫び声が聞こえてくるが、こういう争いは中央でも少なくない。
 どうにかして支払っている場所代以上の売り場をもぎ取ろうと姑息な手段を使う者がいて、それに対抗する正義漢もいる。
 どちらが正しいかと言えば正義漢なのだが、それは争いを誇張するので必ず警備員が調停することになっている。
 それはこの有翼人保護区でも同じだ。ぴいっと調停の笛が鳴り響き、揉めている男は一斉に動きを止めて振り返った。
 その先にいたのは有翼人保護区のために設立された警備隊の一人だ。

「暴力沙汰は両者ともに出店禁止で罰金銀五」
「何だこの餓鬼!」
「お、おい待て! あれ! あの装飾は立珂様の羽根だ!」
「それに服。これは立珂様が作った有翼人保護区職員の規定服」

 有翼人保護区はまず安心してもらうため、有翼人に支持されている立珂が制服を作った。
 同時に有翼人のための店があることも知れ渡る。
 立珂の服に立珂の羽根飾りを胸に掲げ、男たちに立ちはだかったのは――

「慶都だ!」
「立珂。危ないから大人しくしてろ」
「慶都! 慶都ー!」

 大男に恐れることなく立ち向かったのは慶都だった。
 立珂は緊迫感の無い明るい声で飛び跳ねたけれど、慶都は振り向かず男たちを睨んでいる。

「住民に怪我人が出た。両店共に閉店を命ずる」
「はあ!? この程度で何言ってんだ!」
「立珂様の羽根を頂いたからって調子にのるなよ」
「それはこちらの台詞ですね」
「は!? あ、あんたは!」

 落ち着いた足取りで登場したのは、解放戦争の勝利に一役買い、国民の信頼が最も厚い男だった。

「慶真様!?」
「おいおい、慶真様が現場に出て来るのか」
「職員に従わない場合は再出店も不可とする。この出店契約に承諾していますね」
「……は、はい」
「よろしい。では店を撤去なさい」
「分かりました……」

 揉めた男たちはすごすごと引き下がった。
 見ていた住民はわあっと沸き起こり、慶真は頭を下げて回っていく。
 そして騒ぎが治まると、ようやく慶都が立珂に向かって走って来た。

「立珂!」
「慶都~!」

 立珂はわあいと慶都に飛びつき、二人はきゃあきゃあとじゃれ始めた。

「あれ? 慶都、背伸びてない?」
「遠征の間に伸びたんだ」

 慶都一家はここ数か月蛍宮を離れていた。
 目的は孤児難民の捜索だ。知名度のある慶真が表に立つのが一番速いだろうとなり、実践を踏めるなら俺も行くと慶都も立候補した。
 家族が行くなら料理や洗濯など、遠征の生活を支える要員として慶都の母白那も同行した。
 これには孔雀も参加していた。獣人の英雄となった孔雀がいるというだけで多くの者が集まり、孤児難民じゃなくても移住すると付いてくるほどだったという。
 すっかり賑わいを取り戻した様子を見て、柳はぽんっと薄珂の頭を撫でた。

「お前の読み通りだな」
「みんなが味方だって思ってる人なら怖くないよね」

 薄珂の『やってみたいこと』がこれだ。
 美星は警備を厚くしてほしいと言ったが、宮廷の人員では嫌だとも言う。ならば宮廷にいながらも信頼を集めている者にやってもらえば良いだろうということで、それが慶都を始めとした学舎の生徒だ。

「子供は愛嬌もあるし物々しくならないから良いだろ」
「玲章様」

 学生とはつまり子供だ。先代皇や天藍に仕える大人は信用できなくても、戦争を知らずこれから将来を決める子供には心を許せるようだった。
 蛍宮の未来を照らす有翼人保護区には、未来を担う子供がふさわしいという天藍の推薦もあった。

「それに実践ができるってんで学生の士気も上がった」
「慶都が学舎意味ないって言ってたからね」
「ははは! 身も蓋もねえな」

 薄珂がこれを思い立った理由は慶都の話だった。
 慶都は立珂を守れる男になるんだと学舎で勉強を続けていたが、数か月もするとその意欲は陰り始めていた。
 それは立珂への気持ちが薄れたのではなく、学舎の無意味さのせいだった。

