骸-4

文字数 1,966文字

 常から、シギの束縛も執着も重いと思っていたけれど、不思議と煩わしく感じないのは自分と同じだからだと再確認した夜から、三ヶ月が経った。季節は巡り、吐息が白く染まるようになる。彼女の天真爛漫な笑顔の面影も、安否に関する気持ちも薄れ、ようやく平穏を取り戻した冬の夕暮れだった。
「あ、見つけた」
 聞き覚えのある声がして振り向くと、栗色のショートが三ヶ月ぶん伸び、防寒着で細身のスタイルを隠した彼女が、いつかのように八重歯を覗かせて、ターミナル駅前の人混みの中に立っていた。
「……見つけた、じゃねーだろうよ」
 嘆息して、呆れた返事をする。
 勝手にいなくなって、どれだけ心配したと思っているのか。そのせいで要らぬトラブルまで起こってしまったというのに、何も知らない彼女の笑顔は無邪気だ。
「何回か遊びに来たんだけど、全然会えなかったから」
 ミコトは屈託なく言って、ふとしたようにフユトの傍らへ視線をやると、
「……おにーさんの恋人さん?」
 少し離れたところでフユトを待つシギの姿を見つめながら、小首を傾げる。
 今のシギの視線は何も隠していないから、二人の関係が丸分かりだ。じっとりと纏わりつくような目をしなければ、何とでも言い訳ができるのに、あれからシギの独占欲は悪い意味で増している。逃げられやしないのに、退路を念入りに潰すかのようだ。
「あぁ、まァ、そんなとこ」
 ミコトの視線を追ってシギを振り向いたフユトは、先に行くから直ぐに来いと告げる視線に目を伏せて答えた。
 彼女の指摘を否定するのも億劫ながら、決定的な肯定はしなかったけれど、どうにも気恥ずかしい。
「あの人、街で何回か見たことある、綺麗だけどこわい人だって聞いたかな」
 シギの背中が雑踏に消えるのを二人で見送っていると、彼女が思い出したように呟くから、
「……気に入った奴にはすっげー重いけどな」
 両極端なシギの性質を暴露して、恥ずかしさをごまかすように腹いせしてやった。
「それより、何してたんだよ、三ヶ月も」
 何処かに行くにしたって、連絡の一つも寄越してくれれば良かったのに。思いながら、フユトは責めるように聞いてみる。
 教えてもらった連絡先は繋がらなくなっていたのだ。ミコトが住んでいた集合住宅で聞き込みをするわけにもいかず、ヤキモキしていた時期を思い出す。
「やり直そうかなって思って」
 言って、ミコトは気まずそうに俯く。
「最後に会ったときに言ってたじゃない、そういうのに深入りするのはやめとけって、だから全部捨てて、一から生きてみようかなって」
 何気ない忠告が彼女の人生を変えたのは良いことなのだろう。が、それにしたって、思い立ってから行動するまでが急過ぎはしないかと言いかけたけれど、後先考えない奔放さも彼女らしい。
「恋人さんに怒られちゃった?」
 円らで黒目がちの目を悪戯っぽく輝かせ、彼女が下から覗き込むように尋ねるから、
「少し間違ったら監禁されるっつーの」
 軽口で答えた。
 愛されてるね、と冷やかすミコトの言葉には答えず、近況を聞く。
 街を出る前に付き合っていた恋人とは別れたこと、今は中央都市から一時間ばかり離れたところに住んでいること、夜の仕事は辞めて飲食店で働いていることを、彼女は掻い摘んで教えてくれた。最後に会ったときより、気持ちふっくらとした頬が、彼女の現状を何より明確に教えてくれる。きっと、何も持たなくても、彼女は今のほうが幸せなのだろう。
 戦禍で壊滅した国家は、中央都市を首都として再興した。郊外の砂地の向こうにはまだ、緑地のように森林が点在し、かつての主要都市よりも小規模な街がコロニーとして機能していると聞く。街から出たことのないフユトに実感はないものの、この街の暗部が殺伐としていることは熟知しているから、他所へ行ったほうが充実した日々を過ごせる人間もいるのかも知れない。
「元気そうで良かったよ」
 別れ際、フユトが正直に言うと、
「そういうの、悪い癖だからやめたほうがいいよ」
 彼女が生真面目な顔で告げるので、思いがけない言葉に瞬いた。
「その気がないのに優しくするのは駄目だよ、あたしはもう大丈夫だけど、寂しがりの女の子は簡単に騙されちゃうんだから」
 ──フユトさんは優しいから。
 いつだったか、似たようなことを言われた。寂しげに呟いた横顔の面影を彼女に重ねて、口角を上げる。
「俺も寂しがりだからな」
 シギの(もと)で耽溺するたび、孤独に弱い自分を自覚させられてきた。気にしないようにしていても、かつて味わってきた恐怖や不安は未だ、フユトの足元に影を落とす。けれど、シギはそれでいいと受け止めてくれるから、フユトも段々と、そんな自分を許せるようになりつつある。
 フユトの笑みを見上げて、ぱちくりと瞬いた彼女は、眩しそうに笑った。
「やっぱり、愛されてるね」





【了】
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