collector-3

文字数 1,029文字

 シギの虚ろな視線の先で、薬叉は磨いていたグラスを静かに置くと、新たなグラスを手に取って磨き始めた。
「……喋りすぎましたな、忘れて下さい」
 己を恥じる横顔から目を逸らす。
 コレクター、と、薬叉は自らの職業を述べた。ハイエナという蔑称に近い俗称は、薬叉が最も嫌う単語だった。
 ハウンドが狩った獲物を横からかっ攫っていくと思われがちだけれど、ハイエナの狩りは連中より残忍だ。死骸を奪って死肉を喰らうだけではない。狩りの成功率や頻度がハウンドより少ないだけなので、いつしか解体屋をハイエナと呼ぶようになったことは、養父からも教えられた。本来の呼び名はそれぞれによって違う。卸問屋と宣う者。禿鷲と名乗る者。仲人なんていう呼び方もあったらしい。
 蒐集家。偏屈で几帳面な男には似合いの名乗り方だ。今はしがないバーのマスターで、最盛期の残忍な面影は片鱗もないが、解体屋を引退したところで彼の根っこは変わらない。ぱっと見は気の弱そうな禿げオヤジなのに、口を開いた途端、無機質な印象を与えるところが何より気に入っている。何とはなしに醸し出される重厚な渋みや色気は、或いは彼が他人と距離を置き、自らが傷つかないよう必死に守っているが故のものなのかも知れないと思うと、シギはますます、この男を手離したくなくなっていく。オオハシが定年を迎えるように、薬叉もまた、いつかはシギの下を去っていくのだとしても。
「相変わらず、趣味は酒か」
 みっしりと並ぶボトルを見やり、シギはさり気なく話題を変えた。
 バーカウンターに面する棚には、あらゆる種類の酒が揃っている。その大半は店のために仕入れたものだけれど、四割ほどは薬叉のコレクションだそうだ。
「金と同じで裏切らず、金より品のいい蒐集物ですから」
 なるほど、薬叉らしい考え方だとシギは思う。札束を集めて愛でるより、古酒の類を集めて愛でたほうが見栄えも印象もいい。
 カウンターに行儀悪く頬杖をつきながら、シギはずらりと並ぶボトルの数々を一通り眺めたあと、
薬剤師(ファーマシー)に頼んで調合した薬だ」
 小さく畳まれた薬包紙を薬叉に手渡す。
 これは何に使うのかと表情で問う薬叉に、シギは黙っていれば中性的な美形の顔を悪辣に歪めて嗤う。
「ちょっとした小細工だ、中身はギリギリ合法だから案ずるな」
 全てを言わずとも、薬叉は悟ったようだった。そして、オオハシのように呆れた溜息をつくと、
「私情に部下を使うのは宜しくありませんな」
 と、らしくなく説教を垂れるのだ。








【了】


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み