Frozen Rose-2

文字数 2,205文字

 次の日。頬っぺにできたアザを見られて、店長に呼ばれた。あたしは痛くないし平気だと言ったけど、そんな顔で店に出すわけにいかない、今日は帰れと怒られた。
「お前、また変なのと付き合ってるのか」
 店長が怖い顔をして聞いてくる。変なの、の意味はわからなかったけど、
「そうです」
 と答えると、店長はもっと怖い顔をして、真っ赤な顔で、
「どうせまた客に言い寄られて、そうやって馬鹿みたいに答えたんだろ、すぐに別れろ、別れるまで店に出さない」
 と怒るから、
「わかりました」
 と、あたしは答えた。
 次にその人と会ったとき、店長に言われたことを、そのままその人に言った。変なのと付き合ってるから、別れるまでお店に出られない、それは困るから別れて欲しい。
 その人は店長よりも怖い顔になって、あたしをベッドに押さえつけて、あたしの首を絞めた。
「別れるなら死ぬ、お前を殺して俺も死ぬ」
 あたしの初めてのおじさんと同じ顔をして、同じように首を絞められて、あたしは急に怖くなって、とにかくその人の腕をたくさん引っ掻いて逃げ出して、玄関で追いつかれて転んで、部屋着と下着を一緒に脱がされた。
「俺と別れること、後悔させてやる」
 その人は言って、いつもの穴に入れるそれを、お尻のほうに入れてきた。物凄く痛くて、物凄く熱くて、あたしは生まれて初めて、大声で泣いた。嫌だと言って叫ぶと口を塞がれて、それでも声を上げると髪を掴まれておでこを床に叩きつけられた。
 気づいたら、その人はもう居なかった。あたしは玄関でお尻を出したまま寝ていて、何とか部屋に戻ったけれど、お尻もお腹も痛くて痛くて泣きながら、店長に助けて欲しいと電話した。すぐにお店のフロントの人が部屋に来て、病院を探して連れて行ってくれたあと、新しい部屋の手続きをしてくれて、あたしはそこに引っ越したのだけど。
 肩に届いた髪はグチャグチャに絡まってたから短く切るしかなくて、傷のせいで熱も出たからしばらく一人ぼっちで、お店に出ても店長からは怒られて、他の女の子からは無視されて、消えてしまいたいと初めて思った。
 新しい部屋に引っ越してから一ヶ月が過ぎた頃、退勤するとき、お店の前で、その人を見かけた。誰かを探すみたいにキョロキョロして、あたしは見つからないようにお店に戻って、その人が帰るまで、ドキドキしながら待っていた。初めて、人が怖いと思った。
 その日はたまたま、街をぶらついてから出勤するつもりだった。急に黒い雲が風で流れてきたと思ったら、物凄い音を立てて土砂降りになって、ずぶ濡れで入った軒先で、おにーさんと会った。
 あたしより少し色が薄い髪と、悪い人みたいな目つき。でも、たぶん、悪い人じゃないと思った。だっておにーさん、雨で透けたあたしのブラを見て、ちょっと赤い顔をして、すぐに別の方を向いたから。
 あれ、この人は、あたしが知ってるお客さんとは違う。女の人と付き合ったことはありそうなのに、えっちなことを考える男の人とは違う目をしてる。
 おにーさんには軽く嘘をついて、お店の相談役になってもらった。
 雨の日にちらっと見えた腕の傷痕が多かったから、きっと喧嘩をいっぱいする人なんだろうと思っていたら、それなりに有名な殺し屋さんだったみたい。おにーさんの正体が知りたくて、物知りなお客さんに隠し撮りした写真を見せたら、
「あぁ、これ、同業者の間じゃ有名人、鬼みたいに強いし、すぐにキレるから、怒らせたらダメだよ、ミコトちゃん」
 と、心配してくれた。そのお客さんも、おにーさんと同じ殺し屋さんだったのはびっくりしたけど。
 おにーさんは確かに怒りっぽいみたいだけど、からかうあたしに本気で怒ったのは一度きりで、あとは「しょうがないヤツ」みたいな顔をしながら付き合ってくれた。お腹が空いたから何か食べたいと言えば連れてってくれたし、身体が冷えたから温かいものが飲みたいと言えば買ってくれた。怖くなったときも助けて欲しいときも、おにーさんはいつだって、誰よりも一番に、あたしを見つけてくれた。
 好きとか嫌いとか、あたしにはそういうのがよくわからなくて、あたしを好きだと言ってくれる人はみんな好きになったけど、好きも嫌いも言わないおにーさんの傍にいるのは楽しかった。あたしがおにーさんに恋人さんの話を聞くと、ものすごく嫌そうな顔をするのがおもしろくてからかった。恋人さんのことを、きっと間違いなく好きだと言える、おにーさんが羨ましかった。
 捨てられてきた人生だった。
 その時は何も思わなかったし、感じなかったけど、あたしは産みのお母さんにも、実のお父さんにも捨てられて、二番目のお母さんの恋人にレイプされて、お腹に宿った子どもごと殺されかけた。お腹の子どもは産んであげられなかったし、あたしはどうしてこんななんだろうと、泣くこともできなかった。それがあたしの、あたしらしい人生だったから。
 でも、本当は、誰かに好かれたかったのかも。何も持たないあたしを手放しで好きだと言って、抱きしめてくれたら、あたしはきっと、他に何もいらない。何も望まない。痛いことも苦しいことも知らない、捨てられない人生を生きてみたい。
 あたしはもう、一人じゃ立っていられない。
 深入りするな、とおにーさんに言われて、深入りがどこまでのことなのかわからなかったけど、頭を殴られたみたいな気持ちになった。あたしの目が、覚めた。
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