路傍の花-7

文字数 2,238文字

 最終的に、女性が持ち得ない擬似性器で攻められるまま、仰向けに体勢を変えたボクが吐精するまで、彼女が満足することはなかった。最後のほうは記憶もおぼろげなくらい悦すぎて、顔も下腹部もドロドロになっていたけれど、彼女は全てが愛しいとキスをして、ボクが極まっても少しの間、前立腺を刺激するように腰を動かし続けていた。
「ほら、ちゃんと出来たじゃない」
 得意げな顔をして、彼女は一部始終を見ていた彼に告げる。
「無意識に刷り込まれた恐怖心さえなくなれば、この子は化けるわよ」
 女性に犯される、という倒錯的な体験と、壮絶な絶頂に呆然としたままのボクは、二人のやり取りを聞くともなしに聞いている。
「気乗りしないときのあなたはわかり易いのよ」
 彼女の小言に、さすがの彼も溜息をついて、
「わかった、悪かった」
 心にもなく詫びているのが、ちょっぴりおもしろい。
「それで、いつからお店に出すの?」
 急にビジネス調の口調に戻って、彼女が聞く。彼がちらりとこちらを見る気配がしたけれど、ボクは目線を合わせなかった。
「一週間で仕上げろ」
「それは、毎日みっちり教えこんでもいいってこと?」
「経費は持つ、あとは任せる」
 それからも、二人は何事か話し合っていたようだったけれど、ボクが意識を保てたのはそこまでだった。疲労と倦怠による強烈な睡魔は、ボクの意識を容易く連れ去った。
 風俗店の小間使いを辞めて、ボクは男娼になった。とはいえ、慣れないことや出来ないことも多くて粗相してしまうので、最低限の生活費は保証されていても、店での成績は芳しくない。
 彼が経営するバーの店子になって一ヶ月、最初の面談で、彼──オーナーは相変わらず、ボクにはニコリともしてくれない。もちろん、他の誰かに愛想がいいわけでもないのだけれど、何を考えているかわからない無表情は、ボクを悪い方向に追い込んでいく。
「……ごめんなさい」
 客先から店に入ったクレームは、ボクも聞かされたから知っている。口でするときに歯が当たったとか、いざというときにオドオドするから萎えてしまったとか、ボクに非があるクレームは落ち度だから仕方ないとして、目玉を舐めさせて欲しいという要求を断られたとか、スパンキングしたら本気で泣き出してフィニッシュできなかった、なんて微妙なものまである。
 それでも取り敢えず、謝っておくしかない。新人だからと大目に見てもらっているものの、ボクへのクレームは突出している。
 オーナーが重々しく吐息するので、ボクは思わず息を詰めた。あのときみたいに、また失望させてしまっただろうか。
 怖ず怖ずと上目遣いに、向かいのソファのオーナーへ目をやると、
「明日は休め」
 意図の読めない業務命令に、体が竦む。あまりの成績不振に、ボクは遂に売られてしまうのかと怯えていると、
「昼には迎えに行く」
 オーナーが思いがけず、右側の口角だけを持ち上げる、いつもの笑い方をするので、ボクは呆けるしかなかった。
 一言で言ってしまえば、デートだった。
 学校に通っていた頃、よく遊びに行った都心近くの繁華街を、付かず離れず二人で歩き、ボクが気になったお店に二人で入った。久しぶりの人混みに溺れてしまいそうで、人目のない場所で甘えるように裾を掴むと、気づいたオーナーが振り向いて、彼には珍しく、額にキスをしてくれるから、ボクは逆上せるような心地だった。
 夜になって連れてこられたのは、ボクがよく知る安宿やモーテルなんかじゃなく、ビジネス街近くのシティホテルだった。モダンな外装はシンプルで、内装も高級すぎず、かと言ってチープでもない。オーナーはよく連泊しているのか、ツインで取ったはずの部屋はスイートになっていて、思わず気後れしてしまったけれど。
 ここまで来た、ということは、だ。
 オーナーに続いて部屋に入りながら、ボクはそわそわと視線を彷徨わせる。
 そういうこと、と思っても、いいんだろうか。
 童貞だけど処女じゃない。このあとのことを期待してしまう。酷いことを言われても、めげずにオーナーのことが好きでいるボクにとったら、天変地異の前触れのような奇跡。
 オーナーが外で羽織っていた上着を脱ぐと、腕一面の入れ墨が露わになる。墨彫りされた、グロテスクなまでに精緻な蛇。ボクが惹かれてやまない、オーナーがボクの知る世界とは隔絶された存在である証。
「おいで」
 入り口で立ち尽くすボクを、いつになく穏やかな声で、オーナーが呼んだ。催眠術でも掛けられたみたいに、ふらふら近寄ると、腰を抱き寄せられるままキスされる。
 初めての、キス。唇が触れ合うだけのそれに、ボクの心臓は絶頂したあとのように、激しく打っている。
「準備しておいで」
 適度な力加減で抱きしめられながら、耳元で甘く囁かれるから、脊髄が痺れるように疼いた。ぞわり、と沸き上がる期待を隠しきれず、それでも、オーナーの本意を確認するように見上げてしまうのは、彼が言葉通りの生き物でないことを知っているからだ。
 昏い瞳に感情は伺えない。頬を赤らめたボクが欲情しているばかりで、彼の本心は見えない。
 この人になら殺されてもいい、と思った。死を願いたくなるほど攻め苛まれ、本当に死んでしまうのも悪くないと。
 どうしてボクを誘うのか、理由を聞いたら終わってしまう気がして、ボクはこくりと頷いた。男娼として仕込まれる間に聞いた彼女の声ではなく、オーナーの低すぎず、なのにお腹の底へズドンと響く声で、いいこ、と言われてみたいと思った。
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