Your sick,  my sick.-3

文字数 1,380文字

 気配と物音に敏感になり、うとうとと微睡むことだけがフユトの睡眠になって久しい頃、不敵な化け物に目をつけられた。化け物は時に真綿で首を絞めるように、時にフユトが抱く不安と恐怖を根源ごと呑み込んで、振り翳す剥き身の刃を素手で握り、落ち着いて呼吸ができるようになるまで辛抱強く、目隠しをするように抱きしめていてくれた。もう大丈夫、と、夜の底で溺死しそうだった子どもが心から言えるまで、じっと、ずっと、待っていてくれた。
 だから借りを返したいわけじゃない。シギが弱ったときに助けることで精算したいなんて思っていない。同じことをしたいだけだ。シギが何も言わず、付かず離れずの距離感を見極めて寄り添い、フユトの不信や怯えを溶かしていったように、完璧に自分を繕うことのできるシギの、束の間の安息場でありたい。俺にはお前だけだ、お前しかいらないと心から求められたい。フユトがいつしか懐柔されてしまったように、化け物として振る舞うシギの拠り所でありたい。
「……一応、俺の方が病人なんだがな」
 フユトが寝室を出てから少しして、シギが呆れたように言いながら、リビングで不貞腐れるフユトの元へやって来る。熱があるのにふらつく様子がないのは、これくらいのことには慣れている、と言っていた言葉の通りだ。
「勝手に仕事でも何でも行けばいいだろ」
 いつもより火照る腕に抱き寄せられるまま従いながら、フユトが不穏に呟くのを、シギは喉で嗤った。
「わかった、俺が悪かった」
「思ってないなら言うな」
「慣れてないんだ、こういうのは」
 強気な小型犬が唸るように牽制していたフユトは、シギの一言で身体の力を抜いた。
「どうしていいかわからない、俺が悪かった」
 あんなに突っぱねるようだったのは戸惑っていたのか、と合点して、何だかすごく、哀しくなった。フユトに何かあれば、案じてくれる存在は常に身近にいたから、心配したりされたりなんてことを疑問に思いもしなかったけれど、シギには誰かがいなかった。ずっと、どこにもいなかったのだ。
 人の上に立つように教育される中で、シギはきっと、虚勢や見栄を張ることの方が上手になっていって、弱音を吐いたり甘えたりすることなんて、なかったのかも知れない。シギがフユトにやたらと甘いのは、もしかすると、本当は自分がされたかったことを再現していて、フユトを過去の自分に当てはめているのかも知れない。
 こんなに居心地のいい地獄で、シギが満たされていくのなら、それは確かに手段の一つではあるだろうけど。
 ぐっ、と抱き寄せる胸板を押し返すと、シギが黙って伺ってくるから、
「だから、そうじゃないって言ってんだろ」
 どんな顔をしていいかわからないまま、フユトはきっと耳まで赤くなっているに違いないと思いながら、目の前の想い人を睨み据えた。
「ここにいるって言ってんだから、四の五の言わないで黙って休んでろ」
 甘やかされるのは心地いいけれど、今はそうじゃない。借りを返すとか、貸しを作るとか、打算なんか抜きにした気持ちの問題で、フユトはシギを労わってやりたいし、ゆっくり休ませてやりたいのだ。
 熱で僅かに頬を上気させたシギが、ふと、百花の王の蕾が綻ぶように笑った。フユトが初めて見る、シギの自然な笑みだった。
「……わかった」
 心から、綺麗だと思った。




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