muzzle-5

文字数 2,160文字

 そんなものが挿入っているから萎えるに萎えないのだと言い返してみたかったけれど、一息に抜かれたあとに萎えなくても失笑されるだけだとわかっているので、屈辱ごと咀嚼して飲み下す。腹の奥でざわつく内臓の感覚に、体温は上がったままだ。
「あ、は、ぁ……ッ」
 中ほどで止まっていたブジーが侵入を再開する。普段は意識などしない尿道の奥を掻き分けられて、吐息と共に声が出た。
「これ、やだ、シギ、」
「落とし前だと言ってるだろうが」
 違和感に泣き言を漏らすと、シギはとても愉しげに答えて、最奥まで器具を滑らせた。生殺しでは足りないと見て、一息に絞め落とそうとしている。
 熱い体液に浸されているような、粘膜自体が火傷しているような、未経験の感覚への恐怖と一緒に、吐き出したい本能的欲求が芽生える。吐精感や尿意に似たそれはフユトの腹の底辺りをジクジクと熱して焚き付けるだけで、終焉に手は届きそうにない。
「言うこと聞く、他は何でも聞くから……っ」
 急かされているのに終わりが来ない焦れったさに、フユトの泣き言は止まらない。抜いて欲しくて腰が揺れる。抜いて欲しいからだ。
「シギ、」
「俺の腕を肩まで挿入れるか、ショットガン突っ込んでロシアンルーレット、どっちがいい」
 聞き分けのないフユトに、シギは最終手段とばかり、現状維持を願うしかない選択肢を出してきた。
「どっちも裂ける……ッ」
 イヤイヤと首を振ってしまう。誤って選ぼうものなら、どちらも瀕死ルートだ。下手をすれば即死のそれらをシギが本気で選択させるはずもないと、冷静な頭でならわかるのに、グズグズになったフユトには真に迫った脅しになる。
「腹の中身をぶち撒けたいか、このままか、どうする?」
 ほんの少しブジーを抜かれて、排出感に恍惚としながら、
「がまん、する」
 答えてしまう。
「いい子だ、フユト」
 言いながら覆い被さるように上体を倒すシギが、シーツを握る両腕を肩に誘導してくれるから、しがみつく先を温度のある人肌に変えて縋る。浅く、速い呼吸を宥めるように背中をさすられ、未知の感覚に強ばる身体から力を抜いた瞬間、狙いすましたかのようなシギの左手が少し強めに扱き立てるから、声も出せずに極まった。
 ぽやん、と惚けるフユトの耳元で、
「これ、好きだろう」
 確信した声が聞く。間隙を突いた問いに、副交感神経優位で惑わされた頭のまま、
「すき……」
 答えると、肺に残る酸素まで貪るようなキスをされた。
 シギにしてもらうから、シギから与えられるから、それらは全て甘やかな毒になる。苦いだけの水は蛍だって飲まない。
 シギからのそれは、致死量だとわかっていても飲み干してしまう。物言わぬ骸に成り果てた頃、彼はきっと、骨の一欠片だって残さず喰らい尽くしてくれると信じているからだ。
「……しばらく口聞いてやらねェ」
 シギ曰くの落とし前とやらが済んだあと、ヒリつく粘膜の感覚に拗ねたフユトが背を向けてぼやくのを、シギが苦笑いで聞いている。これは確かに自分の落ち度もあるけれど、それにしたって、あんまりだ。
「お前がおとなしくしていれば何もしない」
 相変わらず衝動性の高いフユトを咎めるように、シギが苦笑含みで言うのを無視する。
「俺にお前を始末させてくれるな」
 フユトの同業殺しに関して、末端の子飼いどもが不満に思うのを防ぐだけでも大変なのだろうことは、シギに言われずともわかっている。わかっているけれど、それに関して真逆の噂──シギが綺麗な顔と身体を使ってフユトをコントロールしている、といったような──を囁かれるのは許せなかったし、それが本当なら苦労していないと八つ当たりしてしまったのは当人には秘密だけれど。
 宥めるときに抱き寄せようとするシギの手癖をわかっていて、フユトはその手を振り払う。頑なに背中を向けたまま、本気で怒っているのだと態度で示し続ける。
 やれやれ、と呆れたように吐息したシギが、
「お前がその気なら仕方ない、しばらく別室だな」
 と、怒るフユトに取り入るでもなく、素直にベッドから出ようとするので、
「馬鹿かお前、普通はもっと機嫌取れよ」
 思わず振り向いてその手を掴み、言ってしまった。
「……お前の

は短いな」
 シギがしたり顔で嗤う。
 このパターンにだけは弱いのだと自覚しつつ、こうして毎度のようにハマるフユトを、シギは心底、愚かで愛しいもののように見つめるから、その目で瞳の奥を覗き込まれるのも大好きなのだと、フユトは顔を伏せながら思う。
「……悪かったって」
 シギの鎖骨の下に額をつけ、足を絡め、向かい合って横になりながら、フユトはぼそっと詫びる。
「うん?」
 衝動に弱いお前のことなぞ知っている、今更だと語る声が、フユトの言葉の続きを促す。
「もうしない」
 確約できない約束をシギが嗤う声が、肋骨の奥に響いて聞こえる。
「何のためにお前を幹部扱いしてると思う」
 ああ、そういうことなのかとフユトは納得し、シギ側近のオオハシや、トーカといった狂気の幹部連を思い出した。そしてふと、
「いや、そしたら、今回のも落とし前つける必要なくね?」
 重大な事実に突き当たってシギを見上げる。ようやく気づいたか、莫迦め、とおもしろがる声で笑うシギを睨め付け、
「お前なんか嫌いだバーカ」
 寝返りを打って背を向けた。





【了】
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