ポーカーフェイス-4

文字数 2,365文字

「聞こえなかったな」
 シギが宣う。目頭が熱くなるのを覚えて、枕に顔を埋める。
「わかったから泣くな」
「……泣いてない」
 背中に覆い被さるように上体を倒したシギに、ぽんぽん、と頭を撫でられる。グズって駄々をこねる幼子が手に負えないと言いたげな声は、しょうがない奴だと笑っているけれど、甘やかしてはくれない。
 いつもの倍は激しく、半ば自棄糞に自慰をしたのに、シギは煽られるどころか観察を愉しむだけだし、欲しいものはくれないし、どうしたらいいかわからない。否、わかっている。わかっているけど、素直になることはできない。どうしてもできない。それをするのは死ぬのと同じだ。この身体がバラバラに砕けて、四散するようなものだ。
「ぅ、」
 と小さく声が漏れた。鼻の奥がツンとする。もうぐしゃぐしゃだ。身体も、顔も、シギに見せられないくらい。
「……もうやだ……」
 伝える術のない葛藤と苦しみに打ちひしがれて、フユトはつい、本音を零す。ぐすぐすと鼻を鳴らして嗚咽を殺しながら、枕で顔を隠したまま、
「……言えない……」
 許しを願う。
 シギの溜息が聞こえた。肺の奥から酸素を全て吐き出すように、深い吐息だった。
「わかった」
 その言葉に、全身が緊張する。都合が悪くなると幼児退行するように幼くなるフユトのことも、彼は諦めてしまっただろうか。
「わかったから言ってみろ」
 しかし、シギの声色は優しい。
「お前は今、俺にどうされたい?」
 何を言っても聞いてやる、と告げる声に、フユトはようやく、枕から僅かに顔を上げて、
「ドロドロにされたい……」
 フユトらしく、直接的な言葉を使わずに答えた。
 ふ、とシギが笑う。
「我儘な奴だな」
 恥ずかしい行動の諸々をやめて、ぺたんと俯せるフユトの耳元で囁く。
 自分でもそう思う。シギの言うことは跳ね除けるくせに、自分の言い分は頑として押し通す。逆の立場だったらとっくにうんざりしているし、どんなに好きでも冷めるだろう。それなのに、シギは手を放してくれない。離れそうな素振りはしつつも、それがお前だと向き直ってくれる。
「……好きって言え」
 正上位での挿入の圧迫感をやり過ごし、馴染むまで抱きしめられながら、フユトはぼそりと言った。
「うん?」
 シギが尋ね返す。
「好きだって、言え」
 言いながら、腕に爪を立てた。今はこうして抱きしめられていても、シギの気分が変わったら、こんなに面倒なフユトのことは捨ててしまうかも知れない。そう思うと、不安がいや増す。自業自得なのは棚に上げておく。
 身体を起こしたシギがくつくつと喉で笑って、
「お前はどうなんだ」
 はぐらかすように聞くから、不貞腐れてぷいと顔を背ける。
「……お前が言ったら、言う」
 こういうところなのだと自覚はしている。理性が麻痺すると言えるのに、そうでないフユトはこうやって、意地ばかり張って屈しない。
 ワンパターンなフユトにか、シギが苦笑して、
「愛してるから心配するな」
 と、照れることもなく答えた。
 ぶわりと上昇する体温に、きっと顔が赤くなっているに違いないと思う。
 俺は答えたからお前の番だと言わないシギは、言葉の代わりに額へ口付けて、横を向いたままのフユトを見下ろす。
 どうしてこんな俺に、と、思わないでもない。けれども、シギの言葉に嘘がないことを、フユトは知っている。
 シギからのそれは母性でも父性でも、友愛でもない。歪な執着と粘着、運命に導かれたかのような理由なき恋慕。
「……もっかい」
 不貞腐れたまま、フユトが強請る。
「愛してる」
 改めて言葉にしなくとも伝わっている思いを噛み締めて、フユトはシギを見上げた。
 心臓が鳴っている。耳の奥の潮騒が聞こえる。
「……俺も、すき」
 言ってしまって、目を閉じた。咄嗟に、燃えるように熱くなった顔を両腕で隠すと、
「いい子だな」
 耳を擽るように、横髪を撫でられて硬直する。
「ちゃんと言えたご褒美だ、腕、よけろ」
 そこはかとなく甘いシギの声に言われるがまま、静かに腕を下ろし、怖々と目を開くと、慈しむように微笑むシギの顔があって、心臓がキュンと絞られた。
 深いキスをされる。フユトが一番好きな上顎をぞろりと舐められて、蕩けそうだと思う。
 唾液と舌を交わして数分、ようやく解放されて大きく息をつくと、
「んぁ……ッ」
 緩やかに腰を動かすシギが、的確に前立腺を押し上げるから、とびきり甘い声が出てしまって、それだけでぞくりとした。
 何度か体位を変えて、俯せになったときには最奥を穿たれる。シギの全長なら余裕で結腸に届くだろうに、この男はそれを積極的にしたがらない。感覚が鈍いからか、ただでさえ遅漏傾向なのに、完全に根元まで埋めることが少ないから延々と付き合わされるのかも知れない。
 呻きながらシーツを握り締める右手を上から包まれ、指を絡めて貝殻繋ぎにされる。ああ、これ、好きだ。逃げ出さないよう強く繋ぎ止められているのに、シギが得る快感の強さが都度、手に伝わって、そこからも満たされていく。言葉で言われるより、離さないと伝えてくる握力は縋りたくなるほど本物だ。離さないし逃がさない、だから傍にいたい。
 脊髄を駆け上がる悪寒のような震えに背筋から全身を強ばらせ、次には弛緩した。ぎゅう、と手を握られ、耳朶に重い吐息が掛かり、シギの絶頂を知る。声もなく達するシギに、お前ばかり狡いと思っていたのはいつまでだったか。今は、その瞬間に吐き出される吐息が、何より愛しい。
 胎内で膨張し、硬直したそれがビクリと震えるのを確かに感じながら、フユトも重く吐息する。二人を隔てる薄膜の中に二、三度、震えて吐き出されているだろう体液を想像するだけで、腹の奥が熱くなるような気がした。
「……なぁ、」
 汗や汚れの後始末を受けながら、フユトは眠気をごまかすように言葉を紡ぐ。
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