Certain Holiday-3

文字数 2,549文字

 物理的な痛みより、他者の自尊心を踏みにじって辱めるほうを、シギは好むらしい。或いは、フユト自身が鞭打ちや蝋燭といった痛みによる調教の鉄板を好まないから、精神的な辱めを選ばざるを得ないのかも知れない。
 自然と上がる息を自覚する。何年か前なら強気に突っぱねて、命令を拒む権利がないことを体で覚えるまで、延々と飲精させられただろうけれど。
 卵白のような粘り気を持ち、青みのある匂いは空気に触れると生臭く変わり、カウパー氏腺液のような僅かな塩味と独特のエグ味は、何度か飲まされたことがあるので知っている。喉の粘膜をゆっくりと滑り落ちるようなそれは、決して好きではないし、ましてや自分のものだから、感覚的には排泄物と同等だ。
 けれど。
 舌を伸ばした。指の股から爪の先まで、そっと舐め上げる。徐ろに、一本だけ口に含んで吸い上げるようにしながら舐ると、上機嫌なままのシギがそっと、くすぐるように耳朶を撫でてくれる。
 体の輪郭がわからなくなるまで、グズグズに甘やかされたい。今日はそういう気分だった。
 汚れたシギの左手から、取り敢えず残滓を全て舐め取ってみた。舌を支配する味は吐き気を催すほどだけれど、本当に吐いてしまうわけにはいかないので堪える。
 聞き分けのいい忠犬の舌を、唾液に濡れた左の親指と人差し指で摘んで引き出し、押し潰すように力を加えながら、
「いいこだな」
 小型犬なら嬉しさのあまり粗相してしまうような褒め言葉を、シギが忠犬に囁く。
 味蕾に軽く爪を立てて引っ掻くように扱き立てられると、刺激によって溢れる唾液を滴らせたまま、フユトは恍惚に目を細めて、駄犬にとっては最上級の褒美に背筋を震わせた。
「どうされたい?」
 シギが甘い声で耳元に囁くのは、わざとだ。長い付き合いで知り尽くした手管なのに、フユトは未だ、これに抗う術を持たない。
 舌を解放され、唾液ごと震える呼吸を飲み込んで、耳の縁から耳孔までをねっとり舐めるシギの舌に背筋を粟立てながら、
「いい子にするから……」
 厚みのある広背筋に爪を立て、溺れてしまわないようにしがみつく。
「シギの言うことちゃんと聞くから、悦くなりたい……」
 耳元でシギが嗤った。
 殊勝な言葉を選びながら、その実、悦くなれなかったらお前のせいだと責任転嫁する、不遜な性奴を。放埒な淫魔さながらの、天性の娼婦の言葉を。
 リビングのソファで飽きるほどキスをしたあと、浴室に移って、ふやけるほど愛撫される。浴槽を溜める間、シャワーの真下で何度も追い上げられつつ、肝心な絶頂は逸らされる。首筋を尖った舌が力強くなぞるたび、膝が精巣をすり潰すように会陰を探るたび、何度か限界を訴えたものの、シギがフユトの懇願に言葉で答えることはない。
「ぁ、もう、無理……ッ」
 ボディソープの泡に包まれる屹立を、もう何度、シギの的確な右手が往復したのか、数えることも覚えることも出来ていないのに、弱音を零すフユトを彼は許さない。
「また綺麗にするから、全部ちゃんと舐めるから……ッ」
 きちんと吐き出せたのは、リビングのソファの上で、たった一回だけだった。
 浴室の壁に接する背中が、軋む欲望によって反っていく。限界に近づき、通り越し、理性も本能もヒビ割れさせて、その先の無限で収まるべき場所をなくした爆発物のような、膨らむばかりの欲求が神経を灼く。
「ぉ……ねがい、します……ッ」
 フユトは最早、決して口にしたくない言葉に頼らなくてはならないほど追い詰められているのに、シギの手淫は容赦をしない。
「限界、だから、イ、かせてください……ッ」
 両足が馬鹿みたいに震える。しがみつかれるシギだってつらいはずなのに、この男は痛覚がないから、フユトがどんなに必死なのか、気づいていないのかも知れない。
 早く許して。良しと言って。我慢できずに出してしまったら、今度はきっと、許すまでイキっ放しにするんだろう。
 爪で肉を抉る感触がした。ブツブツと音を立てて、理性も本能も、脳の奥底から灼き切れていく。
「……ッ」
 シギの肩に噛み付く。破裂しそうな欲求に流されまいと、必死で食らいつく。言うことを聞くと言った手前、黙ったままのシギの許しなく、勝手なことは出来ないし、したくない。
 痛い、苦しい、つらい、失神してしまいたい。
 限界の更に先の境地で、フユトが薄っすらと思った矢先、
「イけ」
 待ち望んだ声に痙攣した。
 二回目の吐精は、一回目より僅かに多かった。我慢を重ねたぶん、粘膜が充血しすぎていたのか、一回目のそれよりも軌道はメチャクチャで、粘度も濃い。
 シギの肌にも飛び散った残滓が、瞬く間にシャワーの水流で流れていくのを、何処か残念に思いながらぼんやり見送っていると、
「今日はやけに頑張るな」
 あまりの愉悦と解放感の余韻に浸ったままのフユトを覗き込み、呆けて蕩けた目尻にキスをするから。
「……言うこと聞くって、言ったから」
 シギが何を聞いて、自分が何を言っているのか、半分は理解できないまま、こめかみに触れて耳たぶを食む、唇の感触だけを辿る。
 キスして、触れ合うだけのセックスも、キスして触れ合って、挿入されるセックスも好きだけれど、慌ただしく忙しなく、嵐のように過ぎ去るようで、実は物足りない。脳の奥深く、海馬の底の長期記憶や無意識にまで焼き付くくらい、長く、優しく、烈しいセックスも、たまにはしてみたい。そのためなら、フユトは我欲を脇に置くことに専念できた。誰も知らない未踏の境地に辿り着きたいと願う、果敢な冒険者のように。淫靡な好奇心に忠実な夢魔のように。
 しばらくは使い物にならないだろう屹立への刺激はそこで中断され、人の微熱くらいの微温湯を中ほどまで溜めた浴槽では、シギの体に正面から凭れるように座らされ、腰を突き出すような姿勢のまま、延々と、後孔の入り口と浅瀬、前立腺付近を攻められる。直腸を湯に犯される心許ない感覚に怯えるフユトの、挿入されることをすっかり覚えて馴染んだ粘膜を、シギの中指と薬指がくにくにと解す。
「ぁ、ぁ、ぁ、」
 垂れ流しの嬌声に羞恥を覚えていられたのは最初の十数分で、高ぶらせるでもなく、入り口を広げたり閉じたりして脅かすでもなく、先の刺激よりは緩慢ながら、ひたすら気持ちいい状態が続いている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み