Am I "beutiful"?-7

文字数 1,386文字

 点々と血痕を残す標的を静かに追いながら、次は迷わず、左の膝を撃ち抜いた。支柱をなくして頽れる身体に、全身の血が沸騰する。獲物を確実に仕留める猟犬の本能だ。肉片になるまで切り刻んでしまいたい。
「お前は生かしちゃおかねェけど、殺すなって言われてンだよな」
 マズルに並ぶ牙の間から涎を滴らせるポインターよろしく、フユトは言って、残忍に哂った。取り出したナイフを竦む獲物の眼前に敢えて翳し、その刃渡りと鋭さを見せびらかした上で、抵抗される前に左の頬を貫通させる。激痛に悲鳴すら上げられない獲物を酷薄に嘲笑いながら、時間を掛けて刃を引き、左の口角まで切り裂いた。
 思いのままブチ殺せたら、きっと、この身体で覚え込んだ、どんな絶頂より気持ち悦いに違いないのに。
 刃を引き切る際に僅かに飛んだ飛沫を頬に受け、射精後のような重い吐息を白く吐き出しながら、フユトは猟犬として最も縁遠い緊急通報のダイヤルを携帯端末に打ち込んだ。

  *

 仄暗い昂奮に浸った夜から六日。
 フユトは不機嫌を遙かに超えた苛立ちの只中だ。
「あのクソアマ……」
 匿名の通報で標的の命を救ったあと、依頼者に仕事を終えた旨を報告し、標的が運ばれた病院まで調べた上で伝えて見舞いに行かせた。左の口角から頬までを歪に切り裂かれた、大きな傷跡が商売道具に残ってしまっては、コウヤはその道では生きていけないだろうから、煮るなり焼くなり思いのままだと言ったのは確かだけれど、それは単なる言葉の綾というもので、
「何だか、思ったのとは違った」
 と、依頼者に言わせしめるためではない。
 どうせこいつは前金以外の金など払わない、と見込んではいたけれど、言い訳をして払わないのと、結果に納得されずに払われないのとでは雲泥の差だ。
「八つ裂きにして鴉に喰わせてやる」
 遂に怒髪天に達して立ち上がるフユトの襟首を掴み、ソファへと座り直させたのは、悪鬼の上をいく化け物だ。憤然と睨み返したフユトは、想像を超えるシギの冷笑を目の当たりにして、勢いをなくす。
「俺との約束がまだだったな」
 背筋を冷や汗が伝った。先程までの激情は吹き飛び、顔色さえ失う。
「え、っと……」
 何のことだったかと惚けようとしても無駄だった。
「これが終わったら幾らでも付き合う、そう言ったのはどの口だ」
 言質を取られている以上、魔王より恐ろしいシギには逆らえない。
「いや、でも、その……」
「あ?」
 それでもどうにか、あの馬鹿女を甚振って泣かせるか、脅して泣かせた末に滅多刺しにしてやるまで待ってくれ、と言うはずの言葉は、無表情のシギに凄まれて掻き消える。
 何をされても喚くなよ、と宣ったシギに、仕事が片付くまで猶予が欲しいから待って欲しい、と打診したのはフユトだ。相場よりもかなり安く請け負ったとはいえ、仕事は仕事だ。足腰が立たなくては意味がないし、セックスだって気も漫ろの状態ではしたくないと、どうにか言葉を並べ立てて回避した仕置きである。
「……俺、今、すっげぇ頭に来てんだけど……」
 フユトは尚も、そんな気分ではないと言い募るものの、
「トぶほど悦くしてやるから安心しろ」
 したり顔のシギには何の意味もない。
 こうなっては何を言ってもフユトに分はないのだ。重く溜息をついて、
「……憂さ晴らしにならなかったら、お前とは二度としねェからな」
 不貞腐れた横顔で宣言した。



【了】
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