Gemini-8
文字数 1,346文字
沈黙が堪らず、ちらり、と視線を向けると、シュントはとっくに顔を上げて、カフェの前の往来より、遠くに視線を投げていた。それは、籍を入れるという誰かを思っているからだろうか。かつての想い人の傍らで、フユトが気ままに自由に生きていることへの感慨だろうか。
「……ごめん、」
何だか急に切なくなって、フユトはぽつりと呟いた。きっと聞き取れないだろうと思うほど小さい声だったのに、振り向いたシュントが意外そうに目を見張って、慈しむように笑う。
何についての謝罪なのか、説明しなくても、シュントには全てのニュアンスが確かに伝わったようだった。だから、二人の距離はこれが正解で、近すぎても遠すぎてもいけない。ようやく見つけた適切解は、けれど、フユトの心臓を僅かに締め付ける。
守ってもらったのに、何も返せなくてごめん。守ってやれなくてごめん。つらい思いをさせてごめん。ずっと謝りたかったのに喧嘩別れをしてしまってごめん。シュントのことを忘れたように幸せになってごめん。
言いたいのに言えない全ての思いに眉を寄せていると、
「……莫迦だな」
わかってるよ、と言いたげにシュントが答えた。
「お前が謝る必要なんかない」
穏やかな顔のシュントを、やっと正面から見つめて、フユトは無言で頷いた。
薄曇りの空では飛翼の影も、飛翼が吐き出す雲も見えない。また何ヶ月かしてシュントが街に来ることがあれば、会えたら会おうとは思うけれど、連絡先は聞かなかったし教えなかった。双子だから互いの生存くらいは何となくわかるのだ。どういう環境であれ、幸せでいてくれたらそれでいい。互いが互いの幸せを遠くから祈ることのできる距離が、今はとてつもなく心地良い。
「相変わらず不器用で見てられないな」
と言ったのは、シュントと二人で話した日の夜のシギだった。
フユトは随分、酷い様子をしていたらしい。シギの瞳に映るのは理由なくむくれた自分の顔で、気を遣わせてしまっていると、少しだけ申し訳なく思う。
「言いたいことの半分も言えなかった、そうだろう」
立ち尽くすフユトの頬を冷たい指が撫でる。耳を擽られるまま、子どもがするようにコクンと頷くフユトに苦笑して、
「今日はどうされたい?」
シギが甘やかす声で尋ねてくる。
こういうときのシギは、就寝前のルーティンになっている雑務を放棄すると知っているからこそ、シギの手に手を重ねて猫のように頬を擦り寄せ、むくれた顔のまま、
「……傍にいるだけでいい」
視線を逸らして命じる。
「いるだけ?」
「……うん」
「何もされたくないのか」
言えないフユトのために深掘りしてくれるシギの言葉に窮して押し黙ると、
「キスされたい?」
尋ねられるから首を振る。嗚呼、本当に手間がかかる奴だと自分で思う。
「一緒に寝るか」
首を振る。
「風呂は?」
また首を振る。きっとシギはわかっていて言わないのだ。確信があるからこそ、こちらから背中に腕を回して抱きついたあとに、
「……抱っこ……」
幼児返りした要求をぼそりと告げる。
ふ、とシギが耳元で笑う。いつぞやの自分がシギにしたように、シギの細い指がフユトの後ろ髪を撫でて、
「いい子だな」
素直で脆弱なフユトを褒めそやしてくれるから。
息ができなくなるくらい、その身体にしがみついた。
【了】
「……ごめん、」
何だか急に切なくなって、フユトはぽつりと呟いた。きっと聞き取れないだろうと思うほど小さい声だったのに、振り向いたシュントが意外そうに目を見張って、慈しむように笑う。
何についての謝罪なのか、説明しなくても、シュントには全てのニュアンスが確かに伝わったようだった。だから、二人の距離はこれが正解で、近すぎても遠すぎてもいけない。ようやく見つけた適切解は、けれど、フユトの心臓を僅かに締め付ける。
守ってもらったのに、何も返せなくてごめん。守ってやれなくてごめん。つらい思いをさせてごめん。ずっと謝りたかったのに喧嘩別れをしてしまってごめん。シュントのことを忘れたように幸せになってごめん。
言いたいのに言えない全ての思いに眉を寄せていると、
「……莫迦だな」
わかってるよ、と言いたげにシュントが答えた。
「お前が謝る必要なんかない」
穏やかな顔のシュントを、やっと正面から見つめて、フユトは無言で頷いた。
薄曇りの空では飛翼の影も、飛翼が吐き出す雲も見えない。また何ヶ月かしてシュントが街に来ることがあれば、会えたら会おうとは思うけれど、連絡先は聞かなかったし教えなかった。双子だから互いの生存くらいは何となくわかるのだ。どういう環境であれ、幸せでいてくれたらそれでいい。互いが互いの幸せを遠くから祈ることのできる距離が、今はとてつもなく心地良い。
「相変わらず不器用で見てられないな」
と言ったのは、シュントと二人で話した日の夜のシギだった。
フユトは随分、酷い様子をしていたらしい。シギの瞳に映るのは理由なくむくれた自分の顔で、気を遣わせてしまっていると、少しだけ申し訳なく思う。
「言いたいことの半分も言えなかった、そうだろう」
立ち尽くすフユトの頬を冷たい指が撫でる。耳を擽られるまま、子どもがするようにコクンと頷くフユトに苦笑して、
「今日はどうされたい?」
シギが甘やかす声で尋ねてくる。
こういうときのシギは、就寝前のルーティンになっている雑務を放棄すると知っているからこそ、シギの手に手を重ねて猫のように頬を擦り寄せ、むくれた顔のまま、
「……傍にいるだけでいい」
視線を逸らして命じる。
「いるだけ?」
「……うん」
「何もされたくないのか」
言えないフユトのために深掘りしてくれるシギの言葉に窮して押し黙ると、
「キスされたい?」
尋ねられるから首を振る。嗚呼、本当に手間がかかる奴だと自分で思う。
「一緒に寝るか」
首を振る。
「風呂は?」
また首を振る。きっとシギはわかっていて言わないのだ。確信があるからこそ、こちらから背中に腕を回して抱きついたあとに、
「……抱っこ……」
幼児返りした要求をぼそりと告げる。
ふ、とシギが耳元で笑う。いつぞやの自分がシギにしたように、シギの細い指がフユトの後ろ髪を撫でて、
「いい子だな」
素直で脆弱なフユトを褒めそやしてくれるから。
息ができなくなるくらい、その身体にしがみついた。
【了】
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