第七話 紅蘭

文字数 2,910文字

「護栄様の!?」
「おかあさん!?」

 薄珂と立珂は顔を並べてじっと紅蘭を見つめた。
 生まれた以上親がいるのは当然だが、それにしても護栄とは真逆だ。
 それは行動や雰囲気もだが、何より顔が似ていない。誰かに似ているとは感じるが護栄ではない。

「こんなきれいな人がお母さんなんだ! いいなあ!」
「おや。分かってるじゃないか坊や。人の心を利用するだけのお子様と大違いだ。そう思わないか我が子よ」
「いい加減にして下さい!」

 護栄はぶんっと紅蘭の手を振り払い、はあ、と盛大なため息を吐いた。

「……私を育ててくれた人です。実母ではありません」
「あ、ああ、そういうこと。びっくりした」
「う? じゃあ護栄様に会いに来たの?」
「そうとも。可愛い我が子がどうしているかと心配で心配で夜も眠れず」
「止めて下さい」

 紅蘭は懲りずに護栄の頭を撫でまわしたが、護栄は怒り顕わにその手を振り払う。
 ずりずりと紅蘭から距離を取ると、いつでも逃げ出せるようにか扉付近まで後退した。

「紅蘭は外商。殿下に必要な物を持ってくる便利屋みたいなものです」
「雑な説明すんじゃないよ」

 紅蘭はすかさず護栄に近寄り、ごんっと殴って引きずり戻して来た。
 こんな護栄の姿を見る日が来るとは思ってもなくて、驚きが強すぎてからかうことすらできない。
 そして紅蘭はぽいっと護栄を放り捨て、ふふんと自慢げな笑みを浮かべた。

「あたしは瑠璃宮を仕切ってるんだ。天藍がくれっていう商品をわざわざ持って来てやってんのさ」
「仕切り? もしかして出店の可否を決めてるのって」
「あたしだよ」

 そういうことか、と薄珂は護栄がここに連れて来てくれた理由を理解した。
 瑠璃宮へ出店したいなら自分でその権利を勝ち取れということだ。
 ちらりと護栄を見ると、いつものようににやりと笑っていた。薄珂はぐっと拳を握り紅蘭の前に立つ。

「お願いがあります。立珂の服を瑠璃宮に出店させて下さい」
「簡単に言うんじゃないよ。瑠璃宮は価値の無い店はお断りだ」
「宮廷の規定服を作ったのは立珂だ。この国で最も瑠璃宮に相応しい職人は立珂だよ」
「そんなこと(・・・・・)に価値はないね。あたしが駄目と言ったら駄目だ」

 え、と薄珂は驚いた。
 天藍と護栄が味方に付いているというのを抜きにしても、宮廷の規定服を作ったのだから立珂は実力で来賓になったも同然だ。既に立珂の価値は羽根だけではない。
 宮廷の関与する施設が立珂を拒否するという選択肢などあるわけが無いのだ。

(規定服が『そんなこと』なんだ。この人が大事なのは瑠璃宮だけで――ん? ああ、そっか)

 ぽんっと何かに思い至った薄珂は手を叩いた。

「紅蘭さんが瑠璃宮を建てたんだね」

 そっかそっかと薄珂は一人納得したが、その場にいた大人は一斉に薄珂を見つめて静まり返った。

「え? 何?」
「何を漏らしたんだい、護栄」
「私は何も」
「じゃあ何故私が建てたことを知ってるんだ」
「何故です?」
「え? だって天藍に敬称付けたくないのは先代皇派だよね。先代皇派って宮廷に居座ってるけど、それって大切なものがあるからだよ。紅蘭さんはそれが瑠璃宮で、存続させるために護栄様と提携してるんじゃないかなって」
「だが私が建てたとは限らないさ」
「ううん。絶対紅蘭さんだよ」

 薄珂は眉一つ動かさずに断言した。
 紅蘭は眉をしかめて、反論ができないのかあえてしないのかは分からないが、目を細めて薄珂を睨んだ。

「何故そう思う」
「護栄様が瑠璃宮の管理権を莉雹様に移す絶好の機会を流してるから」
「莉雹? 何故莉雹が出てくる」
「あ、莉雹様のことも呼び捨てなんだね。凄い」
「……機会てのはいつだ」
「規定服を作った時だよ。何かを説得するには順序が大事なんだ。単独じゃ無意味でも提案する順序で価値が変わる」

