喵喵-4

文字数 2,324文字

 フユトはほぼ涙目でそれを拒んだ。
 見せつけるように、デニムと下着を下げられる。熱と芯を持ち始めた屹立にシギの右手が添えられて、上向きに固定される。唇に押し付けた手の甲の隙間から吐息を漏らしつつ、シギの行動を見守るしかないフユトの視線の先で、絖る舌が、根元から裏筋を通って先端まで、緩やかに舐め上げた。
 時折、求められた際に、フユトからシギにしたことはある。質量のせいで内臓を掘削されるのが苦しいこともあるそれを、拙いながら口腔で慰めると、シギが満足げに見下ろす顔が拝めたし、フィニッシュも幾らか早いような気がしたから拒まなかったけれど、シギからフユトにされたことはない。
「まだ、シャワー行ってな……」
 衛生的な問題を理由にしようとしたものの、シギの視線は既にフユトを見ておらず、言い訳を遮るように裏筋にキスされる。
「や、ぁ、」
 最後に誰かにしてもらったのは、もう何年も前に娼婦を買ったときだっただろうか。
 生暖かい口内の粘膜に包まれ、唾液で程良く湿る口腔の具合は、膣に挿入するのと同じくらい気持ちいい。忘れかけていた感触が、娼婦のそれより巧みな舌技を披露するシギによって、再来しようとしている。抑えたくても声が出てしまうし、腰がびくつくのは条件反射だ。シギのそれには感じたことなどないのに、口内に取り込まれる寸前、汚いから、と拒みかけたフユトを、シギは許さなかった。
 ()たない。
 口内に溜められた唾液ごと、分泌物を啜りながらストロークされる。フユトの肉の感触を満遍なく味わうように纒わり付く舌が、雁の括れとエラを執拗に攻める。シギに悪いと思いつつ、突き出すように動いてしまう腰は止められない。素直に喘ぎながら、坩堝の只中にいるフユトは、放出の予感に背中と腰がびくつくのを感じて、
「で、る」
 限界を告げた。
 睾丸の収縮と海綿体の硬直、膨張が順番に訪れる。
「シギ、出る……ッ」
 絶頂の予感を告げながら、シギの頭に添えていた片手でくしゃりと髪を乱す。
「出るから離せって……!」
 尿でないとはいえ、精液も代謝する排泄物には違いない。娼婦には遠慮をしなかったけれど、飼い主には無体を働けないと警告しているのに、シギは目線で達けと命じる。それでも堪えるフユトを煽るために、シギが張り詰める双球を指先で刺激するから、
「イく……っ」
 極まる刹那、タイミングを見越したように、シギがフユトを根元まで咥え込む。先端が喉に近づくことでどうなるか、経験から理解はしていても、準備が整った衝動は止まらない。
 粘膜に触れる放出は至福だった。脈動と共に吐き出される体液を、シギは涼しい顔で受け止めつつ、より搾り取るように根元を何度か扱いた。恍惚の頂きに追いやられたフユトは、けだし、俄かに我に返ると、蒼白になってシギを見る。従順な飼い犬の様子に口角を上げたシギは立ち上がって、フユトの唇を塞ぎ、勘づいて怖じ気る口内へ、受け止めた全てを流し込んだ。
 独特な風味のある卵白を強制的に味わわされるように、フユトは嫌々ながらも、絡みつく体液を飲み下した。それは空気に触れなければ青臭くはないけれど、飲み込んだあとの不快感を思うと、まして自分の排泄物の後味なのだから、シギの白濁を飲まされるよりも嫌悪感は大きい。
「……ぅえ」
 素直に嘔吐くフユトを愉しげな眼差しで見つめながら、
「俺を軽く見た罰だ」
 シギが獰猛に笑った。
 口を濯ぎ、うがいをする許可をもらって、なるべく不快感を取り除いたあとは、シギはフユトを徹底的に甘やかすつもりでいたらしい。嫌になって顔を逃がすまでキスされて、フユトが再び欲情するまで、抱き留められる。
「どうして連絡して来なかった?」
 ソファの上。対面の形で膝に抱かれ、バードキスに浸るフユトに、シギがそれとなく聞いてきた。びく、と、わかりやすく身体を竦ませたフユトが目を伏せる。
 言葉にしなくとも、フユトの態度には、寂しかった、会いたかったの感情が滲み出ていることだろう。そんなになるくらいなら連絡して来いと言いたげなシギは、フユトの意固地の理由を知りたいようだった。
「何かあったら連絡しろと言ったはずだ」
 シギは責めているわけではない。そこは理解していても、フユトはますます、唇を固く引き結ぶ。再び険しく眉を寄せて俯くフユトの髪を撫でながら、
「思い詰める前に連絡しろ」
 労る声音で告げる。
 フユトが頑なな姿勢を崩さないのを見て、シギは微かに吐息した。やれやれと口角を上げて唇を寄せようとし、動きを止める。
「……さみしくなんかなかった」
 シギを制すように、あからさまな嘘をついて、フユトは奥歯を噛む。
「……寂しくなんか、」
「そんな顔で何を言ってる」
 どれだけ覗かれようと、フユトは決して、シギの瞳を見ない。
「さみしく、なんか、」
「フユト」
 思いのほか強いシギの口調に、フユトは全身を強ばらせる。また、いつもの癇癪で、シギを怒らせたのだと竦む。
「本当は、どうなんだ」
 逃げることを許さないシギの声に、フユトは一瞬、息を飲んで、尚、駄々っ子のごとく首を振った。
「寂しくなんかなかった……っ」
 シギは僅かに押し黙り、
「だったら、俺がヤるだけヤって戻るつもりだと、どうして思った」
 言葉を変えて追い込んでくる。
 フユトは全ての言葉を失う。
 関係を持った当初ならともかく、今のシギはフユトにだけ、ベタベタに甘い。フユトが望まなくたって傍にいることもある。お前は俺の何なんだと聞いたら、きっと、シギは恋人関係を婉曲な言葉で表現するだろう確信もあるのに、この時間を終わらせたくないとフユトが思ってしまうのは、いつも傍にいたからこそ、不在の時間が寂しかったからに他ならない。
 でも。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み