内密にお願い致します。-4

文字数 2,227文字

 腕を背面で拘束されたまま、拘束された腕を下敷きにしたまま、ずっと欲しかったキスと愛撫を施される。あの日、半端で投げ出したところまで差し掛かると、シギが意地悪するように上体を起こして様子を伺うから、
「する、最後までするから……ッ」
 フユトは半ば、泣き言を洩らすみたいにシギを強請る。
「嫌いなんじゃなかったか」
 揶揄されて、
「ごめ、」
 反射的に謝る唇を、絆すように塞がれる。
 背中で拘束された腕は、ただでさえ血流を損なわない程度にきつく纏められていて、ずっと下敷きになっているから感覚がない。じきに痺れて来るだろうし、シギの首に縋りつきたいのに出来なくて、もどかしさが鼻から声となって抜けていく。
「ン、ぁ……」
 そんなフユトにようやく気づいたのか、それとも敢えて今まで無視していたのか、シギが腕を括る粘着テープを剥がすのに離れただけで、切ない声が漏れてしまって、自分の甘ったるい声にさえ焚き付けられてしまう。
 そんなことは良いから、と何度も口にしてしまいそうになるほど、自由を得るまでが途方もなく長い。解放されて尚、強ばる腕でシギの首を抱き、肩に額を当てる。恐れるまでもなく、フユトはとっくに、シギにどうにかされている。
 シギより僅かに上背があり、骨太な体を膝に抱かれる。迷子になったあとの子どものようにしがみつきながら、重みのせいか苦笑されるのも気にせず、シギの首筋に鼻を寄せた。
「駄目な狗だな、本当に」
 ほら、飼い主が困っている。
 あやすように背中を撫で下ろされ、ぞくぞくしながら耐えていると、
「聞き分けがなさ過ぎて、どうしようもない」
 紅く手型が残る力で腿を張られて、息を呑みながら背筋が反った。
 シギはやはり、まだ怒っている。あの日の傍若無人を許していない。フユトが折檻を予感していると、ベッドにうつ伏せるようシギが目線で指示するから、ぎこちなく従う。このまま、臀が真っ赤になって腫れるまで、容赦しないんだろうと身構えていると、
「期待してるところ悪いが、それは俺の趣味じゃない」
 フユトの仄暗い期待を読み取ったシギが、苦く笑った。
 お前は顔に出る、とシギはよく言うけれど、そんなに細かいところまでわかるものなのだろうか。叩かれるのも悪くないと、顔に書いてでもあるのだろうか。
 不満に思ってシギを見る。睨むような形になっても、彼は機嫌を損ねるどころか、ますます甘やかすときの顔になるから、この男の視力や感性は、実は死んでいるのかも知れない。でなければ、強気で可愛げがなく、不貞腐れてばかりのフユトに執着するなんて有り得ない、と我ながら思う。
 自分が逆の立場だったら嫌になるし、関わりたくなくなるけどな、と後日、シギに何とはなしに聞いてみると、
「野良をいかに手懐けるかが猛獣使いの腕だろう」
 何とも意味深な言葉を、半笑いで返された。
 つまり、シギの言葉で言うと野良の猛獣であるフユトは、腕の立つ調教師に、見事に飼い馴らされたというわけだ。
 もういい、とフユトが首を振っても、舌足らずに待ったを掛けても、シギの念の入れようは壊れ物でも扱うようだった。最後まですると自ら宣言したフユトになるべく苦痛を掛けないよう、また嫌だの駄目だのが始まらないよう、腰から下が脱力しきるまで、括約筋と周辺を解していく。何なら、正上位を選んだ挿入時には最も苦しいタイミングでキスをされ、気を逸らしている間に根元まで押し込むところまで進まれて、だったら最初からこうしてくれればいいのに、と、シギの滑らかな背中に爪を立てながら内心で毒づいてはみたけれど。
「つらくないか」
 シギの首に抱きついたまま、フユトは何度か大きく呼吸し、腹の底を押し拡げる異物感に慣れようとする。シギも閉塞感が苦しいのか、僅かに低くなった声が耳元で聞くから、
「へーき、」
 フユトは緩やかに首を振る。
 そうだ。人を殺すことにも壊すことにも躊躇しないのに、シギはフユトにだけ特別甘く、とことん優しく、隙あらば堕落させようとして来る。フユトが言葉に出来ない諸々の感情を正確に読み取り、不安になって手を伸ばしたところには、必ず彼が居てくれる。いつもは右の口角だけで笑みと感情を作るのに、フユトといる時だけは、両の口角で柔らかに嗤う。今のフユトも、置き去りにされた子どものフユトも慈しむように細められる瞳は奈落を思わせるのに、あの眼差しはそこはかとなく温かくて、決して見捨てない、どんな姿になっても見限らないと伝えてくれる。
「……言えよ」
 シギの肩口に口元をうずめながら強請る。
「俺ばっかり言わされるの、不公平だろ」
 本性も本音も読ませず、煙に巻く男がシギだから、嘘とも本当とも付かない言葉で、信じさせて欲しい。フユトの臓腑を穿つ、的確な溺愛が本物でなくてもいいのだ。ここは居心地が良過ぎるから、信じさせられたフリで騙されていたい。でなければ、こうして根気のいる苦行なんかしていない。お前がいいと、お前だけがいいと、お前だから欲しいと、どうか、教えて欲しい。
 夜の底でひとりぽっちは、いやだ。
「お前が本当に不出来な狗なら、とっくに捨ててる」
「……うん、」

は末代まで祟るそうだからな」
「……笑えねェこと言うなよ」
「覚えてろ」
 直球の言葉は使わず、くつくつと喉で嗤うシギの獰猛な双眸に覗き込まれて、フユトはもう、何も言えなかった。闇より深い瞳に映るのは、見知らぬ土地で迷子になった、所在なさげな子どもと同じ顔だった。
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