内密にお願い致します。-3
文字数 3,000文字
しかし、十二日目で、フユトの糸はぷつんと切れた。
寝不足と微熱を引きずる重い体で、フユトは歓楽街に繰り出した。自慰でも足りないとなったら、金を出して玄人を買うか、博打でもして気を紛らわすかに限ると思ったからだった。
歓楽街の路地裏、表の如何わしいネオンがギリギリ届くところで、耳にたくさんのピアスをつけたカップルが、濃厚なキスをしていた。彼女ら──片方は髪を短く刈り上げていたけれど、デコルテから緩やかに膨らむバストは女性そのものだ──は一心不乱に唾液を交換していたから、何も知らずに傍を通ったフユトには気づかなかっただろうし、例え気づいたところで、恥じらうような気質でもなかっただろう。
程なく、あられもない声がしたので振り向くと、髪を短く刈り上げたほうが、女性とわかる姿の連れ合いにトップスをたくし上げられ、乳房を吸われているのが見えた。
限界だった。
あの日みたいに、酸素ごと奪われるようなキスがしたい。あの日みたいに、舌を弄ばれながら耳孔を舐められたい。あの日みたいに、首筋を甘噛みされながら胸を弄られただけで訪れる白い予兆に耽溺したい。
発情期を迎えた獣のようだと、我ながら思う。思うけれども、欲を隠す術なんか知らない。
タクシーで乗り付けた先に、案の定、シギの姿はなかった。立ち寄ったフロントでカードキーを差し出したコンシェルジュ曰く、シギは会合のために深夜まで戻らないのだという。
会合、ね。
水底のような色合いの間接照明を消した、真っ暗な寝室で、フユトは立ち尽くしながら笑うしかなかった。
それはシギにはさぞ重要で、大事な会合だろう。
何でも察してくれるのがシギだと思って甘えていた。それは確かにフユトが悪い。けれども、未踏の地を往く不安くらい、慮ってくれてもいいだろうに、シギはフユトが湿地の泥濘に足を取られる様を遠くから嘲笑って眺めるような男なのだ。
掃除夫によって、毎日のように交換されるシーツには、シギの体臭どころか気配さえ残っていない。パリッと糊の効いた新品同様のピローカバーに鼻を擦り寄せ、フユトはすんと匂いを嗅いでみる。清潔なだけの香りを肺いっぱいに吸い込んで、
「……は、ぁ、」
緩やかに反応した下肢に、そっと手を伸ばした。
揺蕩うだけの、とても長い時間が過ぎたように思う。
いつも、膝に抱き上げられるような形になりながら、背中でシギを感じるのが好きだ。僅かに体温が上がり、項にかかる重い息が熱く湿っているのが好きだし、伸ばされた舌で耳殼を舐められる擽ったいような感覚も好きだし、肩越しに振り向かされて舌を吸われるのも好きだ。
ん、と鼻から甘えた声が出てしまう。
ほんのり冷たい指が、根元から先端にかけて満遍なく、揉みほぐすように扱くのも好きだ。指で作った輪で張り出すエラを何度も引っ掛けて刺激されるのも好きだし、裏筋を慎重に的確に愛撫する力加減も好きだ。鈴口からとぷっと溢れる体液を指先でクルクルと塗り広げ、糸を引くのを見せつけるように遊ばれるのも好きだし、腰が揺れるのを笑われるのも好きだし──つまり、シギから与えられる行為の九割を、フユトはもう、嫌だと思わなくなっていた。
キスしたい。キスされたい。人目も気にせず、路上で盛り上がり始めた彼女らのように、求めて、求められて、目も眩むようなオーガズムの最果てで絞め殺されたい。
──腰が揺れてる
いつかのシギがフユトの痴態を指摘して、嗤う。揶揄する声にさえ、ぞくぞくと震える背筋は、全身で悦びを伝える。
「だ、って、」
気持ちいいと伝えなくちゃ。あのときは悪態をついて誤魔化してしまったから。