「俺学舎辞めようかと思ってるんだ」
「何でだ? 立珂を守るんじゃないのか」
「守るために学べることが無いんだ。型通り動いたり兵法書読むばっかりで実践がない。里走る方がずっといい」
「学舎は軍の意に沿った訓練しかしませんからね」

 獣人の隠れ里から出たことのない慶都にとって、文字の読み書きや社会常識を知ることは有意義なようだった。
 しかしそれは数カ月もすれば理解できて、さあいざ戦闘技術を――と意気込んだがこれが期待外れだったのだ。
 薄珂が金剛に攫われた時の活躍は評価されたが、あの程度慶都にとってはどうと言うほどの事もなかったらしい。むしろ怪我を負わされ捕らえられなかったことを恥じたくらいだ。
 評価制度の低さはあまりにも残念で、皇太子から直々に受勲した勲章すら紛失したそうだ。

「全然意味ない。これならずっと立珂の傍にいる方が良い」
「僕もそれがいい」
「伴侶になるもんな」
「そうそう」
「な・ら・な・い!」
「年齢的に無理ですからね」
「十八歳からなんてずるいよな」
「ねー」
「駄目だっ! 十八歳になっても立珂は俺の立珂だ!」

 突如話題が逸れて、薄珂は立珂を奪い返した。
 これに関しては未だに薄珂は許していない。
 思い返すだけでむかっとして、薄珂は口をゆがめた。

「実践経験が踏めるってのは有難いな」
「あ、ああ、うん。みんな嬉しそうだしね」
「そりゃあ慶真殿直属は名誉中の名誉だからな」

 閑話休題。
 慶都のように感じる生徒は少なくないようで、特に成績上位者はそうだった。
 成績上位は宮廷職員試験の書類審査は免除されるが、一部の富裕層や宮廷の縁者も免除されるので意味がない。面接と実技は受ける必要があり、希望通りの所属になるとも限らない。
 しかも現状の宮廷は安定しているとは言い難い。少なくとも『反天藍派』がいる以上、成績は関係のない派閥争いに巻き込まれ馬鹿を見ることは必至だ。
 優秀な者ほど見切りを付けるのが早く、あえて武力は必要がない事業者へ弟子入りしたり稼業に勤しむ者も多い。
 おかげで玲章の管轄である軍事関連は深刻な人手不足に陥っていたが、これが回復しつつある。

「そうだ薄珂。聞いたか。学舎に途中入学希望がわんさか来てるんだ」
「あ、やっぱり」

 軍を目指す生徒の大半は玲章か慶真に憧れて入学する。二人と同じ仕事をすることこそが彼らの夢で、今回の警備隊はそれが叶うものだ。生徒が色めき立たないわけがない。

「活躍次第では入学中に軍所属もできる。慶都みたいにな」

 今回の旗印となったのは慶都だ。
 学舎の成績もさることながら、皇太子に認められた実績は生徒の誰もが憧れる姿だった。
 そんなこと慶都本人は興味ないが、立珂が宮廷と二人三脚になってる以上、宮廷所属は必要な地位だった。

「薄珂! 言われてた資料作ったぞ!」
「もう? 早いな」

 慶都には警備以外にも頼んだことがあった。交通整理に必要な保護区内の地図作りだ。
 宅配には台車が多く使われるため、大都市さながらの交通整理が行われる。
 これも柳が行うのだが、大人たちは忙しすぎて手が回らない。ならば現場を知る者に頼もうとなり、現場唯一の軍所属である慶都が抜擢された。
 慶都は大きな紙を広げると、そこには細かな場所まで描き記された地図が完成していた。
 柳はそれを見ると、へえ、と感心して声をあげた。

「親の七光りじゃないんだな」
「有難うございます。ご指示の件ですが、宅配拠点候補地には赤丸を付けています」
「どれどれ」

 嫌味を真に受けず、礼儀正しく接する姿に薄珂と立珂は目をぱちくりさせた。里を裸で駆け回ってた姿からは想像もできない。柳と真剣に向き合う様子は立珂よりも年上に感じるほどだった。
 柳が慶都に確認するよう頼んだのは宅配拠点の設置場所だ。宅配は各店から家庭へ直接ではなく、店の下働きが中間地点に運び、中間地点から宅配員が配達に出る。
 この拠点をどこにするかを考えてくれということだった。

