Thx, I love you.-8

文字数 2,373文字

 もちろん、フユトはすぐに従った。シギを跨いで向かい合わせになると、仕掛けられるより前に舌を差し出す。堪え性のない愛しい獲物の動きに、シギは失笑するように目を細めながら、その舌を自らの口腔へ取り込んだ。
 押し倒すわけでも、フユトが逃げるわけでもないのに、後ろ頭を支える掌の感触が落ち着く。シギがフユトの全ての動きや癖を把握しているように、フユトもまた、シギが与えてくれる全てを享受し、甘受する。
「それ、やだ……ッ」
 キスの合間に言葉では拒みながら、胸元を愛撫するシギの利き手の手首を掴む。指の腹で転がすように撫でられるだけで、背筋を走るゾクゾクが止まらない。
「ひ、ン……っ」
 フユトがキスから逃げた隙を突き、後ろ頭を支えていた手も胸元に回り、両胸にそれぞれ違う動きの愛撫を加えるから、喉の奥が引き攣った。
 びくりと仰け反る。フユトの反応から何がどう悦くて、次に何を望んでいるかを具に観察しながら、シギが甘やかしてドロドロに溶かそうとしてくれる。
 サディストの溺愛は地獄だ。悦さを感じるところは更に敏感に、何も感じなかったところは悦さを感じるように作り替えられる。そうやって、知らないうちに全身を性感開発されるから、泥沼に嵌ったフユトの身体には逃げ道なんてない。触れられるところの全てで、ぞわりぞわりと追い込まれてゆく。
「ぁ、キス、も」
 欲張るフユトを喉で笑って、シギは的確に唇を塞ぐと、愉悦に引っ込む舌を引き摺り出して甘噛みで扱き立てながら、愉悦に震える身体と本能的な腰の揺らぎを受け止めてくれるから。
 キスと愛撫だけで、軽く達することもできる。
「昨日もしたのに」
 勝手にイくなと叱られる気配はなく、くたりと脱力してシギの肩に顎を載せながら、フユトはさり気なく呟いてみた。
「ああいうので満足できるのか」
 フユトの乱れた呼吸と鼓動へのインターバルを挟みつつ、シギが機嫌良く尋ねてくるから、昨晩の荒々しさを思い返して、
「……偶になら、いいんじゃね」
 あれにはあれの良さがあると思いながら、けれどやっぱり、自分の輪郭を忘れそうになるほど溶かされるのが好きだと改めて実感しつつ、素直に答えた。
 かつて、シギに言われた通りだ。フユトは誰かに施す側ではなく、与えられる側が性に合っている。底なし沼に突き落とされて、何度も、何度も、終わりのない絶頂で死の気配を遠く感じるほうが、百メートルを全力で疾走する限度ある高みより、何倍も、何十倍も悦いと知ってしまったら、マウントを取られる屈辱なんてどうでも良くなる。
「逆上せる前に準備して来い」
 汗ばむフユトの後ろ頭を撫でながら、シギが甘い声で告げる。二日連続で本番をすることは滅多にないので、フユトは従順に頷きながら、征服される昏い悦びを思って震えた。
「……ッてる、イッてるって!」
 シーツに汚濁が撒き散らされる感覚に悲鳴を上げながら、それでも内臓を侵食する楔は粘膜の収縮を押し広げるように律動し、愉悦を法悦へと上書きする。脳内の神経細胞のほとんどがスパークするような鋭い極みの頂で、フユトの身体は痙攣するような震えを止めない。ようやく降りられる、と思うとすぐに昇らされるから、呼吸も鼓動も休む間がない。身体中が強ばって痛いくらいだ。
「も、早くイけよ、クソ……っ」
 喘ぎには程遠い罵倒をしながら、脳裏を白く灼き尽くされる。四つ這いを保っていた腕からも足からも力が抜けた。ぺたん、と身体の前面がシーツに落ちて、縋るように掻き毟る。
「お前が締めすぎてイケない」
 腹這いのフユトを尚も攻めながら、シギが遅漏の責任を全面的に押し被せるから、
「知るかボケ、ぁ、イく……ッ」
 フユトはまた、何度目かに極まる。それがドライかウェットかなんて、もうわからない。酸欠と脳内麻薬の分泌過多が続いている。死ぬ、と薄っすら過ぎる予感に絶頂と共に震えて、堕ちる、と思う間もなく下降する意識が暗転に向かう頃。
 脱力しきったフユトの腰を腕で支えたシギがようやく、本当にようやく、奥の奥を抉るように突き上げて、重く、甘く吐息した。
 粘膜が蠢動し、シギの体液を受け止めた薄膜を舐めている。ラテックスの質感は肌で触れるほど明らかではなくとも、僅かな皮膜に隔たった熱源の生の肉感を思うと、少しだけ恨めしい。昨晩、この口で愛撫した屹立は、まだ芯を失ってもいないのに、フユトの中から出ていこうとする。倦怠によって眠気を誘われつつ、離れる体温が寂しくて、行って欲しくないと思った。排泄器官の収縮を司る肉輪がきゅんとした。
 一目惚れした相手が、自分の与り知らぬところで事故死し、同じ顔と身体で別人が目の前に現れたら、どんな心地がするだろう。
 バスタブに浸かりながら見た作品の冒頭の展開をなぞって、微睡みを揺蕩うフユトは漠然と思う。
 傍らにいるのはシギだけど、同じ顔と身体の別人になってしまったら嫌だ。尊大で、非道で、魔王のようで、けれど恋人には極端すぎるほど甘くて、性質の悪いストーカー気質で。そんなシギだからこそ飼われているのに、甘い睦言を囁くだけの誰かになってしまうのは嫌だ。同じ顔と身体の持ち主を殴ってでも、あのシギを返せと詰め寄ってやるんだ。痛いことも苦しいことも酷いことも、加減を知り尽くしたシギだからこそ、欲しいのに。
「……寝てていい」
 微睡みながら、無意識に、本能的に伸ばしたのだろう手がシギの肌に触れて、俄かに目が覚める。情事の後始末に動こうとしているだろうシギの宥める声が耳に優しい。
「……いいから、」
 指を絡めて掴む。起きているのに目は見えない。どうにか声だけで繋いで、
「そんなのいいから、抱っこしてて……」
 正気だったら言えない本音を伝える。
 ふ、とシギが笑った。駄々を捏ねてグズって止まない幼児を、仕方ないと愛おしむような声だった。

【了】
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