Certain Holiday-2

文字数 2,138文字

「この間の続き観ようぜ、何だっけ、ほら、あの……」
「街が(はらわた)色になるあれか」
「そう、あれ」
「どうせ観るならリアリティのあるスプラッタにしろ」
 他愛もない話をしながら、フユトはシギがすぐ隣に座るのを受け入れる。これが他の誰かだったら間違いなく間合いを逸らすだろう、ほぼゼロ距離を。
「仕事で散々スプラッタしてんだよ」
 シギの言葉に、フユトはげんなりと答えて、
「……それとも、久々に、する?」
 意味ありげな視線を、能面のシギに向けた。
 この関係がまだ一方的だった頃は、シギの精力は底なしなのではないかと思っていたけれど、どうやらフユトの抱える本性が暴かれる前だったというだけで、シギのそれは至って一般的なのだろうと思う。もしかすると、同年代の成人男性と比べたら、フユトのほうが旺盛で、シギは淡白かも知れない。
 シギに嫌々従っている体裁を保っていた頃は、自分から積極的に誘う日が来るなんて、思ってもみなかった。あの頃は、フユトの潜在的な好奇心や探究心より、自分の体を内側から作り替えられてしまう恐怖や不安が先に立ったこと、自分が兄に強いた現実を突きつけられる苦行から逃げたかっただけのような気がする。
 兄と同じ場所に堕とされてしまったら、先が見えない。フユトは兄のように謙虚でも素直でもないから、嘘で固めた現実にしがみつかなければ生きていけない。
 フユトの深層の怯えを嗅ぎ取り、薄皮を一枚、一枚、丁寧に剥ぎ取るように、シギはあらゆる手段で、フユトに自らの素顔を教え込んだ。淫らで、浅ましく、誰かの手によって翻弄されることが大好きな、救いようのない狗だと。
 そんなお前を掬えるのは俺だけだと。
 シギの膝に向かい合わせで抱かれてキスをしながら、好みを知り尽くした正確な手つきに溺れる。胸元を彷徨う左手と、充血する海綿体を弄する右手。膝から落ちないように肩へと回した腕だけを命綱に、キスと、手淫と、愛撫を甘受する。
 さっきから瞼が震えっぱなしだ。睾丸の収縮、尖端の膨張、海綿体の硬直の何れかを察知するたび、解放の予兆は強制的に遠ざけられる。極限まで高められてからの寸止めでないのが救いで、吐精への欲求を炙られる過程はこの上なく好きだ。普段は受け身のキスも、シギの口腔を攻めるくらいには積極的になる。
「……そろそろ、出そ……」
 付け根が痛むくらいに舌を吸われてから顔を逸らし、シギの肩に額を預けて、フユトは敗北を宣言する。かつての争うようなセックスはしないけれど、追い詰められるのが負けのように思うのは、今も変わらない。
「早いな」
 シギが嘲るように煽るので、些かカチンと来つつも、
「さっきからずっと、イイトコばっか……」
 弱点を知り尽くした指に抗えるはずがないと、降参する。
 腰がガクガクしてきた。胸元と屹立を攻める手の左右を入れ替えられ、裏筋に沿って逆手で扱かれるのは弱い。右よりも左が弱いことだって、だいぶ昔に見極められている。服に擦れたまま、ずっと触って欲しかったところを、指の腹でそっと撫でられるだけで、ビリビリと腰の奥に電流が走る。締まりの悪い口元から唾液が溢れそうになって、慌てて飲み込んだ。もう、余裕がない。
「は、っ」
 鋭い気配に吐息して、シギの首に抱き縋りながら、
「イっても、いい……?」
 飼い主の機嫌を伺うように吐精の許可を求めるのは、もはや通過儀礼だ。勝手に絶頂して仕置きされるのもいいが、酷いことをされたい気分では、まだ、ない。
「好きなだけ」
 どうやらシギの機嫌は上々らしい。これはこれで体力の限界を超えるまでドロドロに蕩けさせられるのだろうが、悪くはない。
 利き手じゃないぶん、いくらかぎこちないシギの左手に自分で好きなように擦り付けながら、許された瞬間に向けてひた走る。あまりに必死すぎて、途中でシギの機嫌が変わってもいい。今は何より、目の前に控えた瞬間が大事だ。
 ぞく、と脊髄を逆流して脳幹を揺さぶる衝撃と、一気に高みへと突き抜ける鋭い愉悦。洩れそうになった声をどうにか噛み殺し、シギの僅かに冷たい手中へと、何度かに分けて出ていく吐精の実感に酔う。
「……きもちぃ……」
 弛緩した体全体をシギに預けながら、完全に気を許した状態で思わず呟くと。
「気を抜きすぎじゃないのか」
 くつくつと喉で苦笑しながら、受け止めた左手をフユトの腹でぞんざいに拭ったシギが、
「こっち向け」
 獰猛になりつつある声音で命じる。
 この、他者に有無を言わさぬ威圧は、彼のどの部分から出るのだろう。生まれつき持ちうる気質のようなものなのだろうか。
 延々と我慢させられるときの、心からの希求を切り捨てるときの、血が凍るような絶望感を孕む声。フユトの嗜好を満たす、嗜虐に富んだ声。
 肩に預けた額を怖ず怖ずと上げて、真正面からシギを見る。座る位置と、生まれ持った座高の違いで、フユトが見下ろす形になる。シギはフユトを見上げ、場を支配する調教師の笑みを綺麗に浮かべている。
 熱が上がる。ありもしない子宮が収縮するように、腹の底がきゅんとする。
「ほら、」
 唇の縁に触れそうな位置へと差し出されたのは、残滓を纏う濡れた指。
 総毛立った毛穴が一斉に開く。
「舐めろ」
 ぞくん、と身震いとは違うものが、脳へ突き抜けた。
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