Certain Holiday-4

文字数 2,366文字

 どこを触られたいとか、どうされたいとか、そういう欲求は一旦、抜きにしてしまっていい。今、この瞬間に浸れる愉悦だけを受け入れていたい。
「悦さそうだな」
 時折、思い出したように前立腺を叩く指先に、背筋が微かに反り返る様を観察しながら、シギが聞くので、
「イイ、ずっとイイ……」
 夢見心地で答える。
 限界を超えて吐精を我慢し、ようやく許された屹立は、まだゆるりと芯を取り戻し始めたばかりだ。前立腺だけを的確に攻められ続けたら、きっともっと激しく乱れることもできるのだろうが、この曖昧模糊とした時間を揺蕩うのも悪くない。愉悦に満たない快感が、後を引くように続いている。次の壮大な絶頂に向けて、体が着々と準備している、アイドリングのような時間だ。
「シギ、」
 そんな時間がどれくらい続いたか、体感ではわからない。退屈したわけではなかったものの、ゆるりと顔を上げたフユトは彼を呼ぶと、
「俺もする……」
 倦怠を引きずる体を静かに起こして、どうにかシギの膝の上に座った。
「今日はいい」
 ぽやんと呆けた自分の顔が、シギの獰猛な瞳に映る。
 シギが額に口付けながら、フユトの気遣いを断ったのは、攻め落としたくなる強気が残っていないせいだろうか。
 宥めすかすように、唇を啄むだけのキスをされる。まったりした快感もいいけれど、そろそろ強い刺激も欲しくなって、
「……ベッド、行こ」
 シギの首筋に頬を寄せながら、囁いた。
 シーツの海を泳ぐ。枕を掻き抱いて溺れないように縋る。自然と逃げる腰を引き戻され、奥の奥を叩きつけるように穿たれ、身を焦がすドライに啜り泣く。
 シギを相手にしたセックスで、何度も死ぬような思いを味わってきたけれど、今回のは別格だ。悦すぎて殺して欲しくなる。
「あッ、そこ、やだ……!」
 腰だけを上げさせられる腹這いのためか、いつもより挿入角度が鋭角で、普段は届かないところにまでシギが挿入っている感覚になる。触れてはいけないところに先端が当たっている気がしてぞっとしない。なのに気持ちいいなんて矛盾している。
「死ぬ、しぬから、やめ……ッ」
 哀願めいた懇願を無視して、シギはしばらく、そこをゴツゴツと突き上げたあと、気が変わったとばかりにフユトを仰向けにして、背中の下に厚みのある枕を敷いた上で、繋がったままの腰から下を膝の上に載せる。
 あぁ、これ、ヤバいやつだ。女の子宮頸管(ポルチオ)を攻め込むときにする、深い体位だ。
 何となく直感はしたけれど、フユトには逃げる気力も、暴れる体力もない。
 前立腺を攻め立てられてトコロテンしても、中と同時に扱かれてウェットで達しても、精液の量と飛距離によっては、確実に顔へと届く、マズイ体位。
 いつもより深い場所を抉られる、苦痛に近い愉悦を我慢すれば良かった。殺してくれと願いたくなるほどの法悦も、過ぎてしまえばなんてことはないのだ。思っても遅い。
「いい眺めだな、フユト」
 我が意を得たりと言いたげに、シギが満足そうな口調で宣う。
「お前が駄目でも、俺がいる」
 蕩けきった顔を汚したくなる衝動は、同じ雄の獣性を持つフユトも理解できるだけに、
「いや、それは、……それだけはやめて欲しいっつーか……」
 口ごもると、
「俺の言うことは聞くんだろう」
 揚げ足を取られて口を噤む。
「今日は特にいいこだな」
 こればかりは、褒められても嬉しくなかった。
 意識が泥濘に沈んでゆく。
 あれからドライで三度、ウェットで二度、追い詰められた。慣れない屈曲位で腰が壊れそうに痛いのに、内臓の構造まで詳細に把握するシギは悪鬼のように追い込み続け、フユトが失神する一歩手前になってようやく、最奥で爆ぜた。
 恐れていた事態──顔に体液がかかるような──はどうにか回避したものの、これで明日から仕事なのかと思うと、誘うタイミングを見誤った自分が許せない。し、手加減や妥協をしないシギもどうかしている。
 お前は現役じゃないし、挿入(いれ)る側だからいいけどな、と内心で毒づきつつ、事後にとことん甘やかされて、機嫌を取られるのも何より好きだ。
「……え、」
 人馴れし始めた野良猫が顎を擽られて差し出すように、シギに横髪を撫でられながら、時に耳の軟骨を揉まれて覚醒と微睡みの合間を揺蕩っていたフユトは、ふと目に入ったシギの携帯端末の画面を見てぎょっとする。
 時刻は間もなく、日付を跨ぐ。
「喜べねェ新記録……」
 言いながら、深く嘆息すると、
「明日も休め」
 シギが傍らに横たわって抱き寄せてくるから、されるがままに任せ、無責任な奴だと舌打ちしてやった。
「俺も明日いっぱいなら時間はある」
 シギが二日連続で予定を入れないのは珍しい。
 思ってもみない囁きに、咄嗟に目線を上げてシギを見る。フユトが無事に寝付くまで、片肘で頭を支えながら観察するつもりだったらしい彼は、怒りや雑念を含まない綺麗な微笑に両方の口角を持ち上げ、いとしい獲物の驚愕を受け止めている。
「けど、お前、仕事……」
「俺がいなくても回るような仕組みは作ってある」
 フユトがよく知るシギの姿は、誰も信用しない、鉄壁の支配者でしかなかったのに、ここ数年の彼は雰囲気もだいぶ柔らかく、丸くなった。昔の彼しか知らない人間からしてみたら、堕落したと思われるだろうが、フユトにだけ徹底的に甘いシギのそれとない優しさは、いつだってこそばゆい。
「責任取れよ」
 面映ゆさを隠すように、フユトは敢えて拗ねたような口調で言って、シギを睨む。
「わかってる」
 いいから早く寝ろと回される腕に後ろ髪を梳かれながら、鎖骨の少し下に額を当てると、シギの肋骨の奥から響くゆったりした心音を感じて、催眠術でも掛けられたように安心して意識を手放した。
 たまにはそんな日もあっていい。彼はフユトの反抗も、反発も、甘えも、打算も、全てを愛してくれるから。

【了】
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