 これは薄珂が護栄に蛍石の一連を提案した時に学んだことだ。
 響玄もこれを絶賛してくれて、護栄もが圧倒された汎用的な技法なのだ。

「何の理由もなく瑠璃宮を制圧すれば角が立つけど、有翼人の生活向上の一環として実施するなら国民が味方に付く。絶対にあの時にやるべきだった」
「それと莉雹は関係が無いだろう」
「あるよ。規定服は『有翼人の生活向上』の一つで、責任者に任命されたのは莉雹様だ。瑠璃宮も『有翼人専用品の提供』として流れに乗せれば委任するに説得力が高い。しかも莉雹様は先代皇の時代から勤めて文官にも匹敵する人。護栄様陣営で瑠璃宮を管理できるのは莉雹様しかいない。でもそれをやらなかったのなら、紅蘭さんは護栄様すらも手を出せない絶対的な権力を瑠璃宮に対して持ってるってことになる。そんなの先代皇か、先代皇が全てを任せた人だ。有翼人保護区を作る響玄先生が区長になるようにね」
「お前それを今この一瞬で考えたのかい?」
「うん。あ、それと」

 薄珂はぽんっと手を叩いた。
 紅蘭は小さく震え、ぎろりと薄珂を睨みつける。

「紅蘭さんは蛍宮に親か子供がいる。なら護栄様には逆らわない方が良い」
「……あたしに家族がいるって情報はどこからきた」
「情報はないよ。けど紅蘭さんて誰かに似てるんだよね。思い出せないけど、蛍宮で会った誰かだと思う。顔が似てるなら血縁だよね。家族を守るなら護栄様と対等でいたいはずだ」
「はあん……」

 薄珂と立珂が楽しそうに笑うと、その場の全員がぎょっとした顔で薄珂を見つていめた。
 いきなり強い視線を浴びて、薄珂はびくりと震える。

「え? 何?」
「……護栄、お前面白い子を拾ったね」
「拾ったのは天藍様ですよ」
「はっ! よく言う」

 薄珂はいつものように立珂を抱き上げると、顔を見合わせ二人できょとんと首を傾げる。
 その様子に紅蘭は声を上げて笑い、ばんばんと護栄の背を強く叩いた。

「いいね。度胸のある奴は好きだよ。気に入った。出店させてやる。だが条件がある!」
「条件?」
「出店する店は店名を変えな。瑠璃宮において恥ずかしくない名にしろ」
「それならもう決めてるんだ。な、立珂」
「うん!」
「あ?」

 薄珂と立珂は顔を見合わせにっこりと微笑んだ。
 そして立珂がはいっと手を挙げる。

「新しいおみせの名前は『天一(てんいつ)』! 『天一有翼人店』だよ!」
「はあ?」

 護栄は、おお、と感嘆したが、紅蘭は訝し気な顔をした。
 その理由はもちろん店名だ。

「『天一』ってお前、そりゃあ響玄の店の名じゃないか」
「そうだよ。だって俺達の店は響玄先生の支店だもん。『りっかのおみせ』は有翼人に分かりやすい方が良いと思ってそうしたけど、高級店に並べるなら響玄先生の名前が良いよ」
「『はっかのおみせ』がいいって言ったけどだめって言われたの。せっかくお揃いにできたのに」
「それはまたいつかやろう。二人の力で」
「絶対だよ。絶対だからね」
「ああ。立珂の隣には俺もいなきゃな」
「そうだよそうだよ」

 約束だよ、と立珂は寂しそうにして薄珂にしがみ付いた。
 やはりぷんっと口を尖らせていて、不満げだがそれが可愛くて薄珂はぐりぐりと頬ずりをした。
 二人のじゃれる姿はとても重要な話をしている雰囲気ではなくなったが、紅蘭はまた声を上げて笑った。

「ようし。兄弟まとめて面倒見てやるよ! 付いて来な!」
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