Frozen Rose-1

文字数 2,138文字

「ねぇ、コトちゃん」
 と、トーカねえさまが言った。あの人、貴方、この子、その子。あたしと同じく、絶対に人の名前を呼ばないねえさまが、あたしの名前を呼んで。
「あなたは素直ないい子だから、わたしの言うことを絶対だと思わないで欲しいの」
 トーカねえさまとお付き合いしようと決める一か月前、ねえさまはそう言って、向かいに座るあたしに、悲しく微笑んだ。
「コトちゃんが思うほど、わたしは綺麗に生きていないし、優しいお姉様でもないのよ」
 あたしは首を振った。トーカねえさまはトーカねえさまで、あたしにはそれ以外のことなんか、どうでもいい。
 今まで、あたしを好きだという人と、何となく付き合ってセックスしてきたけれど、あたしと同じでみんな自分勝手で、あたしのお金を盗んだり、セックスするのに殴ったり、奥さんと子どもがいるのにゴムなしで中出ししたり、そんな人たちばかりだった。
 ほらね、あたしもキレイじゃないよ。
 あたしを産んだお母さんは実のお父さんと別れたきり会ってない。実のお父さんは二番目のお母さんと別れたきり会ってない。二番目のお母さんの恋人だっておじさんに処女を()られて妊娠して、殺されそうになって逃げ出した先で始めたのが風俗で、お腹の子も産んであげられなかったあたしは、全然キレイじゃない。
 好きって気持ちがどんなものかも知らないくせに、トーカねえさまを好きだと思うのは、トーカねえさまが優しくしてくれるから。あの街で知り合ったおにーさんみたいに、あたしのことを気にしてくれるから。
「でもね、コトちゃん、わたしはあなたが好きよ」
 トーカねえさまはきっと、あたしを産んだお母さんと同じ顔をして、あたしに笑ってくれた。だからトーカねえさまの好きに嘘はないし、あたしも、トーカねえさまと一緒に居たいと思う。
「あなたには絶対にひどいことをしない、つらい思いもさせない、だから、わたしと付き合うことを、少し考えてみて欲しいの」
 トーカねえさまは、あたしを好きだと言ってきた人たちみたいに、すぐに好きだと言わせなかった。考えるってことがどういうことか、あたしにはイマイチわからなかったけど、トーカねえさまの真っ直ぐな目を見ていたら、簡単に好きだと言っちゃいけないんだなって思えて、
「うん」
 考えることに頷いてみた。

  Frozen Rose

 可哀想な子、と言われてきた。
 あたしのどこがかわいそうなのか、あたしには今でもわからないけど、二番目のお母さんも、二番目のお母さんの恋人のおじさんも、逃げ出した先で一緒になった立ちんぼさんも、お店に入れてくれたスカウトの人も、あたしのことをかわいそうだと言った。
 お母さんがいないから、お父さんがいないから、コイビトじゃない知らないおじさんと初めてえっちしたから、子どもができて殺されそうになったから、死にたくなくて逃げたから、子どもを産んであげられなかったから、好きだと言うお客さんとすぐに付き合ってしまうから。
 あたしにはわからない。だって、それがあたしだから。あたしはあたしをかわいそうだと思わない。だって、あたしはあたしだから。
 お客さんと付き合うのは三回目だった。パネル指名で知り合った男の人。
 初めましてのとき、かわいいから好きになっちゃった、本当はダメだけどえっちしたいと言われて、お店で禁止されてるセックスをした。男の人が穴に挿れて出してをするのがえっちだから、あたしはいいよと答えた。ゴムをつけると萎えちゃうからそのままがいい、と言われて、あたしはいいよと答えた。最後まで気持ちよくなりたいから中で出したいと言われて、あたしはいいよと答えた。終わったあと、ぎゅっと抱きしめられながら、もっと好きになっちゃった、付き合いたいと言われて、あたしはいいよと答えた。
 その人はえっちがしたくなるとあたしに連絡してくる。会いたいと言われたら、お店を急に休んででも会って、あたしの部屋のあたしのベッドで、あたしの穴に挿れて出してをさせてあげる。その人のがぐーっと大きく硬くなって、中でドクドク言うのを感じるまで、その人の顔を見つめてる。
 男の人は白いのを出すと眠くなるみたい。その人もあたしの中に出したあと、いつも三十分くらい寝て、楽しかったよと言いながら服を着て、帰っていく。そんなことを何十回もした頃、その人が寝ている間、たまたま枕元に置いてあったその人の端末が光って、可愛い女の人が小さな子どもを抱いてる写真が見えた。あっ、と思った。
「奥さんがいるの?」
 次にその人と会ったとき、あたしは聞いた。別れて欲しいとか、そういうつもりじゃなかったのに、その人は急に怖い顔になって、
「勝手に見たのか」
 あたしの頬っぺをグーで何度もぶって、
「お前が好きなのは本当なんだよ、別れるとか言わないでくれ、俺にはお前だけなんだよ、お前が必要なんだよ」
 そう言いながら、あたしを押さえつけてえっちして、中に出しても終わらなくて、二回目、三回目に中に出されたあと、やっとあたしから離れたと思ったら、ぎゅっと抱きしめて、泣き出した。
「好きだよ、好きだよ、俺にはお前だけなんだよ、信じてくれ」
 その人がそう言うから、
「わかった、いいよ」
 あたしは答えた。
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