お気に召しませ。-5

文字数 2,541文字

 もう何十回としているのに、一回あたりがそれなりに長いのに、何度キスされても飽きないどころか足りなくなる。息継ぎに離れる舌が惜しくて追いかけると、苦笑されながら舌を食まれて、緩く扱かれるだけで何度も甘く達している。
「ぁ、すき、シギ、好き……ッ」
 合間に何度も何度も伝えた。それでも足りなくて言葉を重ねると、もうわかったとばかりに指を絡めた手を握られて、そのたびに目尻からこめかみへと伝う雫がある。
「は……っ、悦い、またイく、イく……ッ」
 シギの手を握り返し、繋がる粘膜がさざめくまま、限界を知らない絶頂を迎える。達している最中もシギが抉り立てるので、深く、強く、高く、上書きされていく。
 出なきゃならない、と言って、甘やかしたくないと告げながらこめかみにキスしたシギの腕を咄嗟に掴んでしまった。振りほどかれると覚悟したのに、シギはそれを受け入れ、フユトの言葉を待つように見つめてきた。
「……行かなくていい……」
 決定権はフユトにないのに、弱りきった声で乞うた。
「……もう死にそう……」
 また鼻の奥がツンとするからきつく眉を寄せたら、
「俺を怒らせて気を引くからだ、莫迦め」
 寂しがり屋のフユトの行動理由を全て理解して、それでも寄り添うシギがいつもの甘い顔で、ようやく唇にキスをくれた。
 そこからドロドロになっても絡まり続けている。普段の三倍は甘やかされていて、達していない場所がないのではというくらい全身を攻め抜かれたせいで、性感は常に高い位置にある。捏ねられても弾かれても舐られても達する乳頭はジンと痺れたままだし、下肢に至っては感じすぎて萎えてしまった。それでもトロトロと分泌される粘液で下腹部は濡れているし、摩擦され続ける粘膜の感覚も危うい。気持ちが悦すぎて降りられなくなっている。漂っていたいと思うけれど、何度も訪れる絶頂の気配は生存本能を脅かし始めていて、達するたびに死ぬんじゃないかと怖くなっていく。怖くなるからしがみつくと、シギがガツンと最奥を叩くので、それでまた極まって、終わりが来ない。
「もう死ぬ、しんじゃうから……っ」
 過ぎる法悦の高みで泣きじゃくりながら訴えると、
「このまま死ね」
 結腸付近を刺激しながら、シギが凄惨に嗤うから、背筋を反らして真っ白に灼けた。
 吐精を伴う絶頂は一、二回ほどだったのに、フユトを満たすのは倦怠を伴うほどの充足感だ。全身の節々が痛むし、きっと明日は筋肉痛が残るのに、後悔はしていない。
 女の絶頂は、男の射精の数倍強いと聞く。陣痛や生理痛と同じく、男が経験すると失神するらしい。それに似たものを延々と与えられた今なら、なるほど確かにそうだと納得できる。そして、エンドルフィン過多の状態が羨ましくもある。
「酷い顔だな」
 ぼんやりと湯船に浸かっていると、シャワーで全身を流したシギがやって来て、茫然自失の顔を指摘される。普段のフユトなら憎まれ口の一つでも聞いたけれども、そんな気力も体力も残っていない。
 壮絶な一日だった。手酷くされて、甘やかされて、殊に落差の激しい一日だった。気を抜くと落ちそうな眠気はあるものの、抜け殻のようになった身体で眠れるだろうか。
「ここで寝るなよ」
 カクンと落ちたフユトの頭をシギの手が支える。フユトを背中から抱き込む形でシギが湯船に浸かったために、湯面が微かに波打つ。
「……寝ない」
 眠気を払うように首を振って、フユトは辛うじて抗うものの、本当は目を開けているのもやっとだ。
 眠ったらシギが居なくなってしまう。久しぶりに覚えた焦燥だけが、フユトの意識を繋ぎ止めている。
 ふ、とシギの吐息が首筋にかかる。何かに反応して笑ったらしい。何だろうと虚ろな視線を巡らせて、腰に回されたシギの腕に爪を立てる自分の手に気づく。もう少し視線を動かすと、シギの右手首には爪痕がしっかり残っていて、絞首に抵抗したことを思い出した。
「何処にも行かない」
 絡む指を引き剥がしながら宥めるように言ったシギが、フユトの手を上から包むように繋いでくれる。指の間に指を通して、貝殻合わせのように。
「……だって、怒ってるし」
 握られる柔らかな強さをこそばゆく思いながら、フユトが口を尖らせるように反論すると、
「怒らせるようなことをして気を引くからだ」
 正論で返される。
 それはその通りなのだ。フユトの行動の基はいつだって、シギの関心を如何に自分に向けるかだ。奇を衒っているわけではないけれど、正面から素直に言えないフユトは未だに甘える部分を拗らせていて、どうしたって可愛げのない方法になってしまう。
「俺も気は長くない、下手を打つと死ぬぞ」
 シギは涼やかに諭したけれど、これが最後の警告だと思った。
「……だって」
「だってじゃない」
 フユトがそれでも言い募ろうとするのを言葉で制して、
「そんなに俺が信用ならないか」
 シギが意外なことを言うものだから、思わず振り向こうとしてしまった。
「今更、取って喰われるとでも思ってるのか」
 シギの声に冗談の気色はない。フユトは両手を握られながら俯く。
 たまにこうして酷くされることもあるけれど、基本的に、シギはフユトに甘い。叶えられる範囲で我儘も聞いてくれるし、何でも察して先回りしてくれる。それなのにまだ不満なのかと聞かれたら、細かいことを抜きにすれば充分なほどのパートナーだと答えられる。緩急も飴と鞭も、フユトの好みに応じて完璧に使い分けてくれる。
「……言えるかよ」
 フユトは不貞腐れた声で答えた。
「甘えたいとか、甘やかされたいなんて、ガキじゃねェのに素面で言えるわけねーだろ」
 それだけを紡ぐのにも顔から火が出る思いなのに、寂しい、構って欲しいなんて言えるわけがない。
「言えばいいだろうが」
 腰を抱く腕に力が篭もる。
「俺がしてやれることは全部、叶えてやる」
 項を吸われた。痕になりそうなほど強かった。
 回りくどいことをしなくていい。まだるっこしいことをして切り刻まれるより、気持ちに従って手を伸ばし、悶死するほうがマシだろう。語られないシギの思いは付き合いの長さから何となくわかる。わかるけれど、わかるからこそ。
「……それが出来たらそうしてる」
 俯くフユトの答えに、
「そうだったな」
 甘い声が返って来た。
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