路傍の花-5

文字数 2,233文字

 して欲しかった彼に見せつけるように感じながら、ボクは羞恥も覚えている。だって、彼以外の愛撫にも感じてしまうことを知られたら、冷たい目を見て話す勇気がない。
「こっちに来て」
 甘い声に誘導されて、ベッドに横たわる。彼女の手に促されるまま、片足を立てて開くと、太腿の付け根の際どいところを熱い舌が這っていくから、大きく喘いで腰を上げてしまった。
 もうそろそろ触って欲しい。小さくても張り詰めた主張を強調するように、腰がぴくりぴくりと揺れる。内腿を舐め下ろす彼女が愉しげに目を細めて観察している。彼がどんな顔で、どんな目でボクの痴態を見ているのか確認するのが怖くて、それ以上は目線を上げられない。
「態度じゃなくて、言葉で強請りなさい」
 舌を離した彼女が、ぴしゃりと命じた。息を荒らげ、涙目になって、足の間の彼女を見つめ、
「触って、欲しい、です」
 何処を、とは言わずに強請る。
 ボクが触って欲しいところは、期待に濡れて、下腹部に水溜まりを作っている。恥ずかしくて目を逸らす。
「駄目よ、何処をどうして欲しいのか、ちゃんと言って」
 彼女は妥協してくれない。思わず、ヒン、と引き攣れる喉から声が洩れると、彼女は陶酔した眼差しで、
「見られるのが好きなの?」
 ボクの羞恥を煽るから、そうじゃないと首を振った。
「してるのはわたしなのに、あの人にされてると思うから感じるんでしょう」
 言われて、思わず彼女を見る。蠱惑的に笑う彼女がソファの彼を目線で示すから、思わずそちらを見てしまって、腰の奥がぞわりと疼いた。
 近くで色っぽいことが起きているのに、欲情さえ感じない昏い目が、ボクを待ち構えていたように見ていた。
 その唇にキスをされ、その舌で全身を舐め回されたいと、ボクが抱える鬱屈した欲望を叶えてくれたのは、彼ではなく彼女だ。
 くらり、目眩がする。ボクなんかには発情さえしない彼の目に、ボクの存在が消えていく。
 ドラッグをキメたセックスの中に見出した、自己肯定が霧散する。
 ボクはここにいてはいけない。彼の期待に応えられないから生きていてはいけない。彼に望むものを、彼以外から与えられて悦ぶなんて、浅ましいボクは。与えてくれるなら誰でもいいなんて、思われたくない。
 ちゅ、と、彼女の肉厚な唇が目尻に触れる。
「イイコトしてあげるから泣かないで」
 いつの間に、嗚咽するほど泣いていたようで、彼女が優しく髪を撫でてくれる。熱も情欲も冷めていたけれど、逃がしてくれることはないらしい。
「お口と後ろ、どっちがいい?」
 彼女が悪戯っぽく尋ねても、ボクはどちらもして欲しくなかった。彼がいい。彼でなくては駄目だ。彼の唇と、舌と、指でなければ。
 ボクがイヤイヤと首を振り続けて、彼女の問いを何度も無視していると、不意に聞こえた重い嘆息に、全身が強ばる。
「使い物にならないなら捨てる」
 彼の呆れた口調に、
「まだ一度目なんだから、見逃してあげてよ」
 彼女が口を挟んだ。
「俺の役に立つチャンスは何度もやった、悉く潰してきたのはこいつだ」
 愕然とするボクの顔なんて、彼は一度も見なかった。
「そういう短気なところが悪い癖なのよ」
 それでも何とか言い募る彼女に、彼は残忍で獰猛な目を向けて、
「半年かけてこれだ、莫迦どもに不純物入りのクスリを渡されて愉しんでるようだったから目を掛けたが、俺の見込み違いだった」
 同じ目で、ボクを見る。
「トリップしなきゃ何も出来ない、ただのゴミだ」
 いつもは本音を映さない昏い瞳には、本当に道端の塵芥でも見るような色がある。彼の本音はずっと、そこにあったのだろう。何も知らないお坊ちゃんが、ふとした拍子に手にしたドラッグで道を踏み外し、非合意の集団レイプを合意したように受け入れて流され、元いた場所にも戻れず、新たな場所にも居場所を作れないなんて、役立たず以外の何物でもない。
 そんなボクが、彼に好かれようとするなんて身の程知らずもいいところなのに。彼はボクに何かを見出して──恐らくは淫蕩そうな気質を買って、期待してくれていたのに。
 ボクはまた、応えられずに堕ちていく。
「ちゃんと教えれば大丈夫よ、わたしが引き受けるって言ったでしょ」
 彼の本性に怯みもせず、彼女が強気に言い返す。
「お前だけに懐いたところでどうなる、縄師の後継を育てるつもりか」
 彼がきっぱり言うと、今度こそ彼女は悔しそうに俯いて、
「……どうするつもりなの」
 尋ねた。
「見た目は悪くないから達磨にするか、クスリで脳死させるかして売り払ったほうが高くつく、中身だけ売るようなヘマはしない」
 淡々と告げる彼の言葉の半分以上が、ボクには理解できなかった。というより、衝撃が先に立って、言葉が意味を成してくれない。
 売る、と言った。それはつまり、人身売買を指すんだと思う。ボクは体の自由か脳の機能を奪われた上で、見知らぬ誰かに売られて買われる。ボクの意思も、恐らく言葉も通じない誰かに。買われたあと、どうなるのかなんて考えたくない。彼以外の誰かの慰みものになんてなりたくない。
「相変わらず、お金のことになるとシビアね」
 彼女がうんざりしたように吐息して、
「このままならそうなるけれど、それでいい?」
 きっと、真っ青になっているだろうボクを振り向いて、倦んだ表情で尋ねた。
 人としての尊厳を失わなければ、ボクは誰の役にも立てないのだろうか。両親の密かな期待に応えることも、彼の役に立つこともなく、人として終わってゆくのだろうか。
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