「どういう基準だ? 相当偏ってるが」
「住人の数に応じて配置しました。それと、できれば人員を増やしてほしいです」
「目的によるな。何のためだ?」
「生活補助です。環境の変化が不安だったり寂しかったりするみたいで羽がくすむ人が多いんです」
「……そうか。不便はないが恐れがあるのか」
「はい。これは下働きが気付きました。彼らも貧困で孤独な生活をしてきたから分かるようです。それで話し相手になってますけど、そのせいで配達が遅れるんです。そうなるとあれ(・・)を届けられなくて、待ちきれない人が拠点に押し寄せてるんです」
「それはまずいな。よし、ちょっと見に行くか」

 じつは拠点作りにはもう一つ目的があった。
 ある品物を全家庭に無料配布するが、重すぎて長時間一人で運ぶことができなかった。だから中継地点で降ろし、そこから別の人員が配達する。
 そして、これこそが服に次ぐ有翼人の生活必需品だった。

「お急ぎじゃない方はご自宅でお待ち下さーい!」

 何名もの警備員が押し寄せる有翼人の列整理にあたっている。
 彼らが列を成してでもいち早く手に入れようと望むのは――

「冷たーい! 気持ちいい!」
「最高! 氷の塊くれるとか神様なんだけど!」

 配布されているのは明恭の廃棄物こと氷だ。
 有翼人保護区には大きな氷室が設けられ、そこに明恭から届いた氷を保存する。
 これを毎日配るのだが、これが大変な人気だった。このためだけに保護区入居を求める者も多く、保護区外での配布も進められている。

「こんな貴重な物、無料でもらっていいの?」
「うん! 明恭の皇子様と皇女様が羽根のお礼にってくれたんだ。ずーっといーっぱいあるからね!」
「有難いねえ。羽根くらいいくらでも持ってっておくれ」

 麗亜は氷なんかがこんなに役に立つのか、とあんぐり口を開けていた。
 しかも羽根を寄付してくれる者も多く、中には防寒具に仕上げて来てくれる者もいた。
 一度は立珂を傷付け苦しめたことで非難を浴びた明恭だが、そんなことは皆忘れて明恭へ向けて手を合わせている。

「増員決定」
「孤児難民保護活動を推進します」

 それから、慶都の地図通りに保護区内を見て回った。
 やはり下働きは需要が多かった。中には家族として迎え入れ同居を始める家庭もあるらしい。
 伴侶契約の申請方法を訊ねられる事も多く、護栄はこれが福利厚生か、とぶつぶつ呟いていた。

「順調ですね。経過を見て拡大していきましょう」
「人材派遣と宅配は蛍宮全土でやっても良さそうですよ」
「そうですね。種族問わず利用できますから。ではこの後は川付近の視察を」
「それは俺達だけでやろう。薄珂、お前は帰れ」
「何で? まだ明るいから大丈夫だよ」
「駄目だ。ほら」

 天藍が目をやった先には、木の根元で慶都に寄っかかる立珂の姿があった。
 立珂は眠そうにこくこくと頭を揺らしている。

「あ、しまった。お昼寝の時間過ぎてた」

 薄珂は慌てて駆け寄ると、相当眠気をこらえていたようで抱っこする前に眠りに落ちてしまった。

「薄珂。志を高く持つのは良いが立珂から目を離しては本末転倒だ。まずはできる範囲で頑張れ」
「……有難う。天藍も無理しないでね」
「俺はするさ。仕事だからな」

 そう言うと、天藍は護栄たちをを連れて視察へと戻っていった。
 慶都は共に来るかと思ったが警備に戻ると言い、柳と質疑応答をし始めた。
 それを見ると申し訳ない気持ちもあったが、やはり立珂を布団で眠らせてやりたいという気持ちが勝る。

「薄珂ぁ……」
「ごめんな。帰ってお昼寝しような」
「ちょうづめぇ……」
「ああ。いっぱい食べよう」

 抱っこすると、立珂は腸詰を求めて腕の中でうごうごともがいていた。
 薄珂はぎゅっと抱きしめ二人の家に戻った。
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