骸-1

文字数 2,213文字

 腹側の粘膜を削られる愉悦に背筋を反らす。粘膜の向こうの痼をゴリゴリと刺激されるたび、壮絶な吐精感と共に、脊髄から脳へビリビリと届く予兆。単なる排泄とは別格の、全身を包み込んで灼いてゆく多幸。
「……ッく、ィく、それイク……っ」
 ピンポイントで抉る刺激を逃したくなくて、決して細くはない腰に脚を巻き付けた。動きの邪魔だとか、股関節の軋みだとか、正上位だと絶頂する際の無防備な顔を見られるとか、些末なことはどうでもいい。
 声を殺すことも忘れて喘ぐ。内臓ではなく、脳を揺さぶられているような感覚に、全身の毛穴がぞわりと反応する。
「ぁ、あッ、そこ、もっと……ッ」
 絶頂の気配に全身で震えながら、恥も外聞もなく強請ると、
「邪魔だ」
 腰に巻き付けた脚を叩かれて解く。根元まで串刺しにしたまま、シギがフユトの腰を掴んで自らの膝に載せようとするから、体位を変えるのかと顔を上げれば、
「このほうが深くイける」
 獰猛な笑みで言われて、ぞくんと這い上がる震えに顎を反らす。
 腰を掴まれてシギの膝に載せられ、支えられた正上位は、通常よりも自重がかかるせいか、確かに深い。いつもは当たらない場所まで先端が届く上、腹側の粘膜を張り出したエラが的確に抉るので、先程よりも刺激が強い。
「それ、ダメ、ふか……いッ」
 シギは最低限しか腰を動かしていないのに、掴まれたこちらの腰を上下されると、もう駄目だった。脳の奥と腰の奥で、膨らむ欲が爆ぜそうになっている。
「だめ、ダメだって、動くな……!」
 きゅう、と爪先が丸まっていく。この感覚が来ると、もう間がない。白い気配がする。シギの腕に指を食い込ませる。攫われる。
「イくから、動くなって、だめ、やだ、シギ、」
 痙攣のような震えが始まって、達かされると直感した。一人で極まっても先は長い、汗一つかかない涼し気なシギが恨めしい。
 一度は逸らされた感覚は、先程よりも大きくて深い。飲まれてしまう。拒絶したいのに這い寄ってくる。
「イ……っ」
 ぎゅっと目を閉じた。風船でも割るように、滞留する熱の元が爆ぜる。背中と首が硬直に伴って反ったあと、弛緩してシーツに落ちた。
 粘膜がシギの形を覚え込むように蠢いて食んでいる。肌を揺蕩う余韻にさえ甘くイきながら、訪れたインターバルに息をつく。
 ドライで達するのは何度目だったか。もう覚えていない。しかも今回は深かった。指先を動かす余力もない気がする。
「満足したか、淫乱」
 煽るようなシギの言葉に、フユトはゆるりと首を振って、
「まだに決まってんだろ、早すぎんだよ、早漏」
 力なく煽り返した。
 もちろん、程なく音を上げたことは言うまでもない。
 最後はウェットで三回も達かされた。トコロテンのように精が押し出されたあとから手で扱かれて、死ぬと喚いて、ようやく許された。
 人肌温度の湯で絞ったタオルで汗やら体液やらを拭かれる。そんな気がするどころか、指先一つ動かしたくないほどの疲労だ。明日は腰が使い物にならないなと思いながら、程好い力加減の摩擦に眠気を誘われる。
 すとん、と瞼が閉じたあと、
「おやすみ」
 いつにも増して甘い声が言った。
 ジリジリと命を削られるような、明けない夜は終わった。獰猛な捕食者に飼われている間は、捕食者以外の誰からも狙われない。撚糸に捕らわれるような歪な執着も嫌いじゃない。痛いことも苦しいことも、与えられるものは全部が好きだ。正常な感性なんて死んでいる。とうの昔に死んでいる。きっと、嵐の夜からだ。
 腰を抱き寄せられて目が覚めた。鎖骨の下に額を押し付けるようにして、シギの腕枕で眠っていたらしい。
 珍しく、シギはまだ眠っているようだった。寝息さえ立てず、深く、静かに。
 いつの間にか、フユトの右膝はシギの両足に挟まれる形になっていた。眠りの中で、何となく落ち着くと思っていたのは、これのせいらしい。
 胸元に鼻を寄せる。麝香のように甘い匂いがする。フユトが一番好きな香りだ。人工の紛い物なんかに負けない香り。
 腰に回る手が離れ、耳にかかる髪を梳かれた。目線を上げてみれば、穏やかな瞳をしたシギが、フユトの行動を見守っている。
「……見るなよ」
 罰が悪く言えば、
「好きだな、本当に」
 くつくつと嗤って、髪にキスされる。
「寝顔見てるお前よかマシだろ」
 耳まで赤いと自覚しながら、絡まる足先を軽く蹴った。
 二人の痴話喧嘩なんて、いつもこんな具合で落ち着く。本気で終わるかも知れないと思ったのは一度きりだ。
 時たま剥き出しにされるシギの重い嫉妬にうんざりすることはあれど、離れて遠くへ行きたいと思ったことはない。不安症のフユトが無意識に振るう刃を素手で受け止められるのはシギだけだから、実は行き場がないだけなのかも知れないが。
 また執着心を刺激するかも知れないと思いつつ、失踪した彼女のことを聞いてみた。シギの子飼いのハイエナの中で、彼女に類似する特徴の女を解体したのがいないかと。
「……該当するのはないな」
 そもそも、ハイエナ単体の依頼は少ない。過去三ヶ月ほどの依頼を遡ったシギがそう言うのだから、そうなのだろう。
 黒檀の机に向かうシギの横から、電子端末の画面を覗き見る。
 羅列するアイコンの中には表向きの仕事の機密や組織の顧客情報なんかが載っているので、普段は見ようと思わないし見せてもくれないが、こうして覗かせてくれるのは、シギが嘘をついていないと証明するには有効な手だ。
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