第二十四話 高級なお洒落はお姫様に聞け!

文字数 2,550文字

 今日は護栄に呼ばれ宮廷へやって来ている。
 それは立珂待望のある人物がやって来たからだった。

「立珂ー!」
「愛憐ちゃーん!」

 立珂と愛憐は飛びつくようにして抱き合い、勢い余ってくるくると踊りだした。
 二人の楽しそうな姿に侍女もくすくすと嬉しそうに笑っている。
 しかしやって来たのは愛憐一人ではない。むしろ愛憐はついでに付いて来ただけで、国として用があるのはその兄だ。

「麗亜様!」
「ご無沙汰しています、薄珂殿」
「久しぶり。元気そうだね」
「はい。立珂殿も回復なさったようでよかった」

 薄珂が金剛に攫われた一件で、体調を崩した立珂の見舞いに駆けつけてくれたのが愛憐だった。
 たまたま麗亜が仕事で来る予定があったとかで、それに付いて来てくれたのだ。
 憔悴していた立珂とお洒落の話をし、そうしているうちに立珂はどんどん元気を取り戻した。

「あの時は本当に助かったよ。やっぱりお洒落友達がいると違うんだ」
「友としてお役に立てたのなら愛憐も本望でしょう」
「どうぞかけて下さい。姫は……」

 本来であれば全員が席について挨拶をして、という流れだろう。
 しかし立珂と愛憐はきゃあきゃあとはしゃぎ、あれを見せたいこれを見たいと言いながら部屋を出て行ってしまった。
 追いかけようかと思ったが、美星が「任せてください」というように目配せしてくれたので、任せて薄珂は護栄と並び麗亜をもてなすことにした。

「大幅な遅延誠に申し訳ございません。お約束下さった天藍様には大変なご迷惑をおかけしてしまいました」
「こちらは大丈夫ですよ。しかし相当な被害が出たのでは?」
「ええ。想像より早く冬がきてしまって」
「何の話?」
「本当はひと月前にいらっしゃる予定だったんですよ。ですが天候が悪く遅れていらしたんです」
「天候でひと月も? 嵐とか?」
「いいえ、氷河です。明恭は冬になると海が氷で覆われ通常の航路が取れなくなります。それが今年はかなり早かったんです」
「えっ!? 海に氷が浮かんでるの!?」
「はい。退かすのも溶かすのも作業に金何百と莫大な費用がかかります」
「大変だね。放っといちゃ駄目なの?」
「放っておくと他国の領海へ入ってしまうんです。撤去しなければ侵略と見なされ軍事侵攻されることもあるんです」
「ええ? 明恭の私物じゃなくて自然でしょ? 厳しすぎない?」
「とんでもない。先代蛍宮皇の時代にはこれが理由で攻め入られたことがあります。護栄様は緩和して下さったんですよ」
「うわ。ひどいね」
「一概には言えませんがね。明恭が穏やかになったのも公吠様が立たれてようやくですし。致し方ないというのはあったでしょう」
「へえ……」

 薄珂は国の歴史や外交には詳しくない。
 自分と立珂が関わる範囲のことは気にするけれど、これほど深い話になってくると実感がなくてこれといった質問も出て来なかった。
 護栄と麗亜は輸出入がどうこうと話し始めたが、薄珂はあまり興味がなかった。
 立珂の所に行こうかなと思ったが、ふと廊下からきゃははとはしゃぐ立珂と愛憐の声が聴こえて来た。
 すると二人はばあんと音を立てて扉から飛び込んできた。

「じゃじゃ~~~~ん!」
「ん?」

 愛憐は着て来たものとは違う服を着ていた。
 女優さながらの美しい立ち姿の愛憐を立珂が拍手して引き立てている。

「どうこの服!」
「あ、この前立珂が作ってたやつだ」
「うん! この生地は絶対に愛憐ちゃんだと思ってたの!」

 愛憐が来ることは少し前に護栄が教えてくれていた。
 それからというもの、立珂は愛憐に服をあげるのだと日々生地を選び回っていた。
 暁明にも力を借りて、皇女が着るにふさわしい一着を仕立てたのだ。

「すっごくお洒落よ! 饗宴はこれで出るわ!」
「きょーえんってなあに?」
「あら、聞いて無いの?」

 くるっと立珂と愛憐が同時にこちらを向き、鏡移しのように動く二人に思わず全員から笑みがこぼれた。

「今からするところです」
「饗宴って歓迎の宴っていうやつだよね」
「ええ。殿下から薄珂殿と立珂殿が希望するならぜひ招くようにと言われています。どうですか?」
「けど俺達もう宮廷から出たのにいいのかな」
「いいに決まってるじゃない! 立珂は私のお友達だもの!」
「では薄珂殿は私の友としてぜひ。兄同士、下の子が遊ぶ姿を見守りましょう」

 麗亜はにこりと微笑んだ。
 薄珂は出会った当初、麗亜は話の合わない相手だと思っていた。妹を可愛がるどころか助けようともしない兄がいるなんて理解が出来なかった。
 けれどどういうわけかすっかり二人は仲の良い兄妹になっている。
 麗亜の心境の変化がなんなのか薄珂にはよく分からないが、同じ兄として、というのは妙に嬉しい気がした。

「うん。よろしく」

 それから日が暮れるまで愛憐と立珂は遊び続け、立珂が寝落ちしたところでようやくその日は帰宅となった。
 そしてその翌日、饗宴が始まると薄珂と立珂は大きな広間に案内された。
 今まで入ったことのない場所で、煌びやかながらも上品な内装だった。大きな机がいくつも並び、食べ物がたくさん置いてある。

「立珂。におい大丈夫か?」
「……ちょっといや」
「じゃあ窓の近いとこにいよう。お昼寝の時間には出て良いって言ってたから少しだけ頑張ろうな」
「うんっ」

 今日の主賓は麗亜と愛憐だ。
 二人と一緒にやって来た使節団の面々が宮廷職員と歓談するらしい。だから食べ物は香りの強い食材も使うし、女性はお香を使っている。
 事前に聞いていた限りでも長居はできそうになかったが、せっかく愛憐が喜んでくれているのだから絶対に行くんだと立珂は朝から気合を入れていた。
 窓の近い席に座ると、宮廷侍女として参加している美星が果物と加密列茶を出してくれた。

「ご挨拶は長いのでお座りになってらして下さい」
「そうなの?」
「はい。羽の重みでお辛いはず。どうぞ」

 饗宴がどんなものが全く知らない薄珂と立珂は、てっきり普通に集まって食事をするのかと思っていた。
 挨拶なんて数分だろうに大袈裟だと思ったが、美星の判断はとても正しかった。
 どおんと銅鑼の音が響くと正面の大扉がゆっくりと開かれる。

「立珂。愛憐と麗亜様でてくるぞ」
「うんっ!」

 広間がしんと静まった。
 笛に鈴などで音楽が奏でられ、しずしずと麗亜と愛憐が登場した。
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