フユトは溢れる唾液を飲み下し、
「すげェ、きもちい……」
呂律も怪しく答える。
──どうしたい
甘やかすようにシギが聞く。耳元を、吐息で撫でるように。
「ナカ、も……ッ」
触れるか触れないかの絶妙な位置で会陰を撫でながら、フユトが堪えきれずに強請ると、
「どうされたいって?」
鼓膜を震わせた現実の声に、フユトは体を強ばらせたまま、怖ず怖ずとそちらを振り向いた。
いつの間にか、人の姿をした魔王が帰還している。
フユトが盛り上がりすぎて気づかなかったのか、はたまたシギの十八番が上手 だったのか、なんて呑気に考えている猶予はない。
「なァ、フユト」
名を呼んで、ベッドの傍までゆっくりと歩み寄ったシギは、独り遊びを現行犯で押さえられ、声も出せずに蒼白になるフユトを、愉しげに見下ろした。
「どうされたいか言えるまで、嫌いなことだけしてやるよ」
結局、記憶の中の飼い主は、フユトが好むことしかして来ない。それもそうだ。自分がされて良かったことだけを、されたいことだけを命じる飼い主なのだから、フユトの都合で命令するし、フユトの都合で甘やかしもする。
それだけは嫌だと泣いて騒いだ──実際に駄々っ子のように泣き喚くことはなくとも──ところで、許さないのが現実の飼い主だ。フユトがされたいことを知り尽くす反面、されたくないことも理解しているから、与えられる苦痛はより重く、より響く。
背面で腕を組んだ姿勢でぎっちり拘束されたまま、仰向けにされる。何をされるかわからない不安で浅く呼吸するフユトに、
「ナカをどうして欲しいって?」
シギが悠然と尋ねる。
全身に燃え広がるように、羞恥が襲った。
「言ってな……」
知らず息を荒らげながら否定すると、
「どうされるのが嫌いだったか、教えてやろうか」
怯えるフユトを哀れむように、シギが綺麗に微笑った。
つぷん、と指が一度に二本、窄まりを割る。思わず体を硬直させたせいで、鈍痛に呻く羽目になる。
「ち、が……ッ」
ぞわぞわと背筋が粟立つ。慄然とする感覚に吐き気が押し寄せ、ゆっくりと押し込まれれば押し込まれるほど、不快感に眉根が寄る。
「吐きたいなら吐けよ」
フユトの不快を見越して、シギが淡々と告げた。
「吐いたところで楽になると思うな」
込み上げるものが唾液と混じる。飲み込めなくて垂れ流す。ストレートの男を男娼に仕込むような真似じゃなく、もっと、甘やかされたいのに。これまで知っていた自分が知らない誰かに変わってゆく、書き換わってゆく過程を、シギには傍で見ていて欲しいのに。それでも手を放さないと抱きしめていて欲しいのに。
言わなければ、あのシギでも、永遠に気づかないのだろうか。
「ちがう……」
ようやく第二関節まで沈んだところで、シギが小休止を挟むから、フユトもどうにか声を搾り出せた。相変わらず吐き気はするし、指が押し開く粘膜は痛いし、いいことなしだ。
「違う、そうじゃなくて、違うから……」
ふいっと顔を逸らしたまま、呟くように言ったから、目の前の悪魔が何を見たのかはわからない。
「ナカも触って欲しくなることはあるけど、痛いものは痛いし、つらいのは我慢できねーし……」
そうしてモゴモゴと、口の中で呟くように言い訳を並べ、自分でも何が言いたいのかわからなくなって押し黙ると、
「わかったから、そんな顔をするな」
思いのほか、機嫌が良さそうなシギの声がした。恐る恐る視線をやると、フユトだけに見せる穏やかな目をして、シギが艶然と笑う。
「堕としたくなる」
シギの瞳でドロドロと煮え立つ情欲の向こうに、所在なさげな自分の顔を見て、この男は根っからの人でなしなのだと再確認したフユトは、そのキスを拒まなかった。
寝不足と微熱を引きずる重い体で、フユトは歓楽街に繰り出した。自慰でも足りないとなったら、金を出して玄人を買うか、博打でもして気を紛らわすかに限ると思ったからだった。
歓楽街の路地裏、表の如何わしいネオンがギリギリ届くところで、耳にたくさんのピアスをつけたカップルが、濃厚なキスをしていた。彼女ら──片方は髪を短く刈り上げていたけれど、デコルテから緩やかに膨らむバストは女性そのものだ──は一心不乱に唾液を交換していたから、何も知らずに傍を通ったフユトには気づかなかっただろうし、例え気づいたところで、恥じらうような気質でもなかっただろう。
程なく、あられもない声がしたので振り向くと、髪を短く刈り上げたほうが、女性とわかる姿の連れ合いにトップスをたくし上げられ、乳房を吸われているのが見えた。
限界だった。
あの日みたいに、酸素ごと奪われるようなキスがしたい。あの日みたいに、舌を弄ばれながら耳孔を舐められたい。あの日みたいに、首筋を甘噛みされながら胸を弄られただけで訪れる白い予兆に耽溺したい。
発情期を迎えた獣のようだと、我ながら思う。思うけれども、欲を隠す術なんか知らない。
タクシーで乗り付けた先に、案の定、シギの姿はなかった。立ち寄ったフロントでカードキーを差し出したコンシェルジュ曰く、シギは会合のために深夜まで戻らないのだという。
会合、ね。
水底のような色合いの間接照明を消した、真っ暗な寝室で、フユトは立ち尽くしながら笑うしかなかった。
それはシギにはさぞ重要で、大事な会合だろう。
何でも察してくれるのがシギだと思って甘えていた。それは確かにフユトが悪い。けれども、未踏の地を往く不安くらい、慮ってくれてもいいだろうに、シギはフユトが湿地の泥濘に足を取られる様を遠くから嘲笑って眺めるような男なのだ。
掃除夫によって、毎日のように交換されるシーツには、シギの体臭どころか気配さえ残っていない。パリッと糊の効いた新品同様のピローカバーに鼻を擦り寄せ、フユトはすんと匂いを嗅いでみる。清潔なだけの香りを肺いっぱいに吸い込んで、
「……は、ぁ、」
緩やかに反応した下肢に、そっと手を伸ばした。
揺蕩うだけの、とても長い時間が過ぎたように思う。
いつも、膝に抱き上げられるような形になりながら、背中でシギを感じるのが好きだ。僅かに体温が上がり、項にかかる重い息が熱く湿っているのが好きだし、伸ばされた舌で耳殼を舐められる擽ったいような感覚も好きだし、肩越しに振り向かされて舌を吸われるのも好きだ。
ん、と鼻から甘えた声が出てしまう。
ほんのり冷たい指が、根元から先端にかけて満遍なく、揉みほぐすように扱くのも好きだ。指で作った輪で張り出すエラを何度も引っ掛けて刺激されるのも好きだし、裏筋を慎重に的確に愛撫する力加減も好きだ。鈴口からとぷっと溢れる体液を指先でクルクルと塗り広げ、糸を引くのを見せつけるように遊ばれるのも好きだし、腰が揺れるのを笑われるのも好きだし──つまり、シギから与えられる行為の九割を、フユトはもう、嫌だと思わなくなっていた。
キスしたい。キスされたい。人目も気にせず、路上で盛り上がり始めた彼女らのように、求めて、求められて、目も眩むようなオーガズムの最果てで絞め殺されたい。
──腰が揺れてる
いつかのシギがフユトの痴態を指摘して、嗤う。揶揄する声にさえ、ぞくぞくと震える背筋は、全身で悦びを伝える。
「だ、って、」
気持ちいいと伝えなくちゃ。あのときは悪態をついて誤魔化してしまったから。
フユトは溢れる唾液を飲み下し、
「すげェ、きもちい……」
呂律も怪しく答える。
──どうしたい
甘やかすようにシギが聞く。耳元を、吐息で撫でるように。
「ナカ、も……ッ」
触れるか触れないかの絶妙な位置で会陰を撫でながら、フユトが堪えきれずに強請ると、
「どうされたいって?」
鼓膜を震わせた現実の声に、フユトは体を強ばらせたまま、怖ず怖ずとそちらを振り向いた。
いつの間にか、人の姿をした魔王が帰還している。
フユトが盛り上がりすぎて気づかなかったのか、はたまたシギの十八番が
「なァ、フユト」
名を呼んで、ベッドの傍までゆっくりと歩み寄ったシギは、独り遊びを現行犯で押さえられ、声も出せずに蒼白になるフユトを、愉しげに見下ろした。
「どうされたいか言えるまで、嫌いなことだけしてやるよ」
結局、記憶の中の飼い主は、フユトが好むことしかして来ない。それもそうだ。自分がされて良かったことだけを、されたいことだけを命じる飼い主なのだから、フユトの都合で命令するし、フユトの都合で甘やかしもする。
それだけは嫌だと泣いて騒いだ──実際に駄々っ子のように泣き喚くことはなくとも──ところで、許さないのが現実の飼い主だ。フユトがされたいことを知り尽くす反面、されたくないことも理解しているから、与えられる苦痛はより重く、より響く。
背面で腕を組んだ姿勢でぎっちり拘束されたまま、仰向けにされる。何をされるかわからない不安で浅く呼吸するフユトに、
「ナカをどうして欲しいって?」
シギが悠然と尋ねる。
全身に燃え広がるように、羞恥が襲った。
「言ってな……」
知らず息を荒らげながら否定すると、
「どうされるのが嫌いだったか、教えてやろうか」
怯えるフユトを哀れむように、シギが綺麗に微笑った。
つぷん、と指が一度に二本、窄まりを割る。思わず体を硬直させたせいで、鈍痛に呻く羽目になる。
「ち、が……ッ」
ぞわぞわと背筋が粟立つ。慄然とする感覚に吐き気が押し寄せ、ゆっくりと押し込まれれば押し込まれるほど、不快感に眉根が寄る。
「吐きたいなら吐けよ」
フユトの不快を見越して、シギが淡々と告げた。
「吐いたところで楽になると思うな」
込み上げるものが唾液と混じる。飲み込めなくて垂れ流す。ストレートの男を男娼に仕込むような真似じゃなく、もっと、甘やかされたいのに。これまで知っていた自分が知らない誰かに変わってゆく、書き換わってゆく過程を、シギには傍で見ていて欲しいのに。それでも手を放さないと抱きしめていて欲しいのに。
言わなければ、あのシギでも、永遠に気づかないのだろうか。
「ちがう……」
ようやく第二関節まで沈んだところで、シギが小休止を挟むから、フユトもどうにか声を搾り出せた。相変わらず吐き気はするし、指が押し開く粘膜は痛いし、いいことなしだ。
「違う、そうじゃなくて、違うから……」
ふいっと顔を逸らしたまま、呟くように言ったから、目の前の悪魔が何を見たのかはわからない。
「ナカも触って欲しくなることはあるけど、痛いものは痛いし、つらいのは我慢できねーし……」
そうしてモゴモゴと、口の中で呟くように言い訳を並べ、自分でも何が言いたいのかわからなくなって押し黙ると、
「わかったから、そんな顔をするな」
思いのほか、機嫌が良さそうなシギの声がした。恐る恐る視線をやると、フユトだけに見せる穏やかな目をして、シギが艶然と笑う。
「堕としたくなる」
シギの瞳でドロドロと煮え立つ情欲の向こうに、所在なさげな自分の顔を見て、この男は根っからの人でなしなのだと再確認したフユトは、そのキスを拒まなかった。
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