Am I "beutiful"?-4

文字数 2,354文字

「フユト」
 穏やかな声で名前を呼ばれて、何の気なしに振り向くと、
「リングとハーネス、どっちがいい」
 シギが意味ありげにこちらを見て、問う。
「……は?」
 何の話をしているのかと、怪訝な声が出る。
「ついでにストレートかビーズか選ばせてやる」
 シギの言葉の意味をよく咀嚼して、飲み込んで、それでも少し考えたあと、
「ばッ……」
 理解が追いついて、フユトは耳まで熱くなった。
 昨晩、あれだけ致しておきながら、真昼間に躾の話をするだなんて、と、真顔のシギを睨み据える。要するに、今度するときは更に苦しい我慢を教えてやると、シギはそう言っているのだ。
 そこを内側から攻められたことはないものの、根元を簡単に縛られたことは何度か、握られ方の加減で管理されることも度々あるから、それ以上の苦痛を思うとぞっとしない。
 尿道を拡張しつつ放出を堰き止めるブジーのタイプと、コック全体を戒める装着具の種類を聞いてくるだけで正気の沙汰ではないのに、シギは何食わぬ顔をしているのだから、こちらもどんな反応をするのが正解なのかわからなくなる。
「どんな態度でも許されると思うなよ」
 青ざめるフユトから興味をなくしたようにシギは言って、再び電子端末の画面に目を戻した。
 先の問いかけがどこまで本気かは知らないが、シギならフユトが忘れた頃にさらっと持ち出して来そうで、昏い期待と悦びに、昨夜の微熱が疼く気がした。
「……悪かったよ」
 未知の感覚に思いを馳せつつ、シギのことだからフユトが本気で泣き喚いたってやめはしないのだと想像しながら、大人しく詫びる。
 それはそれで悪くない。徹底的に攻められたいときは、わざと悪態をついてやろう。中指を立てて舌を出し、口汚い言葉で挑発し、雄の機能が駄目になるまで教え込まれてみたくもある。
「まだ出だしだってのに手詰まりだってよ」
 取り敢えず、思考を仕事に切り替えて、フユトは大きく溜息をついた。
 別に、標的の偵察なんて手間を掛けず、帰宅時に尾行して襲撃してしまっても構わないのだ。依頼の真偽など、金が動いた以上はどうでもいい。フユトなら三日もあれば事足りる仕事だ、単なる殺しの依頼であったなら。
 今回は標的に肉体的、精神的ダメージを与えて、依頼者に縋らせるのが最終目標だから、こんなにややこしい段階が生じている。どこぞの物好きに売り払うだけなら、達磨にするなり薬物漬けなり、方法はあるが、特定の誰かに頼らせるなんて、どうしたって筋が書けない。
「お前の知り合い、誰か借りられるのいねーのかよ」
 フユトが使える手駒では不足している。
 ちらりとシギに視線を向けると、
「高いぞ」
 マージンを要求された。
「……ケチかよ」
「聞こえてる」
 フユトがぶすくれて呟いた言葉にまで反応されては、言い返すことも出来ずにむくれるしかない。
 押し黙ったフユトの機嫌を伺うように、その後、シギが二度ばかり視線を寄越したけれど、完全無視を決め込んだ。
 目の前で可愛い恋人が困っているというのに、助けてもくれないのがシギだ。そうだ、こいつはセックス以外のときは人でなしだったんだと改めて思いながら、上手く偵察をこなせそうな知り合いを片っ端から頭に浮かべてシミュレーションする。せめて、前金をもう少し吹っ掛ければ良かった。全て後の祭りだ。
 フユトが何度目かの溜息を、これみよがしにつくと、
「鬱陶しい」
 シギから棘のある声が返ってきた。
「誰もお前に協力しろなんて言ってねーだろ」
 すかさず噛み付いて、フユトはシギを睨め付ける。
「俺に物を頼むときの言い方も忘れるのか、お前は」
 思いの外、シギの胡乱な瞳がこちらを見て、フユトは口を噤んだ。
 ベッドの上では散々、お願いもお強請りも乱発するくせに、気持ちいいことだけを求めて欲しがるくせに、素面になった途端、全てを忘れる色狂いか。
 言われずとも、シギの瞳にそれだけの情報量を読み取ったフユトは俯き、
「どうせ俺には可愛げなんかねェよ」
 不貞腐れた。
 だって、シギには甘やかされていたいのだ。無理に強がる必要はないと教えてくれたから、上手く言葉にできないことまで察してくれるから、シギだから、甘えてしまう。
「拗ねるな」
 電子端末を畳んで溜息をつき、シギが傍に来てくれる。俯くフユトを上向かせると、機嫌を取るように額へ口付けて、
「ビジネスなら対価が必要なのは、わかるな?」
 諭すように言い聞かせてくれる。
「……高いとか言うからだろ」
 フユトがそれでも尚、機嫌を直さずにいると、
「俺の上がりはどうでもいいが、小遣い程度で狙い通りに動く人間はいない、そういうことだ」
 認識が甘すぎると言われたようで、より不機嫌になる。
「前金で百なんて言える相手じゃなかったんだよ」
 ふ、とシギが笑った。フユトが拗ねた眼差しを上げると、
「だから、全てを話したほうがお前のためになる、何度言ったらわかる」
 言って、ゆるりと口角を上げたシギが、仕方ないなと言う代わりに、フユトの耳元へ顔を寄せ、囁く。
 フユトは耳の縁を赤くして、
「何が俺のためだよ」
 恨みがましい目でシギを見た。
 高級店が犇めく歓楽街に程近い駅前が、指定された待ち合わせ場所だった。半同棲のホテルからはターミナル駅で環状線に乗り、二十分といったところだ。
 待ち合わせの相手は探すまでもなく、すぐに見つかった。ただでさえ高めの身長が、履きこなすピンヒールで更に十センチは上乗せされ、フユトとほとんど変わらない。三十を折り返したのにスタイルは崩れず、綺麗な曲線美を強調するようにタイトな服を着ているから、道行く男の視線はずっと彼女に注がれている。
 さすが、SMを専門とした風俗店で長年、人気の女王をやっているだけあって、色気も貫禄もばっちりだ。並ぶこちらが気後れしてしまう